(13話) ストールン
「いやぁ〜、相変わらず化け物ね。同じような見た目して本当に恐ろしいわ。」
「僕は人間のできる範疇でやってるさ。君たちも訓練を重ねれば何とか到達できる強さだよ。がんばれ。」
「希望がそういうならがんばる。もとより私達が問題を解決するには強くなる他手段は無い。」
真冬は無表情ながらも右拳を強く握って本気であるというオーラのようなものを放つ。
実践の授業を終えた私たちは更衣室で着替えながら雑談をしていた。
個人機を盗まれた私はもちろん汎用型のHWAを使ったが、みんなと戦った結果は言うまでもない。しかし舞冬と鏡華が負けたのは私だけでは無かった。
「あと、貴女たち二人よ。玲奈、梨衣奈」
「あなた達二人も...その...」
舞冬は言葉を詰まらせる。恐らく私と一緒に転校してきたから二人も神様なのでは無いかと推測したのだろう。
でもこの言葉が他に漏れたら首が跳ねられちゃうもんね。だから言葉に出せないのだろう。
鏡華に名を呼ばれた玲奈と梨衣奈はそれに答える。
「私たちは人間ですよ。」
「なるほど。その口ぶりだとやはり知ってる。」
舞冬は玲奈の言葉で玲奈と梨衣奈が希望と繋がってることを知った。そしてやはり強かった玲奈と梨衣奈くらいまで自分たちも強くなれば、まだ知らぬ敵にも通用すると考えた。
「二人に勝てるようになれば私たちの未来は明るく、勝てなければ暗い未来が...なるほど、燃えてくるじゃない!!」
鏡華も舞冬の考えていることを察して、立ちはだかる壁を的確に捉え、気持ちを高めた。
「鏡華、落ち着いて、声が響いてるよ。」
「あっ...危なかったわ...」
私たちは今シャワールームでシャワーを浴びている。この時代の高校のシャワールームは完全に個室な訳だが、ルーム内のモニターを操作すれば、特定のルームに通話の震災を送ることが出来るので昔までのように話しながらシャワーを浴び事ができる。兼、昔と違ってプライバシーが守れるというものだ。
鏡華達がやる気を出してくれることは嬉しいのだけど、今回は神々の問題まで絡んでいるから事件の最後の最後までは二人は立ち会うことは出来ない。
二人にとって非常にモヤモヤとした終わりになってしまうことだろう。しかしここまで来て二人の気を落とす訳にも行かないんだよなぁ。
ピッ...
ポタッポタッ...
私はシャワーを止めて髪の毛の水分を落とし、神力を使って髪の毛と体を乾かす。小さな脱衣所で制服を着てシャワールームを出る。そしてみんながシャワーをまだ浴びているうちに貸し出し用の汎用HWAを返却しに行く。
「はぁ〜...さて、私のお土産は果たしてどこにあるのやら...」
私はゆっくりとため息を吐き、目を閉じて検索した。
「へぇ〜...」
私はゆっくりと開いた目を南の空に向けたのであった。
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太平洋上空。
「!?」
「どうしましたか?リーダー。」
「見られたねぇぇぇえええぇあぁ!!」
「!?...どこですか...?」
少女はリーダーと呼ばれたその男の言葉で一気に臨戦態勢に入り、辺りを警戒した。
「大丈夫ぅぅううぅ。ここじゃじゃじゃっぁあ無ぁいよおぅ!」
「...つまりこの、コウ..クウキ?とか言われるやつの中ではないということでしょうか?」
「そういぅぅううこぉとととぉ。」
少女はそれがどういう事なのかはっきりと理解できなかった。航空機の中にいながら、航空機の中の人に見られている訳ではなく、別の所から見られている。時速1000km以上の速さで空を飛んで移動する乗り物も魔法も、彼女のいた世界には無かった。
故に高速で空を飛び移動するこの乗り物の乗客を見ることができる術など彼女は知らなかった。
しかし、リーダーと呼ばれる男は確かに見られたということを確信していた。
彼女はずっと解決できないというモヤモヤとした気持ちをしたまま飛行機に乗って静かに目的地まで運ばれるのであった。
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〈緊急速報、緊急速報、ただいま空港に南極新国家発の航空機が接近。万一の事態に備え、生徒は警戒態勢に入ってください。繰り返します。ただいま───〉
学校内に100年前と変わらないアラートが鳴り響く。この音本当にビビるんだよなぁ、他国のミサイル発射情報とか、河川の氾濫とか、土砂災害とかが起こりうるときに流れたあれだ。
私はあえて私の個人機を奪った者の正体を見ていない。それだとつまらないから。ただただ個人機の場所だけを知っている。
でもひとつ言えるのは、ここには人間以外の力が加わっているということだ。
理由は簡単空を走る最中の航空機の中に、私の個人機を送り込めるわけが無いからだ。この世界に魔法は存在しない。そのため転送術というものも存在しないわけで、とにかく人では無い何かの力が働いていることだけは確かであった。
カッカッカッ
だんだんと大きくなる足音が廊下に響く。そして私の目の前でそれは止まった。
「「シーナ!」」
「「希望!」」
廊下で静かに立つ私を四人の少女が呼ぶ。
「私たちは何をすれば良いのでして?」
焦っているせいか、口調が戻っているレイナが私に命令を求める。残りの三人も同じような視線で私を見つめる。
「HWAを装着して...防人スタジアム(HWA専用スタジアム)に向かってみてはどうかしら?」
私はあくまでも命令ではなく、提案をする。ここでは私は一介の生徒に過ぎず、命令できる権利など持ち合わせていない。だからあくまで提案なのだ。
「どうかしら?って、それじゃ命令じゃn───」
「鏡華、希望のその言葉で十分。そこで...試合が行われる。わかった。行く。」
四人は舞冬がそう言った直後にデジタルサイネージで表示された矢印に向かって走り出した。四人は横を通り抜ける私に見向きもせずに一目散に走っていった。
随分と信用されたものですね。
私は心の中で静かに『あなた達に、女神の加護があらむことを。』とつぶやき、四人を見送った。
そして「鏡華と舞冬の勝利の鍵はあなたよ。」とだけ言葉を残して私はゆっくりと四人とは反対の方向へと歩き出した。静かなコツンコツンという私の足音と、だんだん遠ざかっていく一人の駆け足の音だけがこのフロアにこだましたのであった。
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「これがスタジアム...凄い...あっちの世界のコロシアムよりも全然立派です!綺麗です!ハイテクです!」
「...」
「どうしましたか?リーダー」
いつもなら凡そ普通とは言えない喋り方で返信してくれるリーダーが、返信もせず、無言で空を眺めていることを不思議に思った付き添いの少女がリーダーに質問した。するとリーダーはいつもの狂ったような顔つきではなく、普通の、真面目な青年の顔をしてこう言った。
「女神だ。」
「女神...ですか?...それよりもどうしちゃったんですか?リーダー?」
表情が変わるだけでここまで普通な人の見た目になるのか、と思った反面、とうとう変なものまで見えるようになったかと、少女はリーダーと呼ばれる男を心配した。
「女神がいる。スタジアムの、上空に。見たことは無いが間違いない。彼がそう言ってる。そうか。飛行機で見られたのは...そういう事か。」
ぶつぶつと独り言を続けるリーダーを横目に、少女はスタジアム上空を見るが、ただスタジアムの上空には雲ひとつ無い晴天が広がっているだけであった。
「あれが...女神...」
リーダーの目には、確かにスタジアムの、上空で翼を広げ、頬杖をつきながらニヤニヤと傍観してる女神の姿があった。
リーダーは再び醜い表情を顔に浮かべ、静かに拳を強く握りしめたのであった。