(6話) 人である事が。
「さぁ!見せるがいい!君の個人機を!さあ!早く!」
先輩が個人機を纏って私に日本刀デザインの武器の先端を向ける。戦闘狂か何かですか?
真っ黒に漆のように黒光りした和風の装甲。銀のモールドが入っていてとても上品さを感じさせると共に強者の雰囲気を纏っている。アニオタとしてはこういう強者感漂わせるアーマーがとても好み。見た目もかっこいい。私のアーマーのように個人の特色と相まってとても雰囲気が出ている。これを舞冬や鏡花が着ると、表現力が乏しいが、それは、こう、違うのだ。
私も初めて大勢の前で個人機を展開する。
胸ポケットから黄色い宝石のようなキーを取り出して胸の中心にはめ込む。白く羽が舞うような空中投影エフェクトが私の周りに表示され、白いアーマーが私を包む。待った羽のエフェクトが、背中に集まるようにして羽を装備。
私はゆっくりと地面に足を着く。とても神の時と感覚が近い。へぇ、人ってここまで神に近づけるんだ。元人間としては誇らしい事だけど今は少し複雑...いや...なんでもない。
「始めますよ!」
「さぁ!来るがいい!」
私は人間の体なのに神の時の要領で羽を動かし前に傾くように重心を移動する。そしてそのまま攻撃。私は太ももにくっついていた白い短剣を抜いてそのままスっと腕を振り抜いた。
観客もステージの雰囲気に呑まれて黙り込んでいる。
私が接近するのに合わせて先輩も刀を鞘に戻して抜刀術の体勢で私の接近を待つ。先輩は目を瞑って集中力を高める。そしてカチッと言う鞘から抜刀された音。
...
既に二人は背を向けあい2m程離れている。
観客はこの一瞬とも言えとても長く感じる時間に何度息を飲んだことだろうか、スタジアムは静寂に包まれている。そしてその沈黙が絶たれる。
「...参った。私の負けだ。」
「ありがとうございました。有意義な時間でした。」
「本当にそう思ってるのか?」
観客達は今何が起きて、そしてそもそも決着が着いたのかどうかも理解出来ないままでいた。ただ彼らの目にはステージの真ん中で「はははっ」と笑う足利京子の姿と「どもっ」と男の子のような笑顔を見せる椎名希望の姿があった。
試合の審判ですらも何が起きたのか分からずにただただ呆然としている。そこに先輩が歩み寄り、「早く言わないか。」と、私の勝利の合図を審判に促す。
「え...あ...しょっ勝者!椎名希望!!」
...
ウォォォぉぉおお!!
一瞬の沈黙の後に会場が大きく湧く。私は今は人気者のボクっ娘。私は手を上げて皆の声に応える。
「いやぁ、鏡花のスピードより速いのに...私が剣を抜く間に何回刺せた?」
京子は自分の装甲を解除して自分が刃を突きつけられたであろう所を撫で回す。
「そうですね〜、分かりませんね。」
私は頭に手をやって苦笑いをうかべる。
「分からないくらい私を殺すことが出来たということかな?」
京子は冗談を言いながら私の個人機を色々な角度から観察する。正直いくら女神の私とはいえ、人間の体の状態で一瞬にして何十回どころか、十数回ですら厳しい。今回は彼女の周りを一回転半系で六回刃を突きつけた。突きつけると言っても、動いた状態なので、肌の寸の所で線を描くように回った。もしボディスーツを来てない状態兼私が刃を突きつけてたら今頃先輩はツイストポテトだ。
「冗談ですか?先輩。」
「まさか。さて、私は君に負けた。要求はなんだ?」
「要求?」
「君は私に勝ったのだからポイントを貰うなり何か命令するなり決めるんだ!ってことだ。」
あ〜、そういえばそうだったっけ?舞冬と鏡花の時はあっちが先に要求してきて私が勝ったら自然にポイントが付与されていたから忘れてた。
そうか、ポイントじゃなくても良いんだよな...なら...
「日本の個人機と所有者のリストってHWA日本代表の先輩の権力で見れませんかね。」
私の要求にさっきまで笑顔だった先輩が少し考え込む素振りを見せた。
「...君はそれで何を知りたい?」
まあ日本国が管理する国家機密みたいなものだから一個人で判断できないよね...訳を聞かれるのも納得。
「いえ、ただ、先輩はHWA-00という期待を知ってるかなって思いましてね。」
「!?」
先輩は私のHWA-00という単語を耳にした瞬間にハッとした表情を見せた。どうやら何か知っているようだ。
「なぜ君がその期待を知っているかは分からないが、その機体はつい半月ほど前に...ぁ〜...これは軍事機密なのだが...そのぉ...盗まれたんだ...」
「はい?」
「盗まれたんだ!!」
「どこに?」
「知らないどこかだ!!」
「ほえ〜。」
「あっ!?...」
今更ながら軍事機密を堂々と叫んだことに気づいた先輩が自分の口を手で覆う。
「そうですか。ならその話が聞けただけで今回は満足しときます。ポイントはいりません。じゃっ!」
私はアーマーを解除して控え室へと向かった。
『盗まれた、ね〜...』
実にきな臭いね。これがどこかの国家によって盗まれたとしたらその国家は本来人が持ち得てはならない力を得ている事になる。そうなった場合どうなるのか、神々の消滅対象になる。直接攻撃するのではなく、他国にその国への嫌悪感情を大きく膨らませて一方的な戦略戦争をふっかけるのだ。
自分でやればすぐじゃないかだって?戦争とか人が死ぬんだぞだって?そんなこと、私たちの知ったことじゃないね。
そもそも下界の生き物には上限が設定されていてそれ以上繁栄することは無い。それを超えるということは神の落し物を拾った。または邪神の誕生。それしかない。どちらにしろ神々と深く関わった時点でその者は消滅対象なのだ。
私はたくさん人と関わってるじゃないかだって?それはあくまでも私個人で関わっている。それも神々の法のうちに収まっている範囲でだ。神々の損失になることは許されないのだ。
これが一国による仕業ならこの世界は大きく変わる。ひとつの国が消えればまるでトランプタワーのように世界の均衡が崩れ去っていく。
今世界は一つの国単独で生きていくことは出来ないのだ。必ずどこかの国に頼らなければ何か問題が起こるのだ。
江戸晩期まで続いた鎖国だって隔離された国家じゃないか...いいや、あれは鎖国という言葉は後に作られた言葉で当時はそんな言葉は存在しなかった。そもそも完全に貿易が停止されてはいなかった。あくまでも禁教のためであって、中国や朝鮮、当時は琉球や蝦夷地等の東アジアと、特例のオランダは貿易を行っていた。
とはいえ日本は当時単独でもやっていけたと言えばいけたのだが...人間は欲という言葉を形にした生き物だ。例えどこの国も鎖国したとしても、必ず抑えきれない欲が爆発し、他国へ他国へと手と足を伸ばしていく。
そして再び争いの世になり列強が誕生すると共に落ち着きを見せていく。
そんなことを繰り返して人間たちは進化を続けている。いずれは神の力さえも欲して神の落し物を落とした財布のように使われていくんだ。
私の手にどんどん力がこもってくる。
...
話が脱線してしまったね。どうだい?元現役受験生の知識は!!我ながら惚れ惚れしてしまうよ。
まあ、力を行使した犯人が国ではなく個人であることを願うよ。こういうのは神の力を使ったら面白くないからね。
私が部屋で制服に着替えているとノックもなしにあの二人が入ってくる。
「シーナ、一人いつの間に個人スーツなんてずるいですわ!」
「レイナさんの言う通りです!あとレイナさん口調戻ってます!!」
「おっと、わたk..しとしたことが...」
「まだまだ慣れるまで時間がかかりそうですね。」
「二人とも静かにしたらどうだい?僕は疲れてるんだ。」
「まだその設定残ってたのでし...すか?」
「二人とも何意識してるんですか?私だけ仲間外れですか?ずるいです!」
はははっと三人で笑い合う。
この関係はどこまでもずっと、言葉通り永遠に続いて欲しい。
それが私に残された人間の感情。
唯一の"欲"であった。