(14話) 裏切りの女神
青い空がまるで雪崩に巻き込まれるようにして黒い雲に染まっていく。
村人達は驚きを隠せず村人に変装した魔族は『まさか...』と言った表情で空を見上げて額に汗を浮かばせる。
同じように街に潜んでいたカルラルトランテは『殿下?』と念話を繋げようとするが拒否され続ける。シアは村から少し離れた山の展望台でその景色を見て「おー、なにか始まりそうだね〜。こういうのがなくっちゃね〜。」と明らかに不吉に見える雲をみて喜び、それを見て控えていた騎士たちが大きなため息をつく。セイルは『やはりあなたはそちら側でしたか...』と喜びの表情を浮かべ、トールが『そろそろか...』と、研ぎ澄ました日本刀を腰の鞘に戻して立ち上がる。
それぞれの舞台が整った。私は魔族に変身し、スー...ハァー...と大きく深呼吸をした。
「さあ、魔族の総括、シーナの初舞台。負けるとわかっていてもいい演技をするぞ!!」
私は部屋の中で一人叫んで村の中央上空に転移した。
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...
村人と魔人、魔族は初めて見る私の姿に絶句する。「何者だ!」「魔族だ!やれ!」等の声もあげることは出来ない。
『ん?』
私は辺り一面を見回すが、一つ遠いところからの視線を感知した。すっと振り返ってみれば、数キロ先の展望台で、最近学院を休んでいたシアが私を双眼鏡で覗いていたのだ。
シアは私の顔を確認すると、『お〜!まじですか!!やばいっすね!!人類の危機じゃないっすか!!』と後ろの騎士たちに興奮しながら叫んでいた。騎士たちは鼻根を指で摘むようにしてシアに呆れていた。それでいいのかい騎士さん...
少し時間が経つと、先程までの静けさが嘘のように村人達が騒ぎ始めた。
数名が石やゴミを投げてくるが私には当たらない。最初は透明化しようとか思ったんだけど、それは魔族がなせる技じゃなかったから、意思が当たる寸前に『ヤベッ』と心の中で焦りながら私を囲む障壁に切りかえた。
危ない危ない。変に疑われるところだった。
あと私はしっかりと魔族の羽を使って飛んでいる。じゃないとおかしいでしょ?前世にアニメで、魔族に翼が生えているのに翼を動かさずに飛んでるの見て『なんのための翼だよ!』と何度も思った。だから私はしっかりと細部までこだわるのだ。
とにかく途中から石だけでなくナイフなども飛んでくるようになった。しかし私の障壁を貫ける訳もなく、カランカラン...と私の下に落ちていく。
あんなに騒がしかった村人たちが私をちらちら見てヒソヒソと話をし始めた。
...空気が悪くなってきたのでそろそろ始めましょう...
「もう...面倒ですね...」
はぁ、と、私はため息をついて片手を静かに空に向ける。村人や魔人、魔族たちはその動作を視線だけでなく、首を動かして私の動きを視線で追う。私は開いた手のひらを一気にグッと握りしめた。すると、
ズドーンッ!!ドガーンッ!!ドゴーンッ!!
バリバリバリ...
...
私はこの村の誰もいない空き家全てに雷を落としたのだ。勿論雷を落とされた家は全壊。この村は石づくりの家だったので、幸い火事にはならず、他の家に燃え移ることもなかった。
勿論それを見た村人達は絶望の眼差しで再び私の方に視線を戻す。
私は続けて発言する。
「まだ気が付きませんか愚か共。人間共は貴様らと共存する気は無いようですよ?」
私がそう言うと人間に変装した魔族や魔人たちが次々に元の姿に戻る。意外と多い。五人に一人くらいの割合で魔族や魔人が現れた。その事に人間たちは大きく驚いた。
中には、「お前が魔族だなんて...嘘だろ!?」「ねぇ、貴方!!魔族だったの!?どうして...」と、信頼していた者の正体が魔族であった事に悲しむ者も現れた。
「シーナ様!!これはどういうおつもりですか!?」
上級魔族会議で聞いた声の者が私の前に立ちはだかる。
「私は本来の役目を果たしに来ただけよ。何も出来ず、進歩もないままのうのうと人間に姿を変えて騙し騙しの共存をしている貴方たちを使ってあげるのよ。」
「本来の役目...」
その上級魔族は少し考え込むように俯く。
「あら、あなたたちの存在意義まで忘れるなんて、本当に落ちぶれたものね。決まっているじゃない...」
「...っ!?...まさか!?」
何か気がついたように顔をあげる上級魔族は、今までに見た事がないくらいに顔を青ざめていた。
「ええ。魔王様の復活よ。」
!?
魔王様、その一言が辺りの空気を一瞬で凍りつかせた。まもなく災厄が降り注ぐ。この街に終わりが訪れる。村の人間は皆そう思った。しかしその考えは甘かった。
上級魔族は魔王様の復活というワードに戸惑った。何故?それは、
「しかし魔王様の復活にはまだ魂が足りていないはずです!?」
魔王は魔族が直接採取した死者の魂が具現化することによって魔王の壊されることの無い魂に吸い込まれることによって復活する。
つまり魔族がたくさんの人を殺すことによって魔王が復活するのだ。
「だから今日で復活するのよ。」
私はニヤッとして笑みを浮かべる。
この言葉の意味を上級魔族だけでなく村人も理解した。この村に住む人が元々こういう特色を持つのかと言われてもおかしくないほどに、ここにいる村人全員の顔から血の気が引いている。
「あ...あ..あなた..は...私達.を...」
「ええ。生贄にしてあげるのよ。役に立たないあなた達が魔王様の復活の立役者になれるのよ。魔王様の魂と一体化できるのよ。光栄なことと思わないかしら?」
アッハッハッハッハッ!!と私は狂気に満ちた笑い声を上げて村人達を絶望させる。魔族や魔人達は騙された事に怒ったのか、それとも好きになった人間たちに手を加えることを怒ったのか、俯きながら拳をギュッと握りしめる。さあ、魔族魔人共、私を攻撃して人間を守りなさい!
私は両手を広げて周囲に私の分身みたいなやつを放った。ちょうど上級魔族達との実力を揃えるようにしている。
「俺の大切な嫁に手を出したら許さねーっ!!」
「ダチを殺されてたまるかーっ!!」
「俺たち舐めんじゃねーぞっ!!」
怒り狂った魔人達が先に私の分身体に攻撃を仕掛けていく。分身体と言ってもそれぞれ独立して相手の行動に合わせて動いたり、喋ったりすることも出来る。ただ上級魔族と対等にわたりあえる強さにしているので魔人では全く歯が立たない。
「グアッ!?」
「オフッ...」
「ゥアッ!!...」
腕の一振で三人が地面に叩き付けられる。
私の分身体はただ身をボロボロにした魔人たちを冷たい目で見下ろす。
「あなたっ!?」
「おい!大丈夫か!?」
倒れた魔人達に人間たちが駆け寄る。どうやら魔人や魔族達と人間の関係は上手くいっているようだった。よかったよかった。
私は引き続き攻撃を仕掛けてきた中級や上級の魔族たちとお手合せをした。本体の私は会議からお世話になった上級魔族さんと戦っていた。
「なぜこんなことをッ!?グァッ!!...」
「何故?そんなの魔王様の復活以外に有り得るかしら?」
「私はッ...グッ...人間達と生活してっ!!...彼らも私たちと同じように...アガッ...仲間たちと共に!!必死に生きてきてたんです!!」
私に滅多打ちにされながらも必死に人間の良さを伝える。相当仲良くなったんだね〜。上級魔族の後ろでは私に向かって「おねーちゃんやめて!!お兄ちゃん虐めないで!!」と叫んでいる子供たちの姿があった。
私はこの子達の目の前に、気絶した上級魔族を放り投げた。
ひっ...
子供たちの震える声がシンクロした。みんな上級魔族に恐る恐る近づきながらも私を警戒する。
そろそろかな。
私は片手を空に向けて、視線で子供達と上級魔族を捉えた。
「終わりね。」
私がそう言った瞬間に目の前に雷光が走り、視界が一瞬真っ白な光に奪われる。そして光が消えて子供たちの正面に立っていたのは...
「子供達に...手を出すんじゃ...ねぇ...よっ!!」
日本刀を空に掲げ、避雷針のように雷を自分に直撃させたトールであった。
体は無事だろうが、衣服は所々が焦げてボロボロだった。髪の毛もチリチリになっている。
私はトールが駆けてくるタイミングに合わせて雷を打った。なんというパーフェクトタイミング。まさに神業である。あとしっかり電気は体の表面、というか服についた水分にだけ流しておいた。なので体は大丈夫...なはずだ。
「子供たち、この人を連れて逃げな。俺がこいつを倒してやる!」
トールは助けた子供に振り返って笑顔で言った。子供たちは笑顔で「うん!!お兄ちゃん頑張って!!」と言って上級魔族を引きずりながら建物の陰に隠れた。
それを笑顔で見送ったトールは顔の表情を引きしめて私の正面に立つ。
「おい、超上級魔族!人類の存亡をかけて、俺がお前を倒す!!」
ウォォォオオオ!!!!!とトールは私に向かって走り出したのであった。