(3話) 宰相息子と騎士団長息子
入学してから1ヶ月が経った。ザワザワしていたクラスも雰囲気が落ち着き始め、魔法基礎の授業が終了したので今日から魔法の実践授業が行われる。この授業は全クラス、とは言っても二クラスだが、合同で行う授業。つまり攻略対象やヒロインも一緒という訳で、なにかイベントが起こると思うと憂鬱なのです。
最初こそ物語に干渉できると喜んではいたものの、あのゲス(ヒロイン)の相手は予想以上に疲れるものだった。所構わず突っかかってくるのは相当面倒だ...
恐らく魔法という日本には無かった、異世界モノの代名詞と言われるこの授業になればもっと面倒になるのは想像にかたくないのであった...
私達はそんな浮かない顔をするレイナを横目に次の授業である魔法実践授業のために訓練所へと向かった。
魔法訓練場は弓道場のようになっている。そのため西洋建築とはいえ、外履きは脱がなくてはならない。何故かと言うと、魔法は女神様の力を借りるから使えるものであって、心の中で『あ〜女神様〜力を貸してください〜お願いします〜いやほんとお願いしますよ〜まじ頼みますわ〜』的な感じで祈りながら放出するものなので、女神様に力を借りるのに土足だと失礼だろ!という常識なのだとか。
なので人間間の戦争において、魔法師は魔法師塔という所で靴を脱いで遠距離から支援攻撃か、怪我の治療、身体強化の魔法を兵士にかけてあげるというものが普通らしい。一方、この世界に存在する、探索者、冒険者的な組織ではそのような常識は無い。魔物に常識も何も通用するものでは無いし、逃げ遅れたら才能ある希少な魔法使いだって失ってしまうからだ。なので土足にならないのは戦争だけだったりする。人間間の戦争にだけある、暗黙の了解なのだ。
まあそれを知らないフリして「あっ、知りませんでした!ごめんなさい!」と土足で入りながら、うるうるした目でライルに媚びを売って入って来ているのがリーナな訳だが。それを見ながら爆笑しているシアが『あ〜そういえば、』と私に話しかけてくる。
「所でシーナはなんの魔法使えるわけ?」
シアは見た感じ火魔法と風魔法が使える様子。ちなみに実の所私は直接魔法を扱う事は出来ないのです。直接、というのは神達は体内に魔素が無いので、神術を使って魔素を集め、魔法を操る。だから私には魔力が無いので神術で間接的に魔力を扱うのです。私は一応神術魔法共になんでも使えるのだけど、とりあえず適当に言っておくことにした。
「光と風です。」
「光!?凄いですわシーナ!光が使えるのですね!」
「ええ。」
へぇ、どうやら光魔法は凄いらしい。
「そんな私は火と水なのです!」
レイナはそういうと「どや!」といった表情で左手に水球を浮かせ、右手に火の玉を出現させた。
「おー!もう魔法を顕現できるなんて凄いなレイナ!」
「本当、すごいわレイナ。」
「そうでしょうそうでしょう!」
と一番奥ではしゃいでいる私たちが見えたのか、ライルが笑顔でここまで来た。
「レイナ嬢、さすが僕の婚約者だね。是非僕にも魔法の使い方を教えてくれないかな。」
ずっとほかの女とくっついていながら何を今更と思ったのだろうか、レイナは、「もったいないお言葉にございます殿下、しかしここはアカデミー、私よりも教える事に優れた先生方にご教授願う事を勧めさせて頂きますわ。」と言って、遠回しに「お前と話すことなんてねーよ!!」と、ライルのお誘いを断ったのだ。
殿下は「そうだね。練習の邪魔をしてしまって申し訳なかった。」と言って元いた方へと戻っていった。
「良かったの?レイナ〜」
「私は元よりライル殿下に見合うものを持ち合わせて居ないので殿下の隣に立つ資格はありません故。」と、友達であるシアにも上品な言い回しをした。
まあこれは目上の者の誘いを断る際の定番のフレーズなのだ。恐らく本音は「他の男を誑かす女に尻尾振った挙句知らねー罪擦り付けるようなゴミなんて興味ねーんだよっ!近寄んな!」とでも思っているのだろう。
とりあえずこの良くない空気を断ち切るために私は光魔法を顕現させて話題を振ってみた。
私の手の上の空間が光魔法で白く輝く。
「どうでしょう...」
「凄いぞシーナ!」
「おお、流石シーナです!光魔法を使える人は極僅かなので重宝されるんですよ!!」
「そうなんですね...」
「相変わらずかたいな〜シーナは!光魔法を使えたんだ、もっと喜ぼうよ!」
やはり光魔法はレアらしい。まあ、私達神は存在自体が光みたいなものだから特に凄いとかは思わなかったけど、凄いのなら使用は控えようかな〜と思って魔法を中断した時であった。
『おぉ〜』と言う歓声が響き、その直後に太く大きな声が私たちのいる反対側の練習場から聞こえてきた。
「何ぃ!?光魔法だと!?リーナ!凄いじゃないか!」
どうやらリーナに光魔法の適性があったらしい。
ハッハッハッ!と豪快な笑い声を上げてリーナを褒めちぎっているのは攻略対象キャラの一人、リングイング王国の騎士団長ガイルの息子、ゲイルである。親子揃って名前が似すぎ。そして大きな笑い声に紛れて理知的で落ち着いた声が聞こえて来る。
「光魔法は敵国への目くらましや、上級治療魔法、映像魔法、浄化魔法が使えますからね。いればいるほど良いと言われる属性なのに逆に少なすぎるのでその才は王国で重宝され、聖なる光を宿す者と言う意味を持つ聖者と呼ばれるほどなのです。」
この事細かな説明をペラペラと喋っているのも攻略対象キャラの一人、王国のジーク宰相閣下の息子、ザックである。
「じゃあ私は聖女ですね!」
いや、信仰心ないやつが聖女とか何言ってるんだよ...
「神にその身を捧げるシスターですらないのに聖女と名乗るとは...随分と失礼な女ですわね。」
レイナが静かな怒りを見せた。私も全くその通りだと思う。流石に聖女と名乗ったリーナに焦ったのか、ザックは聖者と聖女の違いを説明した。
「リーナさん、聖女は魔法属性に関係無く、教会に勤め、女神セルレイトラル様か、その子である女神シェイアスエルナ様に愛され、聖なる力を授かった者のみが名乗ることの出来る敬称なのです。ただ光魔法が使えるだけの聖者とは違うのです。」
ザックはよくわかっている。私も神歴まだ13年とはいえ、神の基本については既に身につけている。そして聖女についての話も既に知っている。ちなみに聖女は魔王、もしくは広範囲型魔獣災害の予兆や、邪神の発生が認められた代しか現れない。
一番最近に現れた聖女すら300年前の邪神戦だったのでこの時代に現在聖女はいない。ちなみに勇者も同じである。
「じゃあ私は聖女ですね!だって私、教会の孤児院出身ですし、なんと言っても神に愛されてますから!!」
『そりゃねーよ』って私たち三人は、いや、攻略対象キャラ意外皆が同時に思った。
「名前で呼ぶことも様付けすることも無く神様を呼ぶような奴を神様が愛するわけねーよな。」
本当にその通りである。というかそもそも私自身リーナに力を授けたいとは思わない。多分母様も今頃『私もよ!』と私に同意しているところだろう。
「そこんとこ、神様はこれを見てどう思っているんだろう...というかそもそも見て下さっているのかね〜...」
シアが珍しく真面目な表情で空の方をむく。私は一人、心の中でそれに応えてあげる。シア、私はこんなやつに力は与えないよ。あとしっかり見てるよ。目の前で。
シアにつられて次はレイナが空を見ながら答えた。
「セルレイトラル様はどうか分からないけど、シェイアスエルナ様は見てるのではないかしら。」
「なんで?」
「前に神託を授かったからですわ。」
「え?まじ!?なんて神託?」
「内緒ですの〜」
「え〜ケチ〜」
レイナ。多分母様も見てるよ。だって母様はきっと私のことをずっと観察してるもの。そうよね?母様?
私はニコッと微笑んで密かに空に手を振った。母様が『は〜い!見てるわよ〜!』と優しい微笑みで手を振ってくれている気がした。
それを見てしまったシアとレイナがUFOを見たような顔でこちらを見ている。
「どうしたのですか?二人とも。」
「シア...シーナが笑顔で空に手を振っていた気がしたのですわ...」
「あ、ああ、ななななな何があったんだ...シーナ...」
そんな世界の終わりのような目を向けなくてもいいじゃん...私は「内緒。」とだけ言って魔法の練習をする振りを続けた。
しばらく二人の空いた口は塞がらなかったのでした。
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「突然だが、お前の光魔法の使用を禁止する。」
「...」
初めての魔法実践演習から一ヶ月。騎士団の合宿から帰ってきて復学したゲイルが放課後に私を呼び出したと思ったらこんな事に...
「何故でしょうか。」
「お前は俺に質問できる立場だと思ってるのか!?」
ひー...怒鳴らないでようるさいぁ...まあ理由なんて聞くまでも無いのだけど。
どうせ騎士団の合宿で光魔法を覚えて必死に上級治癒魔法を練習してる(と見せかけてる)リーナが自分の傷を治す為とでも言って惚れてしまったのだろう。それでただでさえ珍しい光魔法を持つ愛しのリーナが他に光魔法が使える者達の中で霞んで見えてしまう事を恐れたが為に、光魔法を使える私に権力を翳して力を使うなと迫ってきている。権力を使えば私みたいなどことも知らない家の出のやつならすぐ頷く。そんな所でしょう。
全く、他国の貴族(設定)にこのような態度をとっていれば国際問題に発展するとどうして考えられないのでしょうか。
でも残念。普通の子ならここで怖気付いて頷き、すぐに駆けて逃げ出すところですが、私はそんなヤワな存在では無いのです。
「ええ。まあ、どちらにしろあなたの申し出は拒否させていただきます。」
「おっお前!お前のような地味な平民が俺にそんな口を聞いていいとでも思っているのか!?」
一瞬で顔がタコのように赤くなったゲイルは私に一歩一歩と近づき怒鳴り散らかす。うるさいな〜本当に。
一言一言喋る度に風が吹いたように前髪が反る。
「では、」
と強く言って私は一歩踏み出しゲイルの顔に近づく。
「貴方の本名はなんでしょうか。」
「...ゲイル=スタンズだ...」
「そう。貴方はゲイル=スタンズ。ガイル=アーラ=スタンズの子息であってもアーラの名を持たない貴方自身は貴族では無いのですよ。」
「ぐっ...」
そう。実はこの国では政府、騎士団、宮廷魔術師は貴族限定ではなく、平民からも募っているのだ。その中でも平民ながら宰相や騎士団長、宮廷魔術師長に推薦されやすい名家があるのだ。騎士団家系のスタンズも名家のひとつ。平民家とはいえそれぞれのトップに当たる人は公爵に準ずる地位を与えられるがそれは就任している当人だけなのです。
なのでゲイルは今は貴族では無かったりするのです。無い袖は振れません。それに名目上私は他国の貴族です。つまり彼が私に命令をする権限など無いに等しいのです。
「し、しかしこれは殿下も同意見だろう。」
ゲイルはバツの悪そうな顔で私に反論する。殿下の名前を出すとは、諦めの悪い脳筋です。そもそも貴重な光魔法の使い手を国のために働く男が潰すとは...どの世界にも自分で自分の首を絞める権力者はいるものですねぇ〜。これはダラダラと引きずると面倒ですね...潔く言質を取って撤退すしましょう。
私は目立って仕方ないので、手放せるなら手放したい光魔法をさっさと捨てる事にした。
「なるほど、それなら私も従いましょう。」
「そうだ、それでいい。」
相変わらずでかい態度ですね。人のこれからの人生を奪っておいて礼も謝罪も無しとは。私が神だったからこれからの人生とか気にする必要はなかったけど、普通の平民なら可哀想この上ないですね。
「ところでゲイルさん。」
「なんだ。俺のことはゲイル様と呼べ。」
「いえ、平民なんでゲイルさんです。」
「..好きにしろ..いつかは様と呼ぶ事になるのだからな。」
まあそれはどっちだろうねって話ではあるんだけど...
「例えばの話です。貴方は国王、もしくは皇帝、上皇、大王と、まあ誰か国のトップの人から、とある命令を出されました。しかしそれらの方よりも上の存在が貴方の前に現れて、その命令に背きなさいと言ったとしましょう。ゲイルさんならどうしますか?」
これはさっき言った、言質を取るための質問なんです。
「いるとは思わんが、まあ、いたとすれば、より上の者に従うのが当然であろう。」
「そうですか。では失礼。」
私はその答えを聞けたことに満足してゲイルに背を向け、鼻歌を歌いながら寮に戻るのであった。