(12話) 新生神、カルラルトランテ
どうも。僕の名前はカルラルトランテ=ライトです。飲み会で酔い潰れたおじさんたちのせいでラララなんて呼ばれていたりします。神々は人間のアルコールに酔うという現象をたいへん気に入ってるんです。なのでわざわざ人間の姿になって飲み会をするわけで...ってどうでもいいですよね。あ、あと、それに不思議ですよ。自分の体も同じですけど口が全く開いていないのにアルコールがまるで飲んでいるように口の中に吸い込まれていくんです。ちょっと気持ち悪いです。あ、また話しが飛んじゃいましたね。
僕は今人間の街の辺境にいます。どこの国に属してるかと言えば恐らくソルニック王国。でもここら辺は手付かずの無法地帯の真ん中にある村、所々ある小さな村と違い三千人はいるであろう中核村だ。
この村には既に何十何百という魔族たちが人間に紛れて生活している。殿下が、そう命令したのでしょうか、思ったより人間達と仲睦まじくやっていけてるように見えます。
「ラル君!まかないのパン焼けたわよ!」
「あっ!?はい!!今行きます!!」
僕も神のスパイとして魔族に潜み、人間界に忍び込んでいる。なんかややこしいですねぇ。
今の所計画は順調。まさかの魔人化して聖紋まで失った俺TUEEEE君が魔人から完全復活して人間社会にいるなんて思ってなかったけど、殿下曰く、これで殿下や陛下の言うストーリーとやらに戻すことができるらしいです。何をしでかすことやら。
殿下は人間の姿なら一見無口無表情な完璧人間。神なら母の血を継ぐお淑やかな御方だが、あれの根っこはドSです。神界ではよく陛下と陛下婿殿のSM行為が頻繁に行われていると噂になっているのでそれも母親譲りなのでしょうか、その対象をMでない私にぶつけないで欲しいものです。
僕は出来たてホカホカの柔らかいパンを口に入れる。とても甘い。噛めば噛むほど甘い。暖かくて柔らかい。人間界のこういう所がいいんですよ。最近では神界でも人間料理店が増えたおかげで下界に下りてまで食事に行く人はかなり減りましたが、それでも本家には敵いませんね。この温もり、人間らしい慈悲ある心のこもったパンだからこそいいのです。
「どうだい?新作なんだが、今度店に出してみようと思うんだ。」
「とても美味しいです。これならどこでも通用します!」
「若い子が世辞なんて言うもんじゃないよ。」
素直な感想を答えただけなのだが、店主のおばさんは一応嬉しそうな表情をしながら店の奥に戻っていった。人間はよく分からないです。褒められたのなら素直に受け取るべきじゃないですか?
僕が店の奥をじっと見ながらパンを「はむっ」と咥えると店の奥とは反対にある、通りに面した窓の方が騒がしくなっていることに気がついた。
ガヤガヤガヤ
『一体なんの騒ぎでしょう...』
僕は残り一欠片になったパンを口に放り込んで飲み込み、厨房の奥の方に「ご馳走様です!」と言って店を出た。僕はそのまま人だかりができた人たちの中心へと潜っていった。すると中心にはなんと、魔人の死体があったのであった。恐らく死んだことによって魔法が解けて元の姿に戻ったのだろう。
「魔人が潜んでやがった...」
「でもこいつはとにかく良い奴だったけどな。」
「いや、裏でなにか企んでやがったんだ。」
「飲み会で飲み潰れてそのまま凍死とはな。魔族も案外呆気ない死に方するもんだな。」
「他に潜んでたらどうすんだ...」
「もしかして魔王が復活してないのに魔族が奇襲をかけてくるとか...」
「それはやばいな...」
良くない方向に話が進んでる。そうだよな。魔族が一人でも潜んでたら他も気になりますよね。その心配が村の空気をピリピリさせる。魔族全員が気づいているはずだ。あと一人でも出れば恐らく身分証の発行期間が被っている者達はやられてしまう。
僕はそもそも死にませんし、問題ないのですけど、殿下の作戦が失敗になることだけは避けたい。とは言っても作戦の概要までは知らない。僕は魔族が人間の姿になって人間の街で人間と一緒に生活してもらうとしか聞いていない。しかし一人魔族が見つかった時点でその作戦は厳しい状況まで来ている。
だと言うのに殿下は一度もこの村に顔を出していない。もしかして絶望的な状況に逃げ出した?いえ、殿下に限ってそれは無いでしょう。
きっと何か作戦があるはずです。
僕はそう結論づけ、そのまま静かに騒ぎの中心から抜け出した。
種族間の闘争と言うのはどの世界でも絶えないものです。殿下の元いた世界でも数十年前まではホモ・サピエンスなるものとネアンデルタール人なるものが争っていた、共存していた等という色々な説があるほどです。つまり近い見た目を持つもの同士、争うこともあれば共存する事も理論上はできるということ。でもそれはあくまでも理論上であって、感情論になってしまえばその理論も無意味なものになります。
この星が丸いだなんてこの世界のどこに思っている人がいるのでしょうね。
この星の文明はそれくらい進んでいない、故に考えが感情論に持ち込まれる事など珍しくともなんともない。
殿下はもしかすると違う世界を一緒として見ていらっしゃるのかもしれない。
そうなればここは共存どころではなく、戦争にまで発展してしまうことになる。どうなさるおつもりですか、殿下...
僕は空を見上げて自分の頬をむにっと押し上げる。
「...柔らかかったなぁ......っ!?ちっ違いますからね!?決してっそ、そんなつもりは無いんですからね!?」
周りから変な目で見られながらラルはどこかへ走り去ってしまったのであった。
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ラル君から人間の村で一人魔族がバレたという情報が入った。計画を立てたあの日から実に半年が経った。長すぎる。私は最初の三日間で待機するのに飽きてしまい、普通に寮に転移して学校に通っていた。
「そういえば魔族の件はどうなったんですか?」
「ええ。順調ですよ。一人死者が出てしまったのが少し悔いる所ではあるのですが、酒の飲み過ぎですから特に私のミスとは思っていません。」
今私達は学院から寮に向かって歩いて帰っているところだ。学院では特に何も無い平穏な日々が続いているようで何よりだ。
「でも魔族が忍び込んでるとバレてしまわれたのではなくて?」
「それも作戦のうちです。」
「シーナさん...随分と怖いことをするんですね...」
シアは睡眠部という謎の部活動を作って今はいない。なので私の正体を知る二人には現状を伝えておいた。シアはここ一年睡眠という行為にハマっているらしい。睡眠にハマるって何?
「とりあえず明日あたりに決着をつけるつもりです。」
「へ〜。とうとう魔族との因縁にも決着が着くんですね。」
「でも仲が悪くなったのにどうやって終わらせるのでして?」
「それは...」
私がことの詳細を説明すると、二人に『うわ〜...』という視線を向けられた。別に女神なんだから良くない?どうせ殺されても死なないのだし。
私は少し不満な顔をして寮まで少し早歩きをして帰ったのであった。