(10話) さぁ、主人公の覚醒だ! l
私は人間界における身分証明書を五人の座る円卓の中心に置いた。
「これが人間族共存計画の鍵になるでしょうね。」
「こ...これは?」
魔族の一人が私の身分証明書カードを色々な角度から見回す。
魔族には身分証明という概念がない。魔王に従い、力で上下関係を構築し、トップに君臨する者を崇め奉る。そして魔族と一括りにされてはいるものの、色々な種族が入り交じっている。そのため、たとえ人間が入り込んだとしても魔族たちはその人間を敵と認識することは無い。入り込んだ人間が刃向かった時、その時初めて魔族たちはその者を排除しようと総戦力で一人を潰しにかかる。それが例え人で無くても。魔族たちは強いものに忠誠を誓う本能というものがある。なのでそもそも裏切ることはないし、貿易や商売なしに、自給自足で生きるから信用の証になる身分証制度がないのだけどね。
「これは人間族として生きるために必要な身分証というものよ。」
「つまり、我々に人間世界に忍べと...」
「ええ。要するにあなた達ご自慢の魔法を使って人族に変装し、街に溶け込めむというのが私の案。」
実際セイルも人間の姿に化けて学院でやり過ごせていたわけだ。しかもトールという目立つ存在の隣に立ちながら。それなら人族に変装できる者が人族に変装し、街に溶け込み、他の魔族は魔族安寧の地で待機しててもらい、街の人達に溶け込めたらほかの魔族、魔人達を徐々に引き受ければいいのだ。
とりあえず魔獣災害が多い地方に徐々に潜入し、率先して魔物狩りをしてればいつかは頼られてくる。そうすればいずれ魔族だと告げても住民は皆受け入れてくれることだろう。
まあ私がそのまま神託を与えて魔族と仲良くしなさいって言うのもありなのだけど、出来ればその権力というか、強引にはしたくない。すれば人間族と魔族の間に確かな確執が生まれてしまう可能性がある。
まあ実の所、魔族側から寄り添うのはかなり厳しいものがあると私は思って...いや、確信している。魔族より人間族の方が魔族側に対しての敵対心が強い。何せ攻めてきたのはいつだって魔族だったのだから。その魔族が急に仲良くなりましょうなんて近づいてくるんだ。何か企んでるとしか考えられない。そのためこの作戦もそう簡単に行くとは思っていない。だが、共存という願いを叶えるためにはいつかは通らなければならない道なのだ。
さて、こうなってしまっては第一の計画である、トール追放からの魔族への報復で私をサクッとやっちゃいましょ作戦が使えない。どうすればトールを俺TUEEEEに、あわよくば物語に軌道修正できるかと言ったところだ。トールは魔人化した時に一緒に女神の誓いも破ってしまったので彼の聖紋は黒い。頭を抱える問題ばっかりだ...
もういっその事本当に人間界に追放して人に戻したついでに聖紋も戻しちゃおうかな...いやいや...
強引な手段は取りたくない。なにか勘繰られる可能性だってあるし、物事は自然に運ばれることこそが摂理。
だめです。全くさくが思いつきません。
母様...私自分から名乗り出たはいいものの、やり遂げることが出来なさそうです...
きっと母様なら『ならいっそ歯向かうヤツら全員ポキッとやっちゃいなさい!!』って言うんだろうなぁ...
私はとりあえず共存作戦だけでも実行すべく、魔族達にどのようにして潜入し、人間たちにどのような態度をとるようにし、どのような立ち振る舞いをしなくてはならないのかを説明したのであった。
「ではまず第一目標として、魔族魔人達の人間族への認識を改めることから始めましょう。」
魔族の一人がそう言って立ち上がるとほかの四人も立ち上がって握手を始める。
「姫様も握手、どうですかな。」
「え、ええ。」
私は悩む所を見せないように笑顔で皆と握手して部屋を出た。
どこから間違ったのだろう...
『私が彼に負ければよかったの?いや、どちらにしろ魔族に引き抜かれていた...』
正直私は、あまりに思い通りにならない物語に頭を抱えていた。
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「聞いたか、人間族共存宣言。」
「ああ、でも確かに何で人間族を攻めてきたのかと言われるとなんとも言えないもんな。」
「ああ!そういえばシーナ様という超上級魔族様が誕生なされたとか!」
「相当な美人らしいぜ!この計画の概要は彼女の案らしいぜ!」
「へ〜、すごいな、シーナ様ってのは」
街を歩く魔人魔族達は皆人間族共存宣言と超上級魔族シーナ様の話題で溢れている。
この話を男女の魔人が路地裏で盗み聞きしながら歩いていた。
「チッ...人間族最強だった俺が魔人だってのに...あの女は...またっ!?...」
「まあまあトール落ち着きなさいよ。」
ガンッ...
トールは近くにあったコンクリート塀を強く殴る。思い通りにいかない世界。世界最強のはずだったのに全くそんなことは無かった。今じゃ魔族の中でも最底辺だ。これなら人間族に戻って人類最強スキルを手にした方がよっぽどいい思いをできる。
トールがそんな事を考えていると、隣で串焼きにかぶりつくツンデレ系ヒロインこと、ライムが遠い目をし始めた。
「シーナ様、まさか超上級魔族になっちゃうなんてね。別に私は関係ないけど。」
『...ん?』
トールはライムの言葉を聞いてある事を考えた。
『なんで気が付かなかったんだ...あいつが今魔族なら俺が人間に戻れれば俺が人類最強なんじゃねーか?』
しかしトールにはどうやって人間に戻るかが分からなかった。ただ魔人になれたのだから人間に戻る方法もあるだろうとは思っていた。
『俺がもう一度頂点に返り咲くためには人間に戻るしかない...でないと...ハーレムなんて...』
トールは思ったことを一応ライムにも話してみる。
「なぁライム、今思ったんだがシーナとやらが魔族になったのなら俺らが人間に戻ったら今度こそ人類最強になれるんじゃないのか!?」
それを聞いたライムは特に表情も変えないで答えた。
「それはそうだけど、どうやって戻るつもりよ。私はそんな方法知らないわよ。」
「...そうだよ...な...いや、すまない。」
まあ戻れる手段を知ってるならとっくに教えて貰ってるかその準備をしてるよな。
トールはただ最強になりたかった。前世での三日月徹は普通も普通。というわけではなく、人より少し友達が少ない人間であった。褒められる事も、大人数で遊ぶことも、女子と話すこともほとんどしてこなかったしされなかった。せっかく生活の場が変わったのだから、最強になって異世界転生したキャラクター達のようにみんなに認められて、そして女の子を助けて、皆で愛し合って穏やかな生活を送りたかった。
『くそっ...クソッ!!畜生!!』
トールは再びどこまでも続くコンクリート壁を強く殴った。そしてどこも行くあてもなく、正面にあった荒んだ教会の跡のような所で、二人は夜を凌ぐことにしたのであった。
出来ればもう一度この世界を最初からやり直したい。
失ったチャンスをもう一度取り戻したい。
トールはそう願いながら夢の世界へと旅立った。
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夢を見た。そこはまるでこの世界に転生する前にあのクソ天使に連れてこられた場所だ。
「おい、誰かいるのか...」
...
返事は無い。
「俺を嘲笑うためにわざわざ連れてきたってのか!?」
...
何も帰ってこない。何も無い。
『ここは一体なんなんだ...』
トールは心の中でそっと呟いた。すると来るはずがないと思っていた返事が返ってきた。
『あら、貴方が願ったんじゃないの。』
「誰だ!?」
『誰だとは失礼ね。せっかくあなたの願いを叶えてあげようと思ったのに...残念だわ〜。』
どこか落ち着きのある、柔らかい声がトールに呆れているような言い方をする。
「...どういうことだ。」
『どういうことも何もそのままよ。私があなたの願いを叶えてあげるって言っているのよ。』
トールは胡散臭いと思った。以前もこんなふうに転移転生特典だとか言って人類最強の称号を手に入れたと思ったら転生して直ぐにどことも知らない女にボロ負けした。トールは単に『信用できるか!!』と心の中で叫んだ。しかしどこからが聞こえてくる声はトールの心の声さえも聞き取ってしまう。
『彼女...あなたに人類最強を与えたあの子は悪くないわよ。まあこっち側としては良くないことをしてくれちゃったんだけど...』
そっちの話なんてどうでもいい。ただ信用出来ない。トールは心にそう強く思った。
『貴方が彼女を恨む理由もわかるわ。だってせっかく最強の力を手にしたのに初っ端で学校の女の子に負けちゃったんだもの。そして挙句の果てには全てを失ってしまって訳だものね。』
「そうだ。今の俺には何も無い。なのに何故今頃になって俺のところに───」
『でもあなたが戦った学校の女の子、シーナちゃんは私の娘。女神の娘であり彼女自身が女神なのだから。人間が神に挑んだところで負けるのは当たり前じゃない。』
「...女神...?」
トールは『女神が本当に存在するなんて...』と素直な感想を心の中で呟く。確かに彼女が女神様なら納得出来る。あの強さ、あの余裕さ、何もかもが圧倒的だった。でも何故魔族なんかになった?女神ならその神の力とやらでなんでも出来ただろうに...
『それは神が直接時代を変えてはならないという神界のルールがあるからよ。シーナは魔族にあえてなって、その生物の範囲でしか力を使っていないのよ。だから弱体化して人間の姿や魔族の姿になって地上で過ごしているというわけよ。』
それだとしてもおかしい。
「じゃあなんで俺と試合した時に神の力とやらを使ったんだよ!ルール違反じゃねーのかよ!!」
それを聞いた女神は『ふふふっ』『あらあら。』『あ〜あー』と色んな方向から同時にトールを煽るように笑いかける。それを不快に思ったのか、トールは「笑ってねーでなにか応えろよ!!娘可愛さに罰しないためにそういう所はしらばっくれる気か!?」と何も無い空間に叫んだ。女神はその叫びに、さっきと何一つ変わらないトーンで答える。
『シーナちゃんはあなたと戦った時、神の力は何一つ使ってなかったわよ。』
「は?」
トールは女神の言葉に、何言ってるんだこいつ?という目を何も無い空間に向ける。
『分からないかしら?あなたは人間に負けたのよ。』
「さっきと言っていることが違うじゃねーか!?」
『ええ。確かにシーナちゃんは女神よ。だからあなたが負けたのは相手が神だから。でもシーナちゃんが使った技やその魔法精密性とかは全て人間でもできる範疇にあるものなのよ。つまりあなたは人間最強ではあるけれど、人間としての極地には至ってないってことね。あと神力なんて使ったら一瞬で周りにいる人たちにシーナちゃんが神だってことがバレちゃうわ。現にバレてない事がその証明ね。もちろんシーナちゃんも、貴方が転生者であることも、人類最強スキルを持ってることも知ってたわよ。』
つまりあの天使は本当に俺を人類最強にしてくれてたって訳か...
トールはただただ逆恨みをしてしまった天使に対して少々の申し訳なさを感じた。
じゃあなんであのシーナとかいう奴は俺の邪魔ばかりして来るんだ...
せっかくそっち側から俺を最強にしたんだから少しくらい夢を持たせてくれてもいいじゃないか。
トールは単純な疑問を持った。何故人類最強を与えながらそれを成し遂げさせないのか。
「...ではなぜ俺の人類最強をあなた方は阻止しているのですか。」
『うーん...』『ちょっとぉ〜』『それは〜』と再び何方向からも女神の声が聞こえてくるが先程と違って声は困っているそれであった。
すると女神は『まあいっか!』と割り切った声でトールに説明を始めた。
『言いにくいのだけど、それは最初に言った、天使がこっち側には良くないことをしちゃったって所に繋がるのよ。貴方が人類最強を望んだのはいいのだけど、転移転生特典は事前に女神、つまり私たちに申請しなければならないのよ。だけど天使は久しぶりの転移転生特典権保持者に浮かれちゃったのでしょうね。大抵女神に申請が必要ないような願いの子ばっかりだったから申請を割愛しちゃっていいと思ったみたい。それであなたの人類最強よ。』
ここで一旦女神は説明をとめた。
『さて、そこであなたに質問よ。』
「お、おう、一体なんだよ急に...」
トールは咄嗟に身構える。
『人類最強って、例えば兵器もないこの世界において何ができるかしら。』
「そんなの簡単だろ」とトールは答えを言おうとして何かに気がつき、口を閉じた。
『そういうことよ。人類最強になれば時代を変えられちゃうのよ。力は国を、世界をも滅ぼしかねないのよ。それを天使は女神の許可もなしにあなたに与えてしまった。それは神界におけるルール違反なのよ。でもこちらで与えてしまったからには奪う事は出来ない。そしてあなたの強さの目的もわかっていたの。貴方の野望では世界を変えかねない。だから危険と判断してシーナちゃんは自らあなたをストーリーに戻せるように陰ながら行動をしていたというわけよ。もしあなたが世界を変えていたらあなたは今頃存在すらしてないわね。だって私が一瞬で消しちゃうもの。』
「...」
驚く声も出なかった。
つまり俺は天使のミスで力を得て、神に刃を首に突きつけられながらも、その神に命を守られていたということになる。なんてスケールの大きい話なんだ...いや、人類最強の時点でそんなこと言えた身では無いのか...
トールは改めて自分が今どういう立ち位置にいるのかを知り、立ち上がった。
「じゃあなんで俺は今こんなところに呼び出されてあんたにこんな話を聞かされていたんだ?」
『それはあなたに人間に戻ってもらって聖紋を復活させるためよ。』
「...なぜ女神様が俺にそんなことを?」
トールは考えた。神は何かに俺を利用しようとしているのではないかと。ここまで助けてやったんだから人間になってもっとやってもらうことがあるわ!なんて言われるかもしれない。なぜ俺を人間に戻す。俺を人間に戻すメリットは何だ。俺が再び人類最強を手に入れて神が得することはなんだ?
トールは必死に考えたがそんな必要はなかった。
『それはシーナちゃんが今困っているから助けてあげようと思っただけよ〜。貴方が魔族側にいることでストーリーは、大きく変わってしまう。でもあなたは魔人になってしまった。シーナちゃんは『もう手詰まりじゃないの〜!こっからどうしたらいいって言うのよ〜!』って今も心の中で嘆いているわ。』
女神の言葉に、ただの親バカだったかぁ...と、トールは大きくため息を吐いた。そこで何か吹っ切れたような気分になった。もうどうにでもなれっていうそんな気分に。
「はっ、あの表情がない超完璧人間の様なやつが心の中でそんな事を考えていたとはな。神様も案外人間っぽいんだな。」
『そうよ〜。だってシーナちゃんは元々あなたの世界の人間だったのだもの。そうじゃなかったら今頃貴方は魂の欠片すら無くなってたわ!』
おうおうなかなか怖いこと言うじゃねーか...って地球の人間から神様が生まれたのかよ!すげーな!
『あ、言っておくけど神様になりたいなんて願いは無理よ。』
いや、そんなことはわかってますって。
『現状を理解した貴方ならこの人類最強の使い方は分かるわね?』
もちろん。トールは大きく首を縦に振った。
『ついでにライムって子も治しておくわ。』
「セイルは?セイルも頼む!俺を助けようと巻き込まれただけなんだ!!」
トールはもう一人の大事な子のことも忘れてはいない。トールは意外と仲間思いなのだ。
『あの子は元から魔族よ?だってあなた達を魔人にしたのもあの子だもの。』
「え?それまじ?」
トールは一瞬でポカーンと情けない表情になった。
つまり俺を魔族に取り込むためにハーレム要員に加わってたってこと?マジか...俺女に騙されてたんだ...女神様ほどじゃねえけど、女ってこえぇー...
『ええ。あとこれはあなたも知ってると思うけど、魔族はこれから人間族共存作戦を実行するっぽいわ。だけど貴方が人間族に戻ったらシーナちゃんだけ単独行動するでしょうね。多分それもあなたのためだから頑張ってシーナちゃんに勝つ事ね。じゃあ、今度は女神様には敬語を使えるように頑張る事ね。じゃあね〜!』
何も無い空間が崩れていく。何も無いのに崩れていく。視界が段々と霞んでいく。俺の戦いが今から始まるのだ。そう思うと早くこの夢のような場所から抜け出したい。俺はそう思った。
トールは神の敷いたストーリーという本線に再び合流するのであった。