(7話) 新種族誕生
形勢は...逆転した。
彼の身体の周りに、いえ、彼の体には既に何千本という氷の棘が触れており、一枚だけ、額のど真ん中に氷が刺さり、周りの皮膚を凍らせていた。そして彼に触れている氷の周りには何百万という氷の棘が中に浮き、彼目掛けて発射されようと言うところだった。
このスタジアムは決着の着く数分前から冬のように冷え込んでいた。
それは何を意味するのか、
そう、彼が必死に動き回り、攻撃を当てようとする中、大量の氷の棘が動く物体に氷が当たらないよう精密な操作をしながら彼の攻撃魔法を無効化していたのだ。
そして最後の最後に彼の額の中央の表面だけ氷を当てて凍らせた。
完璧な魔力制御。
これは見た物全てがこう思った。『これは人のなせる技では無い』と。
この技を直接見ていたレイナとリーナ、そして天使のセルリルは『あーあ、やっちゃった。』というシーナのやりすぎに頭を抱えていた。
「しょ...勝者、シーナ=ホープス!」
...
「ウォォォオオオオオオ!!」
一瞬間が空いたが、人間離れした技を見た人達がドッと歓声をあげた。
会場からは「流石ラストホープス!」「人類の最後の希望だ!」「やべぇよ!やべーよ!」「キャー!流石シーナ様ー!」と様々な声が聞こえてくる。特に人じゃないなどという疑いはかけられていないようだった。ラストホープスという二つ名に感謝しなければ...
私は魔法を解除してトールの元に歩み寄る。
「さあ、約束は守ってもらいます。まず水爆、原爆、毒ガス、レーザー、レールガン、転移魔法は禁止です。私が許可した場合にしか使わせません。そしてこの世界で自分一人で戦争を起こしたり革命を起こしたりするなどということはしないように。この世界はあなたのいた世界と違い神が直々に制裁を下すことがあります。間違っても自分の力で世界を手に入れようだなんて思わないように。私からは以上です。」
「...負けた...」
「トールさん聞いてますか?」
トールは相当負けたことがショックなようで、なかなか動揺が治まらない。瞳孔は震えており、殺されるかもしれないという恐怖を初めて味わったのだろう。
まあそりゃそうだ。戦争のない日本で育って、血を見ただけで慌てるような種族なのに地球と比べたら完全に無法地帯はこの異世界で今まで血一滴として落としたことがなかった方が異常なのだ。
今回のでいい教訓になっただろう。
「なんで...」
ん?
「なんでなんでなんでなんでなんでぇっ!」
え?何?
彼の周りから黒い霧のようなものが溢れてくる。
「人類最強のはずの俺が学院の生徒会長ごときに負けたんだよ!!おい!出てこいよ!いるんだろ!見てるんだろ!天使!今ごろ負ける俺を見て笑ってるんだろ!!許さねえ!ぜってー許さねえ!!」
え、ちょ、やばいやばい!、黒い霧が彼を覆って彼の姿が見えなくなっていく。
「ウァァアアアアア!!!!」
「ちょっと!トール!大丈──キャァアア!!」
「トール!!ちょっと何やって──イヤァァアアア!!」
心配で彼に近寄ったヒロイン達もその黒い霧に巻き込まれる。
周りの生徒たちが何だ何だと近寄ってくる。これはまずい。ダメだ、人間が近寄っちゃいけないものだ!これは...魔王?いや...邪神?いや...何?
とにかく生徒たちを避難させないと...
「皆さん!!直ぐに逃げてください!近づけばあの黒い霧に呑み込まれます!早く!!急いで!!」
私は近寄る生徒たちをこれ以上近づけないよう障壁を張った。そして何かあると困るので一緒に避難誘導を手伝ってくれているレイナとリーナ、そしてセルリル、シアにも個人に障壁を張ってあげる。
シアって普段よく分からないけどこういう時にかっこいいところ見せるよね。
それにしても一体何が起こったって言うの?
私は三人を取り巻く黒い渦を鑑定する。
名・三日月 徹(14)
種族・人間(生物種強制変換魔法継続中)
加護・人類最強(契約破棄により現在失効中)
状態異常(外部からによる不適正種族魔素供給過多による魔力変質)魔力放出(放出される不適正種族魔素による人間種不適正魔素感染源)
外部からの魔素供給?
私は目を瞑って黒い霧の奥を神力で覗く。すると彼のふくらはぎに何やら小さな注射器のようなものが刺さっていた。
あれに違いない。あそこから不適正種族魔素...分かりやすく言えば魔獣の魔素だ。
魔素は吸収された種族の性質に順応してから思念体となって魔法になる。そして思念体が現象を引き起こし、思念体とともに排出された魔素は原型に戻るわけだ。つまり魔法で使われる魔素とはあくまでもデータを乗せて動き回るための媒体に過ぎない。
しかし魔獣に適性を得た放出されない魔素を上手く採取したとしよう。それを人間に打とうものなら拒絶反応を起こすと同時に攻撃性の高い思念体に適性を持つ魔素に人間適性を持つ魔素が負けてしまうのだ。そして身体になんらかの状態異常を引き起こす。
魔獣が死んだばかりの他種族魔獣を喰らって、新たな力を得る時があるのが良い例だ。
これはよく魔王誕生の際に発生するもので、魔物の領域で長い間狩りをしてると、瘴気、つまり色々な、たくさんの不適正種族魔素の中に身を置く事になる。さすれば自分が魔法を使った時に新鮮な魔素と同時に瘴気も吸い込んでしまう。それが長い年月をかけて体に順応し、いずれは完全に全魔物の魔素に適合してしまう魔王の誕生という訳だ。
ならば今回のも魔王誕生なの?と言われるとそうでは無い。彼は瞬間的に規定量以上の魔物、しかも恐らく一種族の魔素を注入された。なので体が適応できずに大きな変化をもたらす。魔王は徐々に変化をもたらす。なので魔王では無い、かと言って予め順応した魔族でもない...いわば、魔人と言った所だろうか...
「ゥァアアアアァァアォォアアアウ"ゥ"ゥ"...あぁ...」
「キャァァアアアァァァアアアァ"ァ"ア"ア"...ぃゃ...」
「イヤァァアアア"ア"ア"...はぁ...はぁ...はぁ...」
三人の魔人化が完了してしまった。
皆黒い斑模様が身体中に巡らされ、瞳は片方白目が黒く塗りつぶされ、瞳が赤く光る。背中には翼が生えており額に、黒く真っ直ぐ伸びた角が1本中心とずれた位置から生えて、片腕の爪は長く鋭く伸びていた。
「...」
「なん...ですの...」
「禍々しいです...」
「姉さん...これ...」
「え?なにそれ〜、人間?」
見ていた四人も額に汗を滲ませる。するとトールは不気味に笑い始めてヨロヨロと私達に一歩一歩近づく。そして...
「これで俺は...これで俺はっ!!人類という枠から出た最強だ!!ウァアッハッハッハッハ!!」
そう言って翼を羽ばたいてどこかへ飛んでいってしまった。それをツンデレ系ヒロインが「トール待ってよ!」と、追いかける。『人類の枠を超えたから私に復讐してやるぅ!』じゃないんだね。返り討ちにしてあげたのに。
ちなみに私はトール達を治せる。なんなら魔王ですら治せる。魔神は神の規約的に違反だが皆治そうと思えば直せる。
だから、「いやぁぁあ!こんなのいやぁ!」と巻き添えを喰らってしまったファーストヒロインを治してあげる。
彼女は光に包まれ姿を人間に戻していく。神力まじ万能すぎ。
「どうかしら?」
「...えっ?」
私が声をかけると彼女は涙で濡れた顔を上げて、自分の手や足を見る。そして再び下瞼に涙を浮かべて私の胸に飛び込んできた。
「ありがとうございます!!本当に...本当にありがとうございますシーナ様!!」
「いえ、あの、シーナ様はちょっと...」
ま、気分は最高なんですけどね。かわいい女の子に抱きつかれて様呼ばわりとか、最高以外の何物でもありませんなぁ。
するとリーナたちの話が耳に入ってきた。
「あの子私の中等部時代みたいな泣き方するのね」
「それじゃあの子も演技扱いになってしまって可哀想ですわ。」
「え?私の扱い酷くありません?」
「え?何の話?レイナ?セレナ?」
一旦状況が落ち着いたことで私以外の女子三人が何やら楽しそうに話し合っていた。
それを小耳に挟んで聞いていたのだが...リーナの勘は鋭かった。ただ、私はそれを口にせず、自分の心の中に隠しておこうと思った。