(10話) 妖精に愛された召喚士 lll
私はゆっくりとゆっくりと温度のある岩陰の元に向かって歩いていく。この身体は人間の作りに寄せている。そのため血を失えば本来動けないどころか、死んでしまうのだが、ここはなんとか頑張ってそこまで歩く。
とてもだるい。視界がフラフラする。足が思ったように動かない。聴覚もよく働いていない。一歩、そして一歩と、そして気がつけばその岩陰の元についていた。
私がそこで見たものは人間と、それを守るように囲っている妖精たちであった。
人間の名前はリオ=アーラ=ダンサラーだ。そして彼を囲っているのはそれぞれ火、水、風、土、木の障壁。
はあ...正直、見られたからには記憶を消してやろうと思ったのだけど、可愛い可愛い妖精ちゃんにそこまでされたら私も引かざるをえないじゃないですか...
私はまた一歩一歩彼に近づいた。
『ダメ!王女様!』
『リオ!いじめちゃ!いや!』
『リオ!王女様!助けに来た!!』
『リオ!頑張った!』
なんと。あのリオが男気出して私を助けに来たというのか。少しは男になったのかな。
『ヒュウちゃん。まだコソコソやってるのかしら?いい加減出てきたらどうかしら?』
私はずっと私の周りをウロウロしてた風の妖精ヒュウちゃんを呼び出した。
すると、
『王女様...ごめんなさい...』
演技リーナとは全く違う純粋な上目遣いうるうる。私はまたもやドキッとしてしまった。
『いいわよ、私を助けるためにしてくれたのでしょう。ヒュウちゃんも頑張ったわ。』
と、私は姿を現したヒュウの頭を撫でてあげる。
『さて、では、妖精達よ、私の命令よ、そこを退きなさい。』
『『『『『『『...』』』』』』』
天使達は無言で黙ってしまう。まだ私がリオを攻撃するのだと思っているのだろう。
『別に何もしないわ。』
私はそう言うと妖精達は渋々障壁を解いて彼の元まで行かせてくれた。
さて、どうしたもんか...
リオの呼吸は酷く荒れていた。きっと私が探知をした時に何か、とても桁違いに強いモノ見られている、という命の危険を感じていたのだろう。
「リオさん。」
「っ!?...シーナ...さん...?」
リオは一瞬ビクッと身体を震わせて私の顔を見て私の名前を呼ぶ。そして私の胸の傷を見て「ヒッ!?」と顔を青くした。そして意外にもリオは直ぐに落ち着いて私の目をしっかり見て言った。
「しっ...シーナさん...あなたは...い、一体何なんですか?」
所々噛みながらもしっかりとした真っ直ぐな声で私に質問してくる。
「何とは一体どういうことでしょう。私はどう見てもただの人間です。」
「人間は心臓を刺されたら!血をたくさん失ったら死ぬんです!!あなたは人間では無い何かのはずなんです!!なんで妖精たちをパス(念話相互承諾)無しに話しかけられるんですか!?あの天使は何なんですか!?姫ってどういうことなんですか!?今妖精たちが言った王女様ってどういうことなんですか!?」
「...」
「教えて...くれますよね...?」
リオはほとんど確信に迫っているようだった。そしてどうやらセルリルの叫んでた言葉を妖精を介して翻訳してもらってたのだろう。
なるほどねぇ、そりゃあ刺された上に、天使に姫様って呼ばれて妖精に王女って呼ばれてれば私が人間じゃないことくらい結論に直ぐにたどり着きますよね。でもさ、リオ君よ、忘れていませんか?
「あなた、天使や妖精が人よりも位が高い生き物だと知ってて、彼や彼女らに姫や王女と呼ばれる私に、質問に対する回答を強要できると思ってらっしゃる?」
「あっ...」
私のぼやける視界でもリオが歯を食いしばる表情がしっかりと見えた。確信を迫り、最後の最後で手が届かない感覚は相当悔しい事だろう。まあ、今回男気見せて私を助けに来てくれようとしたからサービスだ。
「まあいいわ。私を助けに来たサービスよ。」
ま、本当はこんなにだるくて気持ちの悪い状態から早く脱出したかっただけなんだけどね。サービスというのはただの口実だ。
私は本来の姿に戻る。体が変わっているあいだは人には光が強すぎて見ることなどできない。瞳孔に射し込む光の許容量を超えるからだ。うん。正直自分でも何言っているのか分からない。光の許容量って何ぞや。
まあとりあえずいつもの完璧シェイアスエルナ!色んなアングルから神力使って確認する。
うん。いつもの神美少女、安定してる!
「...」
さて、目の前ではリオが座っていたのに尻もちを着いたような姿勢になって岩に背を貼り付けている訳だが、人間たちには私のこの美しさが理解できないらしい。美よりも恐怖が勝ってしまうわけだ。
「で、何かわかったかしら?」
私は空中で足を組んで座りながら、指に顎を乗せるようなポーズをとってリオに質問する。
「...女神...様...」
「そう。よくわかったわね。偉いわぁ。」
私はかなり上から目線で話を進める。あと、私の姿を見て女神だとわかるのはこの国教がセーレル教で皆教会に通うのだ。そして教会には必ず母様の像や私の像もあるわけですよ。
「心の中の疑問が解決してよかったわね。あと私の正体話したら妖精達の寵愛など関係無しに消えてもらうわね。あ、勿論あなたの話を聞いた人間も。では失礼す──」
「ちょっと待ってください!!」
「?」
え〜、まだ何かあるの〜?と、私は不満を顔に出す。するとリオは失礼を承知で質問する。
「...あなたは...シーナさんなんですか!?」
何を今更。正体をバラしたらダメよって言ってるんだから同一神物に決まってるじゃない。もしかして『神が僕の大好きなシーナさんに乗っ取りやがって!シーナさんから離れろー!』とでも言いたかったのかしら。
「ええそうよ。」
「じゃあレイナさんもあなたの本当の事を知ってるんですか!?」
何が言いたいのだろうか。もしかして私の秘密を知って特別な人になれたというその特別感を得たかったのか?
「ええ。だって私の親友だもの。私から喜んで教えたわ。もういいかしら。私、まだ用があるのだけど。」
私は正直に、『今付きまとわれると迷惑』と言う意思表示を直接では無いが、間接でもない、少し遠回り程度の表現でリオに言ってやった。私だってすることがあるんだ。セルリルにご褒美をあげるというすべきことが。あと単純に面倒。
「え?、あ、はい...失礼しました...」
「あなたは妖精に愛された召喚士よ。今回は妖精達に守られた事に感謝する事ね。じゃ、」
私はそう言ってセルリルのところに向かっていった。彼は実際一度私に記憶を消されているからね。今回ばかりは彼は妖精たちに助けられた。もし今回のパーティ脱退が悔しかったのなら、このあと妖精達と共にもっと高みを目指すんだね。
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「セルリル。」
「え!あ!?姫様!!元の姿に...あっ...お、俺の事消しに来たとかじゃないっすよね...」
花歌を歌いながら洞窟の中をウロウロしていたセルリルは私に気がつくと一瞬嬉しそうな顔をしたが、さっき私を刺したことに罪悪感を抱いていたのか、私がセルリルを消しに来たのかと心半ばに思っていたらしい。
「そんな事しないわ。あなたには褒美をあげに来たのよ。」
「ほ、褒美っすか...」
『何か褒美を貰えるようなことしたっけな?』と、首を傾げる。そしてハッとした瞬間顔を青くする。
「まさか生からの解放とかいう褒美じゃないっすよ──」
「だから消さないって言ってるじゃないの。褒美よ褒美。あなたはどこ所属の天使なのかしら?」
私は一応褒美を与える上で、与える者の上にいる者に褒美を与えた事を報告しなければならないのでセルリルに所属を聞いた。
「今はフリーっす。最近まで仕えていた...って言っても300年くらい前っすけど、プロメート=スティルス様に仕えてたっす。その300年前に姫様がいらした星に自主転勤したんすよ。」
どうやらプロメートという神様は今地球にいるらしい。そしてセルリルはまさかのフリー。それならちょうど天使の誰かに頼もうと思っていた職があるので、それを与える事にした。
「わかったわ。それならとりあえず私の専属の天使になりなさい。それが褒美よ。」
私がそう言うとセルリルは大袈裟に喜んだ。
「え!マジすか!?俺でいいんすか!?」
「後であなたにやって欲しいことがあるのよ。その時までは特に何もしなくていいわ、というか、あなたも学院に来なさい。」
そう。さっきも言ったけど、私には彼に天使としてやってもらいたいことがある。そしてそれは学院に通えば後々かなり効率的になる。
「了解っす!姫様の命とあらば喜んで引き受けるっす!!」
『よしっ!』と、私は心の中でガッツポーズをした。とりあえずこんな感じで私の仲間が一人(?)増えたのであった。