(3話) シーカーハードモード
翌日、あまりにも余裕すぎた初心者向けの洞窟は、下層に行って強い敵に当たっても良い値で売れる素材が無いことから、これ以上行っても意味が無いだろうと、素材が売れ、初っ端からC級レベルの魔獣がうじゃうじゃと現れる大型の洞窟、ダンジョンに足を運ぶことにした。
「いきなりこんなにレベルを上げて大丈夫でしょうか。」
C級レベルの魔獣とは、個人ランクCの人が一人で一匹倒せるレベルで、パーティランクがCの人達が束になって一匹倒せるレベルである。
つまり、最初からC級レベルの魔獣達がうじゃうじゃいるダンジョンは、私たちCランクパーティの適正ランクでは無いのだ。
しかし...
「余裕だろ!昨日あんなに楽に終わったじゃねーか。」
「どうせ私たち後衛はまた仕事がないわ。」
「俺がいる。問題ない。」
いや、昨日はEランクの魔物でしょうに。魔物の強さのレベルが違うのはあなた達シーカーが一番解ってるんじゃなかったの?
はぁ、ついため息を吐きたくなる。自分の限界を理解することはいいことだけど、命をもって限界に挑むことは無謀と同じだ。たとえ奥に潜む強敵を満身創痍で倒したとしても帰る時に弱い敵にやられたら意味が無い。
もう少し自分達の力量を考えて欲しい。
ダンジョンは首都プリュームの外壁から歩いて30分くらいのところにある。何百年も前にこのダンジョンから大量の魔獣達が地上に現れて、建築技術が乏しく、まだ首都を守る壁が薄かったプリュームは壊滅の危機に侵されたという。
しかしそこに現れたのは先代の聖女と勇者、そして賢者だ。突如現れた彼らは前線を外壁まで持ち直し、そこから一気に人間の勝利まで持ち込んだのだとか。
既に勇者も聖女も賢者も歳で亡くなっている。
今の立派な外壁に包まれた安全都市プリュームは万が一再び魔獣災害が起きた際に、勇者達が現れなくても街を守れるように作られたのかもしれませんね。
そんな事を考えているうちにダンジョンに到着。表札があって、入口に(プリューム第一ダンジョン)と書かれていた。他にもあるんだ。ダンジョン。
「よーし!俺が戦い方っつーのを教えてやる!!ついてこい!今回雑用は遅れても待ってやんねーからな。」
「...」
リオは今日学院からずっとこんな感じで考え込んでいる。きっと昨日私が言ったことがどういう事なのか、自分が何をすればいいのかについて考えているのだろう。だからナザールの言葉は聞こえていない。
「おい、無視してんじゃねーよっとぉ...」
ドゴッ
ナザールは自分の言葉を無視されたことが気に食わなかったのだろうか、リオの腹を鋭い拳で撃ち抜いた。鈍い音がその拳の力強さを語っている。
「うぐっ...ゲホッゲホッ...」
「ひぃっ...」
嘘でしょ...こんな単純なことで殴るの?怖すぎこの人たち。そもそもお貴族学校のプリンセス達の目の前で暴挙に出ないで欲しいんですけど...レイナが可哀想でしょ!?悲鳴をあげてるじゃない。
「ああ、こいつが生意気したらあなた達もやっていいのよ?気にする事はないわ〜...こんな風にっ!!」
ドガッ...
今度は回し蹴りを食らわされる。完璧に横腹の一番痛いところに決まった。
「グアッ...ぁ...あぁ...」
リオは言葉にならない呻き声をあげて腹部をおさえながら地面に膝をつけた。
お前ら人じゃねぇ!!って叫びたくなるよ。人間の命とかは正直どうでもいい私からしてもこれは酷いと思うのに...最早獣ですね。いえ、獣にも失礼ですかね。害獣ですね。レイナが私の後ろに隠れちゃったじゃないですか。ね〜怖かったね〜よしよし。
そんなやり取りをダンジョンの入口でしていると、シアが呆れた様子で一人ダンジョンに入っていった。それを見たナザール達も「おっ!やる気満々だな!俺も一暴れしてくるぜ!」、「ま、俺からすれば敵では無いがな。」
と、残りのパーティメンバー達も調子に乗ってダンジョンに駆け出して行った。
ちなみに今私は『これでアイツら怪我しても治したくね〜』...なんて思ってたりする。どうせ今までシャンちゃんのおかげで致命的な怪我をしてこなかったんだろうなぁ。
「レイナ、私たちも行きましょう。レイナもそのままではスキルは解らないままですよ。」
「うぅ...分かりましたわ...」
レイナは私の服の裾を摘みながら私の後ろを歩いてついて行くのでした。
-------------------------
「ヴゥゥ...ヴアァァア゛ア゛!!」
C級の魔物、ブラッドウルフが仲間にして欲しくなさそうにこっちを見ている。シアが催眠魔法をかける。そしてジェイズがウルフを盾で抑え込む。そしてナザールが、首をスパーンと落とす。なんて単純な作業なんだ。
「俺らも初めて来たが、やっぱり最初は簡単だな!!シアちゃんがいると効率が段違いに良くなる!!このまま行けばSランクなんて目じゃないぜ!!」
「そうですねー(棒)アッハッハッハッハッ!!」
シアはナザールの言葉に一つ一つ棒読みで返して、一人で爆笑している。楽しそうでなにより。リオは相変わらず何か考え込んでいる。
シアさーん。そんな余裕かましてると痛い目に会いますよー。
おっ!?こんなこと話している隙に、奥からさっきのブラッドウルフさんの仲間達がゾロゾロと歩いてくる音が聞こえた。そう。ブラッドウルフは一匹だとC級ギリギリ満たないくらいのモンスター。でもその生態の本来の怖いところは連帯行動を取るところにある。おそらくさっきの一匹は敵が来た際の見張りだろう。一番最初に吠えた事で仲間たちがやってきたのだ。
集団で固まったブラッドウルフはとても強い。数が増えれば増えるほど戦術が増え、適正ランクも上がっていく。今回はおそらく20匹程度なのでパーティに探知魔法が使える者がいてBランク程だろう。いなければB+と言ったところか。
このパーティは今レイナの加護発動抜きでBランクにギリギリ届くくらい、レイナの加護発動で、まあSかな。
どんだけ強い加護なんだよって思うかもしれないけど、まあその強さの秘訣は後でということで、現状のパーティではこのブラッドウルフの集団を倒す事はかなり難しいだろう。いや、できなくは無いがかなり苦しい戦いになるはずだ。
私は治癒士と公表しているから勿論探索できることは黙っておく。そして残念ながら探知魔法を使える者はこのパーティにはいない。つまり予め準備しているブラッドウルフ達の連隊の取れた激しい攻撃を、準備もなく受けるということになる。
それはかなり分が悪い。ブラッドウルフは魔獣で知性が無いと言えど知能はある。相手は馬鹿では無いのだ。このままではブラッドウルフの奇襲によって命の危機も有り得る。まあ、親友のためだ。少しばかり注意しておく必要がある。
「シア、ダンジョンでは何があるか分かりませんから一応警戒しておいて下さいね。」
「はーい。」
本当にわかってるのかな?っていう返事だけど明らかに周りを見る時の目付きや、視線の動きが変わったので警戒を始めたのだなと理解出来る。言っといて正解だったと言える。しかしそこで何も分からない馬鹿がシアに声をかける。
「おーい敵が居ない所まで神経使ったら体が持たねーぜ?少しくらい気を楽にしろよな〜。」
なっ!?、なんて事を言ってくれるんでしょうかあのクズは...その一瞬の油断が命取りになるというのに...やはりアイツに上級シーカーの資格なんて似合いませんね。一生中級、リオが抜けて下級と言ったところでしょう。ま、その前に私があなた達のシーカー運命を途絶えさせるんですけどね。
お!?そう言ってるうちにウルフの突撃まで3・2・1
「「「グガァァアア゛ア゛!!」」」
「うおっ!?」
油断して隙を見せたナザールが反応に遅れる。シアは予め警戒していたのですぐに引き下がり敵に背を向けないようにしている。
ほら、言わんこっちゃない。ナザールは思いっきり背中を見せて「うわぁぁああ!!来るなぁぁああ!!ゴミ共がぁああ!!」と剣をぶん回して叫びながら逃げている。ゴミはどっちだよ。
ナザールを追いかける個体をシアは一匹一匹催眠させてシールズが魔法で仕留める。その間にもどんどんウルフはこちら側に流れ込んでくる。ウルフは八匹づつの三つの群を作って中心、左、右と別れて行動する。
ブラッドウルフは私達を囲って戦う戦術を選んだようだ。
敵の意識をセンターラインに持っていき暗い洞窟で見えにくいブラッドウルフ達は影に潜んで回り込むのだ。まあ私がいれば何も問題は無いわけだけど、そう簡単に力を見せたりはしない。そもそも戦える治癒士などほぼいないに等しいのだから。
でも一応レイナだけには念話で伝えておく。
『レイナ、ウルフは私たちを左右から囲おうとしているわ。私は治癒士だから攻撃できない事にして、よろしく頼むわね。』
『分かりましたわ!』
そう言ってレイナは攻撃が集中しているセンターラインを他の人達に任せて、左右の岩場に火の範囲魔法を放ってブラッドウルフを焼く。殺すには至らないが、大火傷で動きを鈍らせる事は出来た。
これでもうパーティが負ける心配は無いだろう。と思った矢先であった。
「うわぁぁああぁあ!」
甲高い叫び声が後衛の私達よりも後ろの方から聞こえてきた。この声はリオ。ここに来て考え事ばかりして足を引っ張ってしまったか...いや、こんな事言うのもあれなんだけど、今回ばかりはリオが悪い。
ナザール達は自分たちに必死でリオの叫び声なんか聞こえていない。というか聞こえているかもしれないが無視している。
「はぁ...」
ホント手間がかかる子です事...私はレイナに念話で『この場にいるウルフ全部やっちゃって欲しいわ、私は行ってくるわね。』とだけ言って誰にも見えないように透明化して声の元に飛行した。
後には『え〜そんな〜あんまりですわ〜!!』という念話の返信が来た。私は心の中でごめんねと謝りつつ、あの男の娘の元に向かった。
-------------------------
「はぁ...はぁ...はぁ...畜生...」
私が到着した頃にはリオは三匹のブラッドウルフに囲まれていた。
あちゃー、これは大ピンチだなぁ...
リオの左腕には大きな切り傷がありリオは右手でそこを押えている。しかし流血は止まらない。このままだと貧血も起こすだろう。シャンちゃんが強制的に顕現してリオの傷を治して身体強化を重ねがけしているけど、貧血でフラフラな上に、元々体がなってないリオでは身体強化重ねがけしても、C級相当のブラッドウルフ三体の相手は無謀である。
うーん...助けてあげようかなぁ...シャンちゃんもこいつが居なくなると悲しむだろうからなぁ...
シャンちゃんは私に気づいて『王女様!!助けて!!リオを助けてください!!』って号泣しながら透明化している私に縋る。
シャンちゃんにそんなふうに言われたら助けるしかないじゃん...と思って、シャンちゃんの頭を指で撫でてあげながら、どんな風に瞬殺しようかぁ...と始末方法を考えていると、想像もしえないことが起こった。
「僕は...」
『ん?』
「強くなって父上のようになるんだぁーーーっ!!」
おうおうおう、さいですか。左様ですか。マジですか。なんとなんと光の妖精シャンちゃんだけじゃなく、辺りがカラフルな光に包まれて、火の妖精に水の妖精、風の妖精に木の妖精、土の妖精に闇の妖精までもがリオの元に姿を現した。
一体何が起きたのでしょうか...
でもひとつ言えることは、私が手を出す必要が無くなったということです。
リオは自分のしたことに驚きを隠せていない様子を見せるのであった。