(2話) シーカーと夜
「あーん...んぐんぐんぐ...美味いがちょっと少なすぎやしねーかこれ?」
「全くだ。」
「もっと出ないのかしら?」
キチ○イ三人は勿論作法など知る由もなく、周りの目を気にせずフォークやスプーンだけで食べている。
せめて周りの人や私達を参考にするよう意識して食べなさいよとも思った。
しかしそんな私たちには目もくれず、ステーキもフォークで刺して、ナイフを使って切ることなく、大きな口を開けて声を出しながら口に入れる。モギュモギュと咀嚼音を静かなホールに響かせながら食事を進める。本当にいかにもなイメージ通りの冒険者ですね。周りのお客様は皆『なにあいつ、』『なんでこんなところに野蛮人が?』『有り得ねえ、自分だけおかしい事に気づいてねえ...』と言った視線を向けている。言われている本人たちは気づかないような皮肉のこもった会話も聞こえる。
AランクやSランク冒険者くらいになると、お貴族様お抱え冒険者になる人も多く、報酬の一環としてこういう所に食事に来る人も多いらしく、作法もきちんとしているという話だ。つまりトップになる器の持ち主はどこに行っても恥ずかしくない行動を取れるという訳だ。
逆に言うとこいつらはトップになる器では無いというわけだ。周りを見て学習しようとする姿勢すら見せない。実際シャンちゃんがかけている自動治癒や身体強化がかかっているにもかかわらず、それを己の力と信じ込み、下ばかり見て『S級なんて俺たちにかかりゃぁすぐだぜ!』なんて言ってる輩が上に行けるはずもない。
他人を見下す前にまずは自分の本質を見極めましょう。戦闘中と自主訓練の時の動きの違いくらい感じるものだと思うのですけど…そもそも訓練すらしていない可能性すらある。
そもそもシーカーパーティの中で出世頭になれているのも、リオと契約したシャンちゃんのお陰であるのに、そのシャンちゃんの契約者をいじめ、邪魔者扱いして、いずれは自分の首を締めることになる始末。
救いようがないですね。
大人しく妖精さん達の怒りの源にならないよう処分されてくださいな。
私は「ふぅ、」と一息ついてナイフとフォークを縦に並べる。心の中で『牛さん豚さん、それに鳥さんにお野菜達も、みんな目の前にいるゴミ共より余程立派です。美味しかったです。来世にて女神の加護があらんことを。』と祈った。
私は膝元に置いていた拭いで口を拭き、それを軽く畳んでテーブルの上に置いてホールを出た。外はもう日が沈みきってちらちらと星が見えるようになった。
「はぁ...」
この後どうしましょうか...このままならあのアホ達は勝手にリオをパーティから追放してくれそうですけど...そうですね、朝だったら追放された当日に、夜だったら翌日の探索にしましょうか。
私は始末の決行予定時刻を大まかに決めて、店の外でみんなを待つことにした。
冷える夜風が少しイラついていた私の心を沈めてくれる。
感情に左右されるなんて、私はやはり神としてまだまだ未熟であるなと実感する。
というか、よくあの三人追い出されなかったよね。普通あんな事したら即ご帰宅願われると思ったんだけど、まあ、私達がいたから...かな?
「いやー、食った食った!意外と量あるんだな!」
「ナザール私の食べたからでしょ?」
「俺はまだまだ足りん。」
うわ〜、食べ回ししたのかよ...テーブルマナーの欠けらも無いですね。あとワインはがぶ飲みするものではありません。エールじゃないんですから...
最初の三人が出てきて後に残りの三人が店からでてきた。どうやらお店の人達にこやつらの事で謝りに行ってたらしい。私だけ行かなくてなんか申し訳ない。ってか、私も途中退席した側だった。後で三人に謝っておこう。
道路に七人固まっても通行の妨げになるので私たちは近場の広場に足を運んだ。
「いやー良い仲間を二人に可愛い後輩を三人も持てて俺は幸せだ〜!」
リオを入れていないのはきっとわざとなのだろう。ナザールの言葉を聞いたリオは作り笑いをみせつつもああからさまに落ち込んだ表情を見せた。可哀想に。あと可愛い後輩って多分言葉通りの意味ですよね。
明らかに酔っているナザールはシールズの肩を組んでシールズの胸を手で揉み始めた。
「なぁ、シールズぅ...勿論今日もやるよなぁ?」
「えぇ、勿論。気持ちよくしてよね。」
うぇぇぇ...食後にそんな話しないでよ...やっぱりこの女は尻軽だった。多分大きくてやれるやつなら誰でもいい系のヤバいやつ。私達三人がその様子に若干引いてると...いや、シアだけ腹を抱えて必死に笑いを堪えてるけど、ナザールがついに私と目が合った。いや、あってしまった。
アルコールのせいか、はたまた夜という雰囲気のせいか、それはもう獲物に飢えた獣のように血走った目と唾液で溢れた口...うひょー、おそらく食前からこれを狙っていたのだろう...背中がヒヤリとしますね...何となくこいつの次の言動が予想出来た。
『シーナちゃん達も勿論やるだろ?』
「シーナちゃん達も勿論やるだろ?」
あ〜、当たってしまった自分がとても恥ずかしい。あと、そんな目で純粋無垢な私たちを見ないで欲しい。
「いえ、遠慮しておきますね。」
私は丁寧に断ると、私の後ろに隠れたレイナもコクコクと私の言葉に頷く。
するとナザールは明らかに不機嫌な顔をした。そして一歩一歩と私たちに近づいて強いアルコールの匂いが私たちの花まで届く距離までに到る。
「大丈夫さぁ、最初だから怖いだけだよ。一度経験すればそこからはもう天国のような気持ちのいい日々が幕を開けるよ。ふひひひひ...さぁ、さぁ、はぁ、はぁ、」
うわぁ...友達の部屋に隠してあったエロ同人誌のおっさんと同じこと言ってるよ...ってか気持ちのいいなんてこと皆知ってるっつーの、あとそんな行為を天国と一緒にすんな。セクハラやめて欲しいんですけど。
ナザールは酔いと興奮で呼吸が整っていない。既に私たちですることを妄想しているのだろうか、ナザールのナザールが膨れ上がっている。うげぇ...
「いえ、け、結構です...」
ポーカーフェイスが得意な人間の姿の私でも、顔が引き攣ってしまうほど気持ち悪かった。上品なワインを飲んだとは思えないアルコールの匂いがこっちまで臭ってくる。
「ちぇっ、つまんねーの、シールズ、行こうぜ。」
「えぇ。楽しみましょう...」
胡散臭い大人の笑みを浮かべたシールズは明らかに視線で『こんなに気持ちいいことを拒むなんて、人生なにを楽しんでるのかしら』って語りかけてきてた。大人の笑みは母様の以外受け付けないタチなので、そういうの結構です。
とりあえず一難去ったと言ったところだろうか、レイナは足をガクガク震わせながら私の腕を掴んでいた。可哀想に、怖かったよねぇ...
私はレイナに「大丈夫ですか?」と問うと「もう少しこのままにさせてくださいまし...」と大丈夫じゃない答えが返ってきた。
私はレイナの背中をさすって頭を撫でて落ち着かせてあげてると、この場において完全にモブと化していたリオが私の前に立って言った。
「ごめん。」
私はその言葉に驚いた。なぜあなたが謝る必要があるのか、別にリオは今日悪いことをしていない。謝る理由などどこにもないのだ。
「僕は...男なのに...」
男なのに?
「君たちを夜遊びに誘うパーティメンバーを止めることすらできずに見ているだけで、女の子を目の前で泣かせてしまった...」
「あなた何か悪いことしましたか?」
素直な疑問だった。正直リオが私たちに謝るような事が今日あったかと言われると、何度思い返しても何一つ無いはずだ。なんなら被害者側である。謝られる側だ。
「いや、違うんだ...もっと...もっと...」
ああ、なるほどね。理解した。私は元々男だったから彼が何を言いたいのか少し理解した。彼は今回私達に庇われたことに負い目を感じているのだろう。男たるもの盾となれ、なんて言う考えが彼の中にはあるのだろう。どうせこの後続く言葉は...
「もっと僕が強ければってところですか...」
「もっと僕が強ければ」
「!?」
リオは私が声を重ねたことに酷く驚いた様子。こんなの心読まなくても分かりますよ。心が弱い系主人公の定番の台詞ですよね。
「貴方、馬鹿ですか?」
「...え?」
まあそりゃそうだよね、そんな顔したくもなるよね。私だって人を直接罵倒する言葉を口に出したのは初めてですもん。
彼にとって私は女神様だもんね。まあ実際女神なんだけど。皆に優しい子とでも思ってたんだろうね。まさかそんな優しい女神様のような女の子に馬鹿にされるとは思うまい。
でも残念。女神様は優しくもあり厳しくもあるのですよ。
「男がネチネチと後悔してるところなんて誰も興味ありません。後悔が絵になるのは失恋した女の子だけです。あなたが男ならタラレバなんて今後使わないことですね。」
「...」
リオは何も言い返せない、しかしやりきれない。そんな顔をしていた。そんなリオの周りをシャンちゃんが飛び回って慰め始めた。さて、今日はもう彼に言うことはありません。この後も特に用がないので帰りましょうか。
「シア、行きましょう。レイナは私が運びます。」
「はいよ〜、いや〜にしてもカッコイイねー!シーナち〜。」
「なんですかその呼び名は...」
私はまだ震えるレイナをお姫様抱っこして三人で寮に帰る。あ〜もう、リオを見てると前世の自分を見ているようでとてもムカつく。ついカッとなってあんなこと言っちゃったけど、大丈夫だよね?泣いてないよね?乙女の心に目覚めちゃったりしてないよね?次の日猫耳メイド服で登場なんてしないよね?
私はそこだけ心配しながら腕の中で眠り始めてしまったレイナの可愛い...というより美しい顔を見て心を落ち着かせるのであった。