(10話) 神はいつも見ている。lll エピローグ
さあ。全てを終わりにしましょう。
この場において弁護士など居なければ、彼女らの行動をずっと見てきた周囲の生徒の中に彼女らを擁護するものは現れない。既に被告の弁明など必要ないのだ。
王の頭には今まで何があったのか、その真実その物が残っている。
あくまでも王がいるのはお前の国の奴らはこんな無礼をしたのだぞという見せしめのため。
なら彼女らを捌くのは誰なのか。
そんなの決まっているじゃない。
私よ。
「女神シェイアスエルナの名において...」
...会場に緊張が走る。
「そうですね...うーん...」
と、顎に手を添えて、一度軽い気持ちで判決を決めるような素振りを見せる。
私はここにいる人に、神はあんなにも軽々しく人の長い一生を決めてしまうのだ、という印象を持って欲しい。
この国の人達の心を覗けば、まずこの国の女神のイメージは危機の度に人類を救う、人にとって益こそあれど、害がない存在と思われている。
そうでは無い。
神は過ぎた者に制裁を下すのだという事をしっかりとわかってもらいたい。
女神に誓って、というフレーズがあるじゃないかと思うかもしれないけど滅多なことがない限り貴族は言わないよう教育されてるから中々ないし、平民に神の誓いの制裁を受けても生活は対して変わらないので、あまり制裁という物に厳しいイメージを持っていない。
まあそれでカルナは制裁が下ってしまったわけだが、それほどリーナの魅了が強くかかっていたということだ。
今回のでこの五人だけでなく、傍観してる皆にも分かって欲しい。
神はたかが人一人の人生に情など微塵もないということを。
「コレル=ジーダン、ザック=カーラルを半年の謹慎処分に、ゲイル=スタンズを一年の謹慎処分、ライル=アーラ=リングイングを一年の謹慎処分並びに王位継承権の剥奪を。そして...」
と続いてリーナの方に視線を合わせると、リーナはものすごい顔をしている。それはもう言葉では表現出来ないほど。自分の思い通りにならなかった事がそこまで人の顔を変えるとは...まあいい。
「...リーナに拷問禁止禁錮一年の実刑並びにライル=アーラ=リングイングとの婚約を命じるとしましょう。祝福して差し上げましょう。その真実の愛とやらを」
そして俯いた攻略対象達とギャーギャー泣き叫ぶリーナは騎士たちに連れていかれ、リーナを除き一時地下牢に閉じ込められるわけです。
完全に五人が見えなくなって、国王が私の足元に祈りを捧げる姿勢を取る。
「女神シェイアスエルナよ、どうか我国を潰すことだけはしないでくれまいだろうか...」
国王のその言葉に、後ろで唯一立つことを許されたレイナが「えっ...」という心配の悲鳴を上げて私の方を見るが、私は笑顔で軽く手を上げて『大丈夫よ。』と念話で送るとレイナはそっと胸を撫で下ろした。
「いいでしょう。しかし次は無いと思うことよ。」
「ありがたき幸せ。」
国王がそう言って退出した瞬間に私は会場の神気を消し、神の圧から生徒達を解放する。
生徒達は大きく「はあ、はあ、」と息切れを起こしながらぐったりとその場によこになった。
私は、私のことを心配そうに見つめるレイナに軽く手を振って姿を消した。というより透明化した。
この時同時に先程立つことを許されていた六人以外は、今日私がそもそも現れなかったことになるよう記憶を改変した。きっと都合のいいように内容が改変されていることだろう。
私のいた所をじっと見つめるレイナにシアが駆けつけて
「レイナは何をぼーっとしてるのかしら?」
と、相変わらず猫を被った雰囲気でレイナに話しかけている。やめて!息を潜めているのに笑わせないで欲しい。
「何って...シェイアスエルナ様がさっきまであそこにいたじゃない。」
レイナの言葉にシアは首を傾げる。
「シェイアスエルナ様?レイナには神様が見えているのかしら?」
「え?...」
「そういえばシーナがいませんね。どこへ行ったのでしょう...」
『記憶は貴方以外無いわ。上手く言っておいて頂戴。今から私は少し用があるの。』
私は念話でそういうとレイナは両手を胸の前で握って目を瞑り、『了解したわ。』とだけ言って「シーナはお花を摘みに行ったわよ。」とシアに言って上手く誤魔化してくれた。
確かに皆私がいた記憶はない。けれど、人にとって神が益なだけの存在では無いことは心の奥に残しておいた。これ以上こんな事があったら困るからね。
私は壁をすり抜け、床をすり抜け、この会場の一番下の地下三階まで降りた。
「ふぅ...さて、最後の仕上げ、やりますか!」
私は認識阻害神術をかけ、翼をしまい、リングとツノを消して地面に着地した。
私は学院の制服を纏って地下牢の薄暗く真っ直ぐ続く道をコツコツという音を鳴らしながら歩いた。
すると「誰かいるのでしょう!!早く私を出しなさい!!私は主人公!!こんなことされていいはずがないわ!!」
「静かにしてくれないかリーナ、」
「クソが!なんで俺がこんな所に!!」
「もう全て終わりだ。」
「なぜ私たちは女神に断罪された、どうして私とコレルの罪が一番軽く次にゲイル、殿下、リーナさんと重くなっていったのかどうしてこんなことに、もしかしてあれでしょうか?いえ、まさかあれ?いや、しかしあれは罪に問われるような行為では決して無いわけで私達がこのまま捕まったままだどそんなはずは───」
反省の"は"どころか"h"すらも見せないリーナの声と、個性豊かすぎる反省(?)の声が聞こえてきた。
コツコツコツコツ、一歩一歩近づいていく。
そして私はとうとうその声がする牢の前に到着した。
「お久しぶりですね、皆さん。」
「「「「「...」」」」」
『なんで君がここに?』みたいな視線四つと『そんな言葉はどうでもいいからさっさと私を出しなさい!』という視線が一つ。
私はここで一つ質問してみることにした。
「さて、リーナさん。」
「...何よ...」
「女神直々の断罪...今どんな気持ちですか?」
「ちょっ...それはっ...」と私が煽るのを止めようとする殿下の言葉を遮ってリーナは叫んだ。
「最悪よ!!私は主人公よ!こんなことされていいはずがないのよ!!」
予想通りの回答。そうだよね。貴方は主人公だもんね。
ここで私は一つ仕掛ける。
「そうね。貴方は主人公だったのですものね。」
「...え?」
にこやかに答える私に対してリーナの顔は『何言ってるの?』という表情をしている。
「ですから、貴方は主人公"だった"んです。」
私は"だった"の部分を強く主張した。
「どういう...意味...?」
ここでリーナはなにか変だと気がついたようだ。
「あなた...ここがゲームの世界って知ってるってことなの...?」
残念。惜しい。正解は、
「残念、ここはゲームじゃなくて、アニメ小説の世界です。」
「どういう...こと?」
レイナとリーナは知らなかったのかもしれないけど、実はこの乙女ゲーム、アニメの中に登場してくるゲーム作品なのだ。
どういうことなのかと言うと、
悪役令嬢に転生した主人公が何とか生き延びることができるように、ヒロインに優しく接してみたり、関わらなかったりして断罪回避を目指すというアニメがあり、そのアニメの中で主人公が転生してしまったゲームが、作品のアニメ化後に現実の本物のゲームとして発売されたのだ。
つまりそのアニメの内容は私達がいる世界そのものということで...」
「そんな...」
あからさまにリーナが落ち込んでいることが目に見える。
結構マイナーなアニメだから知らないのも無理は無い。私は前世でガチガチのアニヲタ男子高校生だったから知ってただけである。
攻略対象達は後ろで「どういうことだ?」「ゲームだと?試合の事か?」「違いますよゲイル、恐らくゲームとは───」「ふんっ...」と頭を必死に整理している。
「...で、シーナさん。貴方はなぜそれを知っているのですか?貴方も転生者なのですか?」
リーナの真面目な質問。初めてかもしれない、こんなまともに彼女と話したの...
まずリーナの質問に単純に答えるのならYesである。でも私の場合は少し違う。リーナやレイナの場合は"真実の女神"という作品のキャラクターとして転生した。しかし私はこの作品と直接は関係の無い、単純にこの世界に転生してきた。さっきのリーナの質問は恐らく細かく言えば『貴方も"真実の女神"の世界に転生したの?』というものになるのだと思う。
そうなると答えはNOである。というかここでYesと答えたら後々『どこ出身!?私群馬!グンマー帝国!!へー!あなた栃木連邦なんだね!!じゃあ話合うかも!!え!?高校生!?私も〜!!』とかいらない話で長引いて面倒なことになってしまいそうなのでここはNOと言いたい。いえ、言わせていただきます。
「いいえ、違います。私は転生者ではありません。」
「じゃあどうして...」
まあ、妥当な質問ですよね。
「まあ、後で分かりますよ。」
と、あやふやな返答をして私は話を本題に移すことにした。
「さて、では、あなた方はなぜこのようなことになってしまったか自身でお分かりですか?」
私は声をワントーン下げて五人に対して質問した。そもそもなぜ投獄されたか理由も知らされていない。まあリーナは薄々気がついているだろうけど。
「あなた達男性四...いえ、五人はこの二年間、リーナさんに踊らされていたのですよ。」
「っ...」
リーナは唇を噛み、攻略対象達はどういうことだと騒ぎ始める。
「リーナさんは彼女がなにか行動を起こす度に、自分に良くして貰えるよう魅了の魔法を毎日のように使っていたのですよ。」
そしてそれは消えることは無い。いつか偽りの愛が心に刻まれてそれが本心になってしまう。だから彼等はもうリーナから離れる事など考えられない。今頃平民街で働いているカルナもリーナ欲しさに狂ってしまっているかもしれない。
「そうですよね、リーナさん。」
「...えぇ...そうよ...」
あら、あっさり認めてしまうのね。
「私は以前あなた達に忠告しましたよ。」
身に覚えが無いなと5人揃って首を傾げる。
「まあ、そうですよね。なら、これなら思い出せるでしょうか。」
そう言って私は認識阻害を五人の目の前で解いた。
「「「「!!」」」」
「うわっ!?真っ白人形!!」
ゲイルくん、そこは周りに合わせて静かに無言で驚いて欲しかったです。うるさいです。
「どうですか?思い出せましたか?私は確かに"ワレワレハツネニミテイル"と言いました。」
私は前回忠告した文のみを以前のような合成音声で発音した。
まあ実際そう言われてもリーナ以外はなんだったのかよく分からないよね。だって攻略対象達は罪悪感なしにリーナに踊らされていただけなのだもの。
...まあ、当のリーナに、罪悪感があったのかどうか私は知らないけどね。
「これはどうやっているんだ?僕たちがみていた君の姿は幻影だったとでも言うのですか?」
元王子は気になったことを聞かずにはいられないタチのようだ。
「ええ。ちなみにわたしは"あなた達だけ"、あの姿に見えるようにしていました。」
その言葉に全員が驚いたあと、「そんな...」と殿下が一人落ち込んでいる中、リーナは拳を強く握っていた。
「...我々はいつも見ているだとか、特定の人だけに姿を変えてみせるとか、転生者でもないのに転生の話がわかるなんて...貴方はいったいなんなんですか!」
...
確信の突くリーナの質問、もとい、怒鳴り声にこの場は大きく静まり返った。
じゃあ答え合わせと行きましょう。
私は光の輪を出し、翼を一気に羽ばたかせた。辺りは暗くジメジメした牢獄の中なのに真夏の晴天下であるかのように明るくなった所にキラキラとした羽が舞い落ちる。そして彼らの前に一人の女神が現れ、何もかもを見通すその金色に輝く輪の瞳に五人は見つめられる。
「わかったかしら。」
開かれない口から放たれた理解を求める、、否、強制する言葉に五人は何も反応ができなかった。気がつけば後ろにいた女神に5人揃って腰を抜かす。
五人の瞬きが揃う瞬間を狙って転移なんて、名前通りの神業ですよね〜。
「あなた達が手を出してきたのは女神とその親友。そして転生者のことを知っていた理由も私が女神だから。」
「これ以上私に何かされたくなかったら...大人しく大人達の言うことを聞く事ね。」
五人は冷や汗を酷くかきながらコクコクと大きくうなづいた。
「ちなみにリーナさん?」
「はっはいっ!!」
おー、軍隊のようないい返事。いつもギャーギャー叫んでたから声帯が鍛えられたのかしら、
「私の親友、悪役令嬢レイナさんもあなたと同じ転生者よ。彼女はあなたと同じくゲームの事しか知らず、産まれてからずっと断罪されるかもしれないと心を病んで生きて来たわ。特に学院に入ってからは毎日毎日教会に通って私たち親子に『死にたくない』ってお祈りするくらいにね...」
「...」
「私が言いたいこと、分かるかしら?」
私はニコッとリーナに問いかける。
「はい!分かります!」
「あらそう、普段からこうしていればいい子なのに...」
私は困った顔で頬に手をやって首を傾げる仕草をする。そうすればなんか大人っぽいかなと思ったから。理由はそれだけ。
ちなみにさっき私は、レイナは貴方よりずっと辛い思いをしながら、辛い気持ちを抱えながら生きて来た。この2年は特に辛い思いをしてきた。少なくとも2年間はあなたのせいなのだからしっかり謝りなさい。ということを言ったのだ。
「まあそういうことだから、次また私があなた達に会うことになった時、あなた達がここにいないことを願っているわ!ま、会うことが出来たらの話だけど。」
私はそう言って飛びながら牢の柵を通り抜けた。
「忘れないでくださいね。例えどこにいようと何をしようと...神はいつも見ているのです。」
私はそう言ってこの場から消えた。
自分で言うのもなんだけど、私って人の姿と神の姿で話し方違うよね。なんというか神になった時色っぽいよね。母様の影響なのかな?
私は喉に手を置いて「あー、あー、あー」と発声練習をしながらレイナの元に飛んで向かうのであった。
後日談だが、リーナはこの後レイナに面会をし、今までの事を全て謝った上で前世のことを語り合い、仲が良くなったらしい。牢獄でも大人しく過ごしており、刑期が延びるようなことはないようだ。
ほかの攻略対象達もそれぞれ大人しく家で暮らしているようだ。彼等は国王や騎士団長、宰相に宮廷魔法師長の座が無くなっただけで、別に何も人生が終わった訳では無い。むしろ能力ある彼らならきっと他の所で活躍しているところを見ることが出来るだろう。
王国の未来は思ったよりも明るいのかもしれない。
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私は今、選定の義の場に向かって歩いていた。
その場所こそ、この国に来て初めてのお出かけの場であり、レイナに連れて行かされたプリューム中央教会だ。私のお悩み相談所みたいな所に私自ら向かうと思うと少し滑稽だなとも思う。
もちろんシアとレイナも一緒に歩いている。「ここは私がこの国に来て初めてお出かけした場所ですね。あの時はレイナさんが───」なんて思い出話をしていると、レイナは私に近づき、耳元に口を寄せて、
「リーナのこと、ありがとうございます!今日のこと、楽しみにしてますわ!」とだけ言って三人の会話に戻った。
私が何かヒロインズにしてた事バレてたのか...
あー、そういえばレイナに選定の儀、楽しみにしといてって言ってたっけ...まあその時に考えればいっか...
あれからレイナは嘘のように明るい性格になった。断罪という人生における最大の不安要素が消えたからだろう。レイナが元気になったことは親友の私としても嬉しい限りだよ。
途中から急に人が良くなったリーナに、おとな気、というか神気なかったかな〜なんて思ったこともあったけど、今幸せならそれで良かったのかな、なんて思ったりもするのでした。
結局人生は楽しんだ者勝ちですからね。
第一章 悲劇の悪役令嬢救済編 fin