(9話) 神はいつも見ている。ll
私は、この状況を理解せず、教会に祈りに来たことも無いのに、生意気にも願い事ばかり叶えてもらおうという欲深く
そして醜いそのメスをどうしてやろうかと左手を向けた。
リーナは『やった!本当に叶えさせてくれそう!?』等と心の中でウキウキしながら私の左手を向けられる。その危険を察知したのか、隣にいたライルが彼女を背にして庇う。リーナはあと少しで願いが叶うのに邪魔された!とでも思ったのだろうか、
「リーナをどうするおつもりですか!!」
と私に向かって無礼にも口答えをしてリーナを庇うが...
「ちょっとどいて!願いが叶わなかったらどうしてくれるのよ!?」
ドンッ...ドスンッドスンッバサッ...
「あ゛ぁッ..ヴッ...ゥア゛ッ...なっ!?...リーナ?」
と、ライルを邪魔だと階段から突き飛ばした。あんなにイチャイチャしておきながら己の欲の前には本性を晒す。本当に醜い。
何故今までこんなヤツを生かしておいたのか自分でも疑問に思うほどであった。ただ精神が肉体に作用して人間の感覚に近かったから殺すことがなかった、これは神の体に戻って『人間なんてどうでもいいじゃん、殺すならさっさと殺そ、』と思ったなどと言う理由では無いのは確かである。
私は足元に転がってきたライルに目を向ける。ライルはリーナに向けていた目をこちらに戻し、「ひぃっ!?ぁっ、あぁっ、助けを...僕に...助けを...」と情けない声を上げながら尻もちをついてズルズルと後に下がる。
『ああ。そういう事か。』
身体を痛めながらも私を見て恐怖し、助けを乞うライルを見たことで、さっきまで残っていた疑問の答えがわかった。
私はずっと怯えてきたレイナを調子に乗って蹴落とそうとするアホに怒っていたのだ。今わかった。私は大切な親友に手を出し続けてきたこいつが許せないのだ。私はこいつをゆっくりと壊したい。恐怖のどん底に陥れてやりたいのだ。
そう思ったら私は迷わなかった。
私はまるでリーナを受け入れるように、まるで天使の導きのように両手を広げて誘い込むように近づく、そしてリーナも両手を広げようとしたところで...首を掴む。
「さぁ女神さま!私の願──うぐっ!?」
そして片手でその身体を持ち上げ、涙を流してこちらを見るレイナの横に放り投げた。
「キャァアッ!!...」
ドスンッドスン...ゴロゴロ...
リーナがゆっくりと起き上がろうとする所を私は自分の羽を一枚使って地面に付くリーナの手に刺し、彼女の手と地面をくっ付けた。
「...え...?...何?これ...痛い..痛い.痛い!!ギャァアアア!!イダイッ!!痛いっ!!ヤダァ!!ヤダァァアア!!」
リーナは最初こそ何が起きたのか分からない顔をしたが、地面から手を離そうとしたことで痛覚が反応し始め、悲鳴を上げ始めた。
羽を抜こうとするも地面と手に刺さった羽は抜く事どころか触ることすらできない。もう片方の手で触ろうとしてもその手は空を切るばかり。
激しい痛みにギャアギャア騒ぐリーナの横でレイナは呆然とした表情で私の顔を見て、
「...シー...ナ...?」
と、ぽつりと呟いた。
私は両手を広げてゆっくりとレイナに近づき両手でレイナを抱きしめ、10枚の翼で優しくレイナを包み込む。
「もう心配しなくて良いわよ、レイナ。」
「シーナ...シーナなの...?シーナがシェイアスエルナ様...なの?」
レイナは大粒の涙をボロボロと零しながら私の目を見る。
「ええ。黙っててごめんなさい。でも大丈夫。私はずっとあなたを見てきたわ。約束を守ってくれてありがとうレイナ。」
「シー...シェイアスエルナ様?」
「シーナで良いわ。上でも親しい者は皆そう呼ぶわ。」
私はそう言うとレイナはまたまた涙を目に溜めて、唇を必死に噛み締め、そしてを私を強く抱きしめた。
「うわぁぁぁあああ!!怖かったです!!本当に怖かったんです!!」
「ええ。知ってるわ。」
「シーナがいじめられてるのを見て、苦しくて苦しくて!でもし返しちゃ行けなくて!!」
「ええ。」
「ぁぁあああ!!うわぁぁぁあああ!!」
「頑張ったわね。本当にレイナはよく頑張ったわ。女神の私がこういうのだもの。貴方は頑張ったわ。」
「シーナー!シーナー!うぁぁぁ!!」
私はよしよしとレイナの背中をポンポンと優しく叩きながら頭を撫でてあげる。
レイナは模範的な令嬢ではなく、転生前の口調を私の前にさらけ出す。でも私の羽に包まれている以上ここで起きていることは外からは何も分からない。聞こえもしないし、見えもしない。
私はレイナが落ち着くまでこのままでいた。
こんな大事な場面だけど...私には及ばないながら、レイナの豊かな胸が私のお腹にあたって、顔を赤くしながら興奮してしまった...なんて事は恥ずかしくて絶対に言えない...
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「落ち着きましたわ。ありがとうございますシーナ。」
「いえいえ、泣いてる親友を助けるのは当たり前のことです。」
「...もしかして私の祈り、全部知ってましたの?」
レイナは少し恥ずかしがりながら私に質問する。
「ええ。返信できないで申し訳ありません。そんな簡単に返信する訳にもいかないのですよ。」
「まあ、それもそうですわね。」
落ち着きを取り戻したレイナは目を真っ赤に腫らしながら、私に感謝を言ったあとに軽い雑談を始めるが、時間もないので、私は次にしなければならないことの質問をレイナにすることにした。
「レイナ。」
「なんでしょう。」
「貴方はこの後どうしたいですか?今なら彼女に仕返しができますよ?」
「私は...」
そう一言詰まったが、レイナの気持ちは決まっていたらしく、一つ「はぁ...」と息を吐いてから、
「私は復讐はしませんわ。彼女には今まで私達だけでなく他の人にもかけてきた迷惑相応の罪を、正式に償ってもらいますわ。」
「そうですか。あくまでも個人の復讐はしない訳ですね。」
「ええ。それに、15年ずっと信じてきた女神様に出会えたという嬉しさで今までの恨みも全て消えてしまいましたわ!」
やはりこの子は強い。とても良い子だ。私はこの子の心に、魂に惹かれた。
この時私は決心した。『いつかレイナが不幸で倒れてしまった時、永遠に私のそばにいて貰えるようにしよう』と。
「そうですか。貴方はとても良い心を持っています。まるで人の眠れる夜に一人、優しい光で皆を守る月のような優しい心。」
「...」
「洗礼の儀は楽しみにしてて下さいね!」
私は最後にウインクしながらそう言って彼女の腫れた目を治し、羽を広げて再び中心に浮いた。
さて、レイナに言われた通り正式なジャッジを下しましょうかね。
私は騎士であろう人を二人立たせた。
「この国の王を呼んできなさい。『女神シェイアスエルナが貴様を呼んでいる』と。」
二人は「「はっ!!」」と、すぐに駆け出して行った。
さて、
「どうかしら、貴女の左手にプレゼントしたのは私の自慢の羽なの。綺麗でしょう?と言っても、もうあなたの血で最早別物になってるけど。」
私が刺した羽はリーナの血を吸い上げ、赤く変色していた。
私は「助けなさいよ!!早く!!私を助けなさいよ!!」と泣き叫ぶリーナを上から覗くように話しかけたが、リーナは煽られたと思ったのか、怒りに任せて私に向かって泣き叫んできた。
「あなたなんなのよ!!私は主人公なのよ!!何をしても許されるの!!こんなことあってはならないのよ!!」
女神の私に向かってなんたる態度、主人公なら何をされても良いと思っている時点で大間違い。
「そうよ!貴方は神なんかじゃない!!悪魔よ!!悪魔!ここでライル様達が倒して私は幸せになるの!!」
リーナはとうとう私を罵倒し始めたが、ここで思わぬ伏兵?がやってきた。
「リーナ!!やめろ!!」
「...え?」
「あら...」
うるさい声だけが取り柄の脳筋ゲイル君が、まさかのヒロインを止めたのだ。それには思わずリーナだけでなく私もびっくり。
「神だけは侮辱してはならない!!絶対にだ!!」
「え?だってあいつは悪魔d──」
「やめろ!!」
「っ!?」
「あらあら〜」
私は手を口元に持っていき、口を隠す。『どう?上品に見えるでしょ?母様の真似をしてみたの。』なんて思っていたら今度はヲタク口調ザックがお得意の解説を始めた。
「あの御方は間違いなく女神様です。宙を自由に舞えるのは神術と呼ばれる神の力のみなんです。それにあの光り輝く頭上のリングも背中に生えた翼も、金の輪の瞳も絹のような真っ直ぐに伸びた美しい髪も全て全て3000年以上前から語り継がれてきた女神の姿そのままなのです。」
こんな自分が責め立てられている状況の中よくもまあ噛まずにペラペラと喋れるよね。尊敬するよ。
「クソがァッ!!ホーリーアロー!」
説明を受けたリーナは杖を私に向け、新しく覚えた光魔法を私に打ち込もうとしたが、それら全ては発動すらしない。
「ホーリーアロー!ホーリーアロー!!なんで発動しないのよ!ホーリーアロォォオオオオ!!」
ホーリーアローとはリーナが作った攻撃魔法である。光魔法にしては珍しい攻撃魔法だ。
この魔法が完成した時はコレルがそれはもう見事にリーナを褒めちぎっていたのを覚えている。
そして次に口を挟んだのはクール系コレル。
「やめないか。リーナ。」
「コレルまで...」
「そもそも神に魔法は効かぬ。魔法とは魔素を体内に集めてそれを放出するものだ。それは人間が野生の世界において非力すぎて、唯一優れていた頭を使ってですら生きて行けないと判断した神が、力の均衡を保つ為に神術の源である神気を極限まで劣化させて人間が使えるようにした物だ。つまり神気で満ち、魔素が閉じ込められ、圧迫されたこの空間で魔法が使えるわけが無いんだ。」
「そんな...」
流石は魔法師団長の倅と言ったとこだろうか。よく魔法や魔力について勉強していらっしゃる。
リーナは唯一動かせる右肩をわかりやすいほどにガクッと落とした。そして最後にライルが声をかけた。
「神の前に立ち向かえる者など...この世界には、いや、この世界でなくても、どこに行っても存在しないのだよ。」
「「「「「...」」」」」
絶望の顔を浮かばせるヒロインズ五人。神に歯向かった時点で終わりなのだ。
「さあ、話は終わったかしら。」
私がそういうとガチャっと扉が開いた音が会場に響いた。到着したのはこの国の王。ルークス=アーラ=リングイングだ。
「女神シェイアスエルナ様、リングイング王国国王ルークス=アーラ=リングイングにございます。差し支えなければ何があったのか聞か───」
正直一から話すのも面倒なので今まで起きたこと、これからする予定のことを国王の頭に流した。
すぐにその映像を見終えた国王はとても難しい顔になったが、渋々決断した。そして会場の中心まで進み...
「......これより...元リングイング王国第一王子ライル=アーラ=リングイング、ゲイル=スタンズ、ザック=カーラル、コレル=ジーダン、そしてリーナの...簡易裁判を執り行う!!」
「「「「「!?」」」」」
国王の開廷の宣言にこの場にいる全員が声にならない驚きを顕にした。
これからは、レイナに無い罪擦り付けて来たお前らが断罪される番だ!!
私はゆっくりと国王の後に移動して全てを見渡したのであった。