第92話 「アリッサとドロシア艦隊」
モニターにはドロシア艦隊を従えたサルンガの深紅の機体が映っている。
ドロシア艦隊は一斉に前方スラスターを焚き、サルンガの後方宙域に停止した。
だが艦隊の隊形は臨戦態勢で不穏な雰囲気を醸し出している。友好的とは言い難い状態だ。
そのドロシア艦隊の接近に伴い、行動を共にして来たヤーパン艦隊も隊列を整え、エルテリアの艦隊も押し出して来ていた。
両国の艦隊がドロシア艦隊を斜めから挟み込むような形で配置を終え、その三角系の宙域の中央でエウバリースとサルンガが対峙している。
ドロシア軍からはアリッサの通信以外は一切の動きが無い。いったいどういうつもりなのだろう。
「アリッサ。何なんだこれは!」
こちらの問い掛けに対して、返事の代わりに強力な粒子レーザーを撃ち込んで来た。この攻撃は僅かな挙動で往なす。
機体すれすれの宙域を粒子レーザーが通過して行き、直ぐに移動した位置に追撃が来るが、それも躱す。
その後もサルンガから、息も切らさぬ連続攻撃が続くが、もちろん掠りもさせずに躱した。
今までなら、この辺でアリッサが痺れを切らせて近接戦闘を挑んで来るところだが、今日は距離を取ったままで射撃を続けている。
『あんた相変わらず避けるのだけは上手ね』
「……」
いちいち煽って来るが返事はしない。
というのも、アリッサはオープン回線を繋げたままで話しているからだ。
周囲の艦艇に通信を拾われている可能性が高い。また変な事を言われると堪ったもんじゃない……。
『じゃあ、これからの攻撃も受け切ってみせて!』
通信と同時にサルンガが急加速した。
深紅の機体が急接近すると共に、粒子レーザーとミサイルが飛んで来る。
粒子レーザーを躱しつつミサイルを迎撃するが、複雑な軌道を描きながら接近してくる為、数発が機体寸前まで迫り、肩口に付いている機銃で撃ち落とした。
そのミサイルの爆発をすり抜けるかの様に、再び粒子レーザー光が伸びて来る。
だが、サルンガとの相対位置から予測出来る攻撃なので、軽くスラスターを焚き機体の角度を変えるだけで躱した。
その後も遠距離での攻撃が続くが、どれも予測の範疇を越える事はなく、GDであれば容易に躱せる程度の攻撃だった。
サルンガ自体の動きもやや型にはまった回頭や釣り込みを続けるだけで、いつものアリッサの動きではなく、どちらかというとCIA制御の機体の様な動きだった。アポロディアスの操縦なのだろうか。
「アルテミス。これはアポロディアスの操縦かな」
『そうだと思います。ですが、彼の本来の動きではありません』
『次!』
アリッサの声と共にサルンガの動きが豹変する。
動きも攻撃も多彩になり、回避が間に合わず盾で受けざるを得ない釣り込みや、厳しい攻撃が増えだした。
だが、サルンガの動きが悪く、回頭や細かな機体の制御が不安定になり、いつものアリッサの攻撃とは言い難い。機体の調子でも悪いのだろうか。
しばらくサルンガからのアタックを受け続けたが、時折鋭い攻撃が来る程度でアリッサの驚異的な攻撃からは程遠い状態だった。
彼女が何をしたいのか捉えかねていると、突然サルンガが目前に迫り、躱せない速度での剣戟が飛んで来た。
これまでの緩慢な動きに気を緩めていたら、エウバリースの機体にサルンガの近接武器が叩き込まれていたかも知れない。
そのサルンガの剣は、エウバリースの長剣によって軌道を変えられ、エウバリースの機体には届かなかった。
やっとアリッサの鋭い攻撃が出たが、まさか今までの緩慢な動きはこちらの油断を誘う為のものじゃないはずだ。
お互いにそんな程度ではない事は、身に染みて分かっている。
今までの動きで、何か伝えたい事でも有るのだろうか。
『うふふぅ。鈍ってはないみたいね』
「アリッサ。何なんだ」
『これまでの動きは私からの情報。こっから先は!』
「情報? くっ!」
サルンガから再び強烈な剣戟が襲って来た。
両方のアームに剣が握られ、今度は予測の難しい軌道で打ち込んで来る。
長剣で受け切れない攻撃を盾で受けて凌ぐ。完全にいつものアリッサの動きだ。
向かって左側からの攻撃を盾で受け、右側から差し込まれる剣を長剣の鍔もとで受ける。
粒子レーザー刃ではない特殊合金同士の剣がぶつかり、火花が散る。
その刹那、エウバリースの前方スラスターをフルで焚き後方へと逃れた。
直後にエウバリースが居た宙域にサルンガの蹴り上げが入り、立て続けに粒子レーザーが至近距離で撃ち込まれる。蹴りを食らっていたら、躱せなかったかも知れない。
重力下での格闘とは違い、宇宙空間で機体の体勢を変えながら攻撃を加えようとすると、必ずブースターかスラスターを焚かなければいけない。
その各所の一瞬の瞬きを捉えて相手の動きを予測するのだ。
モニターのHUD上には相手の機体の細かい熱量の変化や、スラスターの噴射量が瞬時に表示される。
機体の演算能力に加え、CAAIの演算による予測や警告も表示される。
それを基にパイロットは状況を読み取り、機体の動きに反映させるのだ。
攻撃を躱されたサルンガが、細かく複雑な軌道を描きながら迫って来る。
得意の攻撃に繋げる為のアリッサらしい凄まじい制御だ。
再び襲う苛烈な剣戟と、その合間に撃ち込まれる射撃を往なしつつ反撃のタイミングを図る。
幾度か反撃の打ち込みを見せ、サルンガからの剣戟を往なしながら、徐々にこちらのタイミングにアリッサを釣り込んで行った。
やや前のめりになったサルンガの剣戟を受けた瞬間にブーストを焚き、すかさずサルンガの機体を盾で押す。
押すと同時に前方スラスターを焚き機体を後退させ、長剣の間合いにサルンガを置いた。
次の瞬間、並みのパイロットでは躱せない打ち込みをサルンガに叩き込む。
もちろん、アリッサは機体の体勢を瞬時に整え、剣で受け流す動作に入る。
その受け流す動きの隙を突き、フルブーストで加速しサルンガの脇をすり抜ける動きをした。
これまでであれば、その動きでサルンガの背後に廻り込み、制圧して戦いを終えるところだが、瞬時に反応したサルンガの挙動を見逃さなかった。
『その手は何度もくらわないわよ!』
アリッサの声と共に、脇をすり抜けるエウバリースの動きを捉え、背後を取ろうとしたサルンガ。
だが、彼女が捉えたと思った位置にエウバリースの背中は無い。
流石の対G機構でも吸収しきれない強烈なGを受けながら、前方へのフルブーストで跳ね返る様に元の位置に戻ったエウバリース。その目前に回頭したサルンガの無防備な背中が捉えられていた。
『クソリオン! あームカつく! 本当にムカつく! あー悔しい!』
両アームを広げ負けを認めるサルンガから、アリッサの叫び声が聞こえて来た。
『悔しいけれど流石ね。まあ、天位の騎士はそれぐらいじゃないと困るけれどね。でも、いつか殺してやるから覚えてなさい』
褒められているのか脅されているのか良く分からないアリッサの通信を聞きながら、後方に布陣していたドロシア艦隊の変化に目が行く。
「なあ、アリッサ。ドロシア軍は……」
『ふふっ。クソリオン。今からあたしが言う事をしっかり聞きなさい!』
────
アリッサの提案を聞き終えたヴィチュスラーは、驚きと共に感心した表情でアリッサを見つめていた。
「レディ・アリッサ。貴女はなかなかの戦略家の様だ。意外に政治家や指揮官向きなのかも知れないな」
「お褒めに預かり光栄で御座いますわ。ロディ・ヴィチュスラーさん」
「……」
「でも、あなた達はそれで大丈夫なの?」
「ルカ王子。ご判断頂いても宜しいでしょうか」
「ロディ。ドロシアは王政ではなく共和制ですよ。判断は各個人に委ねるべきだと僕は思う」
「はっ。王子のおっしゃる通りです。では、今からその旨を全軍に伝えましょう。アリッサ殿も同席頂けますか」
「ええ、私が居ないと駄目よね。ちょっと着替えて来るから準備をしておいて」
「承知した。アリッサ殿……」
「はい」
「今回の申し出に感謝する」
「あら、イケメンに貸しを作っておいて損は無いわ」