第90話 「オーディンの計画」
オーディンを除く八つのコロニー群を円形で捉えると、ロドリアンコロニー群はヤーパン・エルテリア宙域からドロシア宙域を結ぶラインから、外宙域へと大幅にはみ出す位置に存在する。
この宙域は鉱物や水資源に乏しく。国力・軍事力は八つのコロニー群の中では最も低い経済圏だが、観光に特化した美しい景色のコロニーを多く作り、各経済コロニー群から訪れる観光客の収入で経済を支えている。
オーディンやヤーパン・エルテリアと近い事もあり、これまで中立に近い立場を取る事が多かったが、今回の戦争に於いては、ドロシア軍と連合を組む事でセントラル政府からの完全独立を狙っていた。
だが、ドロシア本国の降伏を目の当りにして、即刻軍を引きセントラルコロニーへの恭順を示したのだ。
そもそも、単独でセントラルコロニーへ立ち向かえるほどの軍事力は持ち合わせていない。恭順は国として賢明な判断だといえる。
セントラルコロニー軍もロドリアンコロニーの事などは眼中になく、小規模の部隊による武装解除の確認と、諜報活動を主とした占領政策を始めたところであった。
そのロドリアンコロニー群の玄関口と言えるゲートコロニーには、各コロニー群を股にかけ、物資の搬送や作業の請負を生業としている者達が集う酒場がある。
その宇宙港の傍にある酒場の一角で、二人の男が向かい合っていた。
「機器類は依頼通りの指定宙域座標に設置してきたぞ。これが報告書だ」
「ありがとうございます。確認させて頂きます」
片方の男はいかにも商人という風貌をしているが、報告書に目を通す男は、この場所にはあまり相応しくない真面目そうな雰囲気を醸し出している。
「全ての機器の設置座標に間違いはありません。腕利きの貴方に依頼して良かったです。では、残りの依頼金のお支払を致します」
眼鏡を掛けた目立たない風貌の男が通貨カードを取り出し、商人風の男に手渡した。
男は金額を確認すると、視線を戻し頷いてみせる。
「確かにセントラル共通通貨で残金を受け取った。前金だけで十分な額だったが、この程度の仕事でこんなに大金を貰うのは、ちょっと気が引けるな」
「いえ、とても助かりました。わたくしだけでは到底出来かねる仕事ですので」
「それにしても、あれは何だ? あ、いや、依頼品の中身を聞くのは野暮ってもんだな」
「測定機器ですよ。外宙域に於けるクロムアロウニウム変異型イッヘル線量のトリマニウム……」
「あー、良いんだ。そんな専門用語を並べられても、さっぱり分からねーから。何かの研究に役立つなら結構な話だ」
「これは失礼いたしました」
「いや、それよりも。最近……と言っても半年以上前だが、あんたをウルテロンコロニー群で見かけた気がするんだけどな。宇宙の反対側のコロニー群だし、気のせいか?」
「ええ、他人のそら似でしょう。私の様な風貌の男は、それこそ万人単位でいるでしょうから」
「はは、違いねえ。また何か依頼があったらよろしくな」
「はい。宜しくお願いします」
商人風の男が席を立ち、会釈すると店を出て行った。
男はそのまま繁華街へと向かっていたが、何とも得心がいかない表情を浮かべながら店の扉を振り返る。
「……同じ人物だよなぁ。今回と同じ様な依頼をウルテロンで受けたんだけどな。まあ、要らぬ詮索は危険を呼び込むだけか。忘れよう……」
普段の請負仕事に比べ倍以上の報酬を手にした男は、足取りも軽やかに煌びやかなネオンが瞬く繁華街へと消えて行った。
一方の真面目そうな男も、誰かを警戒するかのように店内を見渡し、問題が無かったのか、しばらくして席を立った。
だが、男が出口に足を向けた矢先、他の客の足につまずいたウェイトレスが手に持った料理ごと倒れ込んで来たのだ。
その刹那、尋常ならざる素早さで男が動き、料理とウェイトレスを受け止める。
勢いよく飛んだはずの料理は欠片すら落とさず元の皿に収まり、ウェイトレスも何事も無かったかのようにその場に立っていた。
「あ、ありがとうございます」
「いえ。ご無事で何よりです」
深々と頭を下げるウェイトレスに料理を渡すと、男は表情ひとつ変えずに店を出て行った。
助けられたウェイトレスは、不思議そうな表情をしながら男を見送っている。
倒れそうになった彼女を咄嗟に支えた男の腕の硬さが気になったのだ。
「……アンドロイド? まさかね。あんなに素早く動けるアンドロイドなんて居ないわよね……」
────
「ねえ、アルテミス。十五オーディンは、何故オーディンの軍事力を使い、全力で戦う事を選ばなかったのだろう。訓練で一〇〇機以上の屈強なGDを運用できるのだから、増産をして対抗できなかったのかなぁ」
『恐らく出来ると思います。ですがそれは、騎士に託して来た『人類への想い』を否定してしまうという事に繋がるのかも知れません』
「うん、そんな感じの説明を受けたよ。だから俺も異議は唱えなかった。そもそも何か言えるほど、その……何て言うか、俺に政治というか治世とかについての能力があるとは思っていないし、人類がどうあるべきなのかとか難しい事はさ……」
『そうですね。リオンが強大な力を振りかざし、人々を従わせる様な思考の持ち主ではない事も、天位の騎士に選ばれた理由のひとつですし。オーディンの描く未来が、正しい道で有る事を信じて進みましょう』
「そうだね。でも、俺とオーディンを信じて協力してくれる人達に、とても辛い思いをさせるかも知れないのがね……」
『ええ、確かにその事は……。リオン、エドワード准尉が戻られたようです』
「分かった。直ぐに行くよ」
『エルテリアが提案に賛同してくれると良いのですが』
「うん。話を聞いてくるよ」
『行ってらっしゃい』
エウバリースのコクピットから降り、格納庫に着艦した小型艦艇へと向かう。
エドワードさんと共に、胸に勲章や記章がびっしりと付いた立派な軍服の女性が降りて来た。
「リオン・フォン・オーディン殿。こちらはエルテリア軍のヤエル中将です。オーディンからの申し入れについて返答をお持ちしました」
いつもとは違う生真面目な表情をしながら、エドワードさんが敬礼をしている。
紹介されたヤエル中将が歩み出て握手を求めて来た。
中将は厳しい表情をしていたけれど、握手を交わすと表情が和らいだ。
「エドワード少尉から話は聞いていましたが、リオン殿は本当にお若いのですね。あ、決して悪い意味には捉えないで下さい。オーディンの騎士にお会いでき光栄です」
「いえ、こちらこそお会いできて光栄です。いつもエドワード准尉には良くして頂いています」
「ああ、エドワードはこの度少尉に昇進しました。アウグドからの一連の任務が評価されたのです」
中将の後ろに控えているエドワードさんに目線を遣ると、いつもの明るい表情でウィンクをされた。
「ご昇進おめでとうございます」
「ありがとうございます。まあ、もっとも今後もエルテリア軍が存続していればの話ですが……」
「少尉、口が過ぎますよ。その為の話をしに参ったのですから」
「はっ! 失礼しました」
エドワードさんが苦笑いをしながら再び敬礼をしていた。上官と一緒だからか、何だか窮屈そうだ。
そんなエドワードさんを一瞥すると、ヤエル中将は柔らかな笑みから一転、厳しい表情に戻り姿勢を正した。
「オーディンの騎士リオン殿。エルテリアはオーディンの提案を受け入れ、全面的に協力すると決定致しました。これより仔細について打ち合わせを願います」
「は、はい。宜しくお願いします」
エドワードさんにヤエル中将を面談場所へと案内してもらい、俺は儀礼服に着替える為に部屋に戻った。
面倒だけれど、国の重要な話し合いの席に挑む時は、オーディンの騎士として正装しなければ失礼に当たるからだ。
急いで儀礼服に着替えていると、訪問を知らせる電子音が鳴り、直ぐにセシリアさんが入って来た。
「リオンちゃん、エルテリアのお偉いさんが来ているそうね」
「ええ、エルテリアも提案を受け入れてくれたそうです。その報告と今後についての話をしたいそうです」
「あら、だったら私も同席させて貰うわね。聴いておいた方が良いでしょう?」
「ええ、お願いします……って、何でここで脱ぎ始めるんですか!」
「だって、軍服ここにあるし」
「何でここにあるんですか!」
「ここで脱いだからに決まっているじゃない」
「……」
部屋に備え付けてあるロッカーから、セシリアさんが軍服を取り出している。
いつの間にかロッカーの半分以上がセシリアさんの服で占められていた。
「リオンちゃん、急ぐんでしょう? 背中のフックが絡まって取れないから取って頂戴」
「あ、はいはい」
慌てて駆け寄り、変に絡みついた服のフックを何とか外した。
「じゃあ、このまま着替えるのを手伝ってー」
「な、何を言っているんですか! 外に出ますから急いで着替えて下さい」
「あら、残念。折角なのに……」
艶やかに振り向くセシリアさんから、逃げる様に部屋を飛び出した。
結局、儀礼服への着替えを廊下で続ける事になってしまった。何でだ……。
複雑な心境で着替えをしていると、突然イーリスの艦内放送が流れ始めた。
『ドロシア軍の艦艇接近中。艦艇数は約二〇〇〇』