第88話 「事実」
「なあ小僧。おめえはいつセントラルコロニー軍のGWと戦ったんだ」
「セントラルコロニー軍と戦ったのは、この前のユーロンコロニー艦隊救出の時が初めてです。それに相手はGDの試作機です」
「それなら、このディーグルの筐体に使っているGWの部品は何処で調達したんだ? 確か撃墜したGWの部品を集めて作ったと言っていたよな」
「はい。住んでいた作業コロニーを襲ったドロシア軍GWの部品です」
「ドロシア? この部品類はドロシアの機体じゃねーぞ」
「えっ……」
小惑星に偽装したイーリスは一路オーディン宙域へと向かっている。
偽装が露見しないように艦外に出る事はできないから、日々のシミュレーションや訓練以外にする事もなく、時間潰しと言う訳ではないけれど、エドワードさんとセシリアさんも操縦した事があるディーグルを改良しようという事になったのだ。
ディーグルは、ベースと言ってはおこがましい程度だけれど、俺が作業コロニーで乗っていたSWを基に、撃墜したGWの部品を集めて作った機体だ。
襲撃時に敵機を撃墜したのはアルテミスだけれど、そのあと初めてシャルーアを操縦して破壊された機体を回収した。
それに、親方や作業コロニーの人達の命を奪った機体だから、その姿は絶対に忘れられない。
作業コロニーを襲ったのは黒やグレーをベースにした機体で、イツラ姫をヤーパンへと送り届ける時に戦ったドロシア軍のGWのカラーリングと同じだった。
だから、これまで作業コロニーを襲ったのはドロシア軍で、ディーグルの筐体はドロシア軍のGWの部品で構成されていると思っていたのだ。
「なあ、お前ら。ディーグルの部品はどこの軍のものだと思う」
「えっ? セントラルコロニー軍の物ですよね」
「うん。セントラル製で間違いないですね」
ヤスツナさんが集まったメカニックの人達に問いかけると、全員の意見が一致した。
ディーグルの筐体の多くを構成しているのは、セントラルコロニー軍のGWの部品だというのだ。
各国のGWは基本となる設計思想は似通っているけれど、それぞれの国で独自の進化を遂げている。
だから、筐体の構成や組み方、部品の設計でどこの軍の機体か判別出来るそうなのだ。
「ちょっと待って。という事は作業コロニーを襲ったのは、セントラルコロニー軍だったという事ですか」
「まあ、そういう事になるだろうなぁ」
「でも、ウルテロンはセントラルコロニー側の同盟国ですよ。何故襲う必要が? しかも、あんな辺境の作業コロニーを」
「極秘裏に襲う理由があったという事かしらね。偽装して同盟国にも知られないようにして」
「もしかして、リオン君が標的か」
振り向くと、セシリアさんとエドワードさんが傍に立っていた。ディーグルの改良には二人の意見も取り入れて、最終的には三国共同で重力下運用の新型GDWを設計しようという話をしていたのだ。
「いえ、俺を狙う必要は無いでしょう。当時はオーディンの騎士見習いですらなかったし、本当に誰も知らないジャンクパーツ回収業の小僧でしたから」
「という事は、別の対象が居たという事かしらね」
「ふーむ。リオンには何か心当たりはあるかい」
アルテミス……辺境の作業コロニーを襲う理由として考えられるとしたら、アルテミスの存在しかない。その答えに辿り着くや否や、ひとりでエウバリースへと向かった。
アルテミスは帰還して直ぐに俺とコクピットで話して以来、またCAAIピットから出て来なくなっていた。
もちろん、シミュレーションの時や話が有る時は通信で会話をしているけれど、あれから姿は見ていない。
「アルテミス聞こえるかい」
『はい』
「実は……」
アルテミスに皆と話した内容を説明した。
話を聞き終わると、アルテミスは酷く落ち込んだ声になっていた。
『リオン……ごめんなさい。あなたの大切な家族を失わせる事態になったのは、やはり私が原因かも知れません』
「でも、アルテミスが引き寄せた訳じゃないんでしょう?」
『ええ、もちろんです。ですが、予見出来なかったかと言われると……』
「予測出来たという事?」
『いいえ。まさかミラルド卿のハルバードとCAAIのマリエッタが、セントラルコロニー軍に鹵獲されるとは全く予想もしていませんでした』
「その事と襲撃に関係があるの」
『はい。イーリス・サテライトシステムの情報が原因かと思います』
「CAAIの活動状況を伝え合う為に、各所に偽装設置されているあの衛星の事だよね」
『そうです。私がリオンの成長を待つために、作業コロニーの近くで長期のスリープ状態に入る事を伝えていたのです。もちろん、活動状況の報告は普通の事なのですが、その情報を持ったマリエッタのメモリーを調べられたとしたら……』
「脅威となる騎士を育てるかも知れない君と、もしかしたら騎士になるかも知れない俺を……」
コクピットの中を沈黙が支配する。まさか、親方やあんちゃん達の命を奪った襲撃が、俺とアルテミスを狙ったものだなんて、今まで思っても居なかったから。
「俺が原因だったなんて……」
『リオン……』
「ねえ、アルテミス」
『はい』
「絶対に負けられないね」
『……』
「もちろん、今までもこの戦争を止める為に全力を注ぐつもりだったよ。でも、それは親方とか無為に命を奪われた人達の悲しみとかを背負って……そうだな、止める為に戦いに参加するといった気持ちが強かった気がする」
『はい』
「でも、俺はそんな戦争の途中から参加した訳じゃなくて、実は最初から真ん中にいたんだね。アルテミスと出会う何年も前からセントラルコロニーは戦争の準備を進めていた。その目標のひとつとして、俺とアルテミスが狙われていたんだね」
『確かにその通りです』
「作業コロニーの皆の命が奪われたのが、俺が原因だというのなら……」
『リオンそれは』
「背負うよ。悲しみとかじゃない。全ての責任を俺は背負う。戦争に巻き込まれた全ての人達の想いを背負って戦うよ」
『リオン……。流石は天位の騎士リオン・フォン・オーディンです。私も全てを賭けて共に歩みます』
親方やあんちゃん達を殺した襲撃の原因が自分だったという事実を知り、悲しみよりも怒りが込み上げて来た。
あの時、何も出来なかった俺。
でも、今はその悪意に立ち向かえる力を持っている。
戦おう。相手にどの様な大義名分が有るのか知らないけれど、向けられる悪意に打ち勝ち、この戦争を終わらせなければ。
親方、あんちゃん、見ていてくれよ……。
「ねえ、アルテミス。それはそうと……体は大丈夫なのかい」
『リオン、前にも言ったはずですよ。貴方と共に宇宙を駆け、オーディン達が残した人類への想いを伝えないといけないのです。それまで私が止まる事はありません。心配無用です』
「うん……分かった」
アルテミスの強い口調での反論に納得して見せたけれど、本当は不安な気持ちでいっぱいだった。
この先、戦い続ける為に必要不可欠なパートナーであるアルテミス。
それだけじゃない。アルテミスの居ない世界は想像したくなかった……。
「ねえ、アルテミス。それはそうと、あの時、俺が偽装したイーリスに辿り着いていなかったら、どうするつもりだったの。作業コロニーまで会いに来たとか?」
ついでという訳ではないけれど、アルテミスに前から気になっていた事を聞いてみた。
『いいえ。貴方がジャンクパーツ回収業の方に引き取られた事は知っていましたから、あの時期イーリスの周辺にデブリを多く放出していたのですよ。デブリ回収に来た誰かが辿り着くだろうと思って』
「なんだよ、その餌を撒くような行動は。酷いなぁ」
『ええ。でも、まさか貴方が最初に辿り着くとは思ってもいませんでしたよ』
「うーん。何でだろうね。不意に引き寄せられたんだ。小惑星の表面に一瞬だけ人工的な形が見えた気がしたんだ。あれは焼却処分されたシャルーアだったんだよね」
『はい。貴方のお父様、ポルセイオス様が乗られていた機体です。そう言えば、お母様のアマリティー様も幾度かコクピットにお座りになられた事があるのですよ』
「二人が呼んでくれたのかなぁ」
『どうでしょう。アンドロイドの私達には分からない事ですが……人の想いというものなのかも知れませんね』
「それって、十五オーディン達が言っていた『人類の可能性』のひとつなのかな」
『ええ。リオンがそう思うのでしたら、そうなのかも知れません。貴方に課されたもうひとつの課題ですね』
「何をどうしたら答えが出るのか分からないけれど、先ずは目の前の戦いをどうして行くかだね」
『ええ。きっとその先に答えがあると思います』
「うん。じゃあ、セシリアさん達に作業コロニー襲撃の顛末を話してくるよ」
『はい』
イーリスは、あとひと月足らずでヤーパンコロニー宙域へと差し掛かる。
ヤーパンとエルテリアの状況を確認しつつ、オーディンへ収集した情報を伝え、戦いの準備をしなければならない。
セントラルコロニー軍との戦いは目前に迫っていた。