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アルテミスの祈り ~ ギャラクシードール戦役 ~  作者: 磨糠 羽丹王
【ギャラクシードール戦役】 消えゆく希望
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第87話 「レディ・アリッサ」

「まさか貴女が同じコロニー出身だとは。巡り合わせの不思議というものだな」


「あんたこそ若くて司令官なんてやっているから、貴族の一員か何処かの偉いさんの子息かと思ったら平民出身なのね。意外だわ」


「それは褒めて貰っているのかな」


「もちろんよ。平民出身で上級士官に成れる人なんていないと思っていたから」


 ヴィチュスラーは、何とも言えない表情をしながらアリッサに頷く。

 ドロシアは王政から共和制へと移行したものの、まだまだ貧富の差は激しく、元貴族達の持つ富と権力は残されたままなのだ。

 その不平等な状況を打破しようと尽力しているのが現国王であり。その子息ルカ王子はその教えを強く受け継いでいる。ドロシアは徐々に変わろうとしていたのだ。


「そういう貴女は、何故オーディンのパイロットに?」


「ドロシア軍への入隊を断られたからよ」


「その様な事が。採用担当の目が節穴だったという事か。嘆かわしい」


「違うわよ。門前払いだったの。一四歳だったから」


「なるほど、入隊資格は一六歳からだな。しかし惜しい事をした。準入隊とか制度の見直しを具申して……」


 ヴィチュスラーは呟いた後で、自分の言葉に苦笑した。本国と自分達の置かれている状況を思い出し、入隊制度の具申に考えを巡らすなど、愚かしいにも程があると思ったのだ。


「では、オーディンへはどの様に」 


「親に売られたのよ」


「なっ……」


「うふふ。まあ、結果的に事実だけど、実際はスカウトされたのよ。コクピットでバーチャル対戦が出来るゲームセンターで勝ちまくっていたら声を掛けられたの」


「ほう。噂には聞いていたが、オーディンの騎士候補はスカウトによるものと言うのは事実なのだな」


「そうよ。あんたも会った事が有るでしょう。CAAI。パートナーが居ない時には、自分の特徴に合ったパイロットを求めて世界を巡っているそうよ」


「で、オーディンは人買いをやっているのか?」


 質問するヴィチュスラーの表情が曇る。幼少期から憧れていたオーディンの騎士が、実は親が子を売る様な事で成り立っていると疑ったのだ。


「まさか! アポロディアスが……あ、私のCAAIね。彼が私を騎士候補として迎えたいと親に説明に来たのよ。そしたら、うちのクソ親父が『娘を幾らで買うんだ?』って」


「ふむ……」


「どんなに説明しても理解してくれなかった。もうひとりの娘も買い取ってくれとか下品な事を言い続けてね。最後はアポロディアスがオーディン硬貨の詰まった袋を差し出して売買成立。私は家族が楽に暮らしていける位のお値段だったのよ」


「それは酷いな」


「両親がオーディン硬貨を嬉しそうに眺める姿が最後。ドロシアには二度と戻らないと心に誓ったわ」


「申し訳ない」


「あら、あなたが謝る事じゃないわ。うちが貧しかったのよ。それに、こうしてオーディンの騎士に成れたわけだし」


 アリッサが笑顔でヴィチュスラーを見つめている。

 パイロットスーツを着ていなければ、普通に綺麗なお嬢さんにしか見えない。一瞬この娘がオーディンの騎士という事が信じられなくなるほどだ。

 口は悪いが、会話をしていると何とも言えない心地良さを感じてしまう。

 ヴィチュスラーはアリッサと会話をしながら、子供の頃を過ごした貧しい平民街を思い出していた。

 その後も和やかな雰囲気で話を続けていたが、入室を求める電子音で会話が中断した。


「失礼します」


 再び現れた下士官が、直立不動の姿勢で敬礼をしている。


「どうした」


「はい。LA殿が当艦へとお越しになられました」


「な、何だと! こちらからお伺いせねばならぬというのに。直ぐにお迎えに伺うので、しばらくお待ち頂け」


「はっ! 承知しました」


 下士官は姿勢を崩さず再び敬礼をして出て行った。


「アリッサ殿。貴女との話が楽しく時間を忘れる程でした。大事な話が途中でしたね。貴女はこれからどうされるのですか」


「ええ、あなたの話でドロシア本国の状況が分かったから、情報収集はこれで切り上げるわ。オーディンへと戻るから、しばらくこの艦隊と同行させて貰うつもり」


「それは良かった。またお話をお聞きしたい」


「分かったわ。また遊びに来るわね! イケメンのお誘いを断る訳には行かないもの」


「お褒めに預かり恐縮です。レディ・アリッサ」


 笑顔のアリッサを見送りながらヴィチュスラーが口元を綻ばせた。言葉に出した後に、彼女も『LA』だという事に気が付いたのだ。

 ヴィチュスラーは、下らない事を考えている自分に苦笑すると、一瞬で表情を引き締めた。


「ルカ王子……」


 ルカ・アレキサンドロス。ドロシアの未来を担う皇子。

 ドロシア本国が陥落したこの厳しい状況の中で、唯一の光ともいえる存在だ。


「お会いするのは出征以来だな……」


 ヴィチュスラーは青い瞳で鏡の中を覗き込みながら、胸を張り表情を更に引き締める。

 きびすを返すと、美しい金髪をなびかせながらルカ王子の元へと急いだ。


 ────


『……兄さん。カークス兄さん……助けて。体が痛い、苦しい……』


 急速回復用のタンクベッドの中で、ブロンドの女性が体をくねらせている。

 苦悶に満ちた表情をしながら腕を抱え込み、全身の痛みに耐えている様子だ。

 直ぐ脇には簡易な仕切りを挟み二台のタンクベッドが並べられ、筋骨隆々の男が二人横たわっている。

 片方の男は険しい表情で眠っているが、もう一方は穏やかな表情をしながら目を見開いていた。

 その周りを白衣の研究者たちが行き来し、モニターに映る数値をカルテに打ち込んでいる。

 カルテに記されている名前は『カークス・バーンスタイン』、『リーザ・バーンスタイン』、『ロイドボイド・ルフト』。

 セントラルコロニー軍のGDパイロットとして頂点に居る三人だ。


「リーザの数値はどうだ」


 ロイドボイドのタンク脇に立つ研究者が、彼の方へとカルテを向ける。

 分刻みの数値が記されており、それをグラフにしたものが見て取れた。


「ふむ。活動時間が伸びた分、回復に掛かる時間も増えているな。訓練中にこの辺りを何とかしないと、大事な時に使い物にならんな」


「はっ! それに関しましては、配合を変え調整して参ります」


「殺すなよ」


「も、もちろんでございます。大佐」


「しっかりと頼むぞ。本番はこれからだ」


「はっ!」


「タンクを開ける。俺はもう十分だ」


 タンクベッドの蓋が開くと、男は体をほぐしながら起き上がる。

 苦しむリーザの姿を仕切り越しに眺めながら着替えに手を掛けた。

 着替えを済ませると、横で同じように苦しげな表情で寝ているカークスを鼻で笑い、部屋の入口で待つ下士官の元へと向かう。


「本国のお偉方は何と言っている」


「はっ! 訓練が済み次第、遅滞なくオーディン方面へと侵攻せよとの事です」


「増援は」


「急ぎ準備中との事ですが、目途は立っておりません」


「お偉い方はお気楽な事だ。機体の機密情報を守る為とはいえ、ミストルテインの生産も改良も全て本国で行うとは……。早くパイロットの負担が少ない機体を生み出して欲しいものだな」


「はい。大佐はお体の方は大丈夫なのですか」


「ああ、心配ない。ひ弱なカークス兄妹と一緒にしないでくれ」


「はっ! 失礼しました」


「構わん。ところで、逃走したドロシア艦艇を追った部隊が負けて戻って来たそうだな」


「はい。どうやらオーディンの騎士と交戦した模様です」


「手強かったという事か……。詳細を知りたい。手配できるか」


「はっ! 直ぐに」


 ロイドボイドは下士官が部屋を出て行くのを見送ると、ゆっくりと廊下へと歩み出し、向いの部屋の扉を開いた。

 そこには数えきれないほどのタンクベッドが並べられ、苦悶の表情を浮かべる兵士たちが横たわっている。

 彼らはセントラルコロニー軍の中から選抜されたエース級のパイロット達だ。


「軟弱な者どもめ」


 彼は鼻で笑い、そのまま部屋を後にした。

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