第86話 「私はアリッサ」
「イーリス、船速をもう少し上げられないか。一日でも早くオーディンに辿り着きたい」
『はい。ですが、これ以上の速度になると、飛来物への対応が難しくなります。万が一船体に甚大な被害が出ると余計に時間が掛かる恐れがありますが、それでもと言われるのでしたら加速致します』
俺達一行はアウグド宙域から一路オーディンへと向かっている。
収集した情報からイーリスとアルテミスが導き出した状況はかなり厳しいものだった。
ドロシアに援軍をなどと思っていたけれど、俺達がオーディンへと到着する頃にはドロシア本国は陥落しているという予測だった。
それどころか、セントラルコロニー軍の侵攻が早ければ、エルテリアかヤーパン領域へと艦隊が到達する可能性すらあるらしい。
「リオン落ち着け。気が急くのは分かるが、慌てて余計に遅れてしまったら、それこそ取り返しが付かなくなるぞ」
「そうよ、リオンちゃん。いずれにしても、私達だけではどうしようもないわよ。今のヤーパンやエルテリアの戦力で、GDを展開してくるセントラルコロニー軍とどう戦うのかを考えて行きましょう」
「オーディンの技術供与で、エルテリアもヤーパンも力を付けているはずだ。他国のように易々とは負けないさ。落ち着け」
「ええ、分かってはいるんです……」
「リオン……落ち着けよ」
「ええ、分かってはいるのですが!」
「ん? どうした」
「だからって、どうして艦橋で宴会をするんですか!」
「お、リオンも飲むか?」
「の、飲みませんよ」
「だって俺達はいま宇宙を漂う小惑星なんだぜ。船外にも出られないし、シミュレーションも訓練も今日は終わったし。だったら就寝まで軽く楽しむ時間だろう」
「いや、だからって艦橋でしなくても」
「だって、リオンちゃんの部屋じゃ駄目だって言うじゃない」
「いや、それは……」
「おおっ! 始まってんな。小僧、倉庫から追加で酒を持って来てくれ!」
「はぁ。はいはい、行って参ります」
差し迫った状況なのは間違いないのだが、既にセントラルコロニーが取り返した宙域を通過するには、イーリスを小惑星に偽装させて通過するしかないのだ。
敵に発見されない様に、艦内に閉じこもる事しか出来ないから、息抜きと言いながら毎日宴会が続いている。
まあ、気晴らしになって助かってはいるけれど……。
「小僧は随分と思い詰めた顔をしてやがるな」
「ええ。俺達が解決策を出してやれれば良いのですが」
「私達はパイロットとして狭い範囲の戦術は考える事が出来るけれど、大艦隊の戦術とか、ましてや国同士の戦略の事なんて……」
「イーリスさんやアルテミスさんの予測はどうなんだ?」
「かなり厳しいわ。勝てる目途は立っていないみたい」
「むしろ目下の防衛戦での勝利ではなくて、その後の事をどうすれば良いのかを考えている様子だ」
「その後?」
「ああ。余程の事がない限り、俺達に勝ち目は無い……」
────
深紅のサルンガがセントラルコロニー軍艦艇のメインブースターを切り裂いて行く。
粒子レーザー拡散チャフが撒かれている宙域では、粒子レーザーでの砲撃が出来ない為に、実弾型の速射砲やミサイルでの応戦になる。
アリッサはその攻撃を掻い潜り、相手の機動力を削ぐ為にブースターへの近接攻撃を続けていた。
一隻一隻を撃沈するほどの被害を与える事が出来れば良いのだが、二〇〇隻を越える艦艇に約五〇機の量産型GDを相手にしている。
オーディンの騎士といえども、一機で相手取るには不可能な戦力差だった。
「さてと。敵艦隊の足止めは出来たと思うけれど、ここからどう脱出するかが問題ね」
サルンガの動きに釣り込まれた相手が危険を察して急回頭する。
アリッサはその隙を逃さず剣を突き入れ仕留めに入るが、横合いから二機のGDの斧が迫り、こちらも素早い回避で攻撃を躱した。
「うーん。相手が多過ぎて撃墜は難しいわね」
『まあ、それでもセントラルコロニー軍のGDのデータを取れている。これだけの数を相手にしているのだ、このデータを持ち帰れたら十分だ。撃墜はあのリオン殿でも無理だろう』
「アポロディアス、そんな慰めは要らないわ。あいつの実力は私が一番分かってる。悔しいけれど、あいつならこんな状況でも……」
『アリッサ、気負うなよ。ただでさえ数が少ないオーディンの騎士なんだ。彼の元に帰参して共に戦う事が出来ないと、この難局は越えられないぞ』
「わかっているわよ。あの馬鹿をぶっ飛ばしてやるまで死んだりしないわよ」
『ふふ、その意気だ』
敵艦の間を素早く抜けながら、可能な限り攻撃を続けるアリッサだが、敵艦隊とGD部隊は徐々に包囲を狭め、サルンガの息の根を止めるべく執拗に追い込んで来る。
しばらくすると、粒子レーザー拡散チャフが散布されていた宙域から抜けだしてしまい、凄まじい艦砲射撃と、それと同等の威力を持つGDからの射撃に晒され始めた。
包囲状態からの十字射撃を受け、躱すだけで精一杯の状況に陥るが、それでも敵の射線上に敵艦を置く位置へと射撃を釣り込み、何とか掻い潜って行く。
『アリッサ、これ以上は厳しいぞ』
「分かっているわよ。でも、抜け道が見つからない……馬鹿リオンはこういう時……」
サルンガがこれまでにない動きを見せ、釣り込んだ一機のGDを後方から捕らえた。
捕らえたのは、ややぎこちない動きからパイロットが騎乗していると確認できた機体だ。
「動くな! 本意ではないけれど、ちょっと盾になって貰うわよ」
コクピットに剣を突きつけた状態で周りを威圧し、包囲の綻びを探しながら機体を移動させる。
ほんの僅かな時間だが、一瞬でも攻撃を止ませる事が出来れば、アリッサの苛烈な攻撃で突破口を開くのは可能だと思えた。
「なっ……」
だが次の瞬間、敵の攻撃が殺到し、捕らえられていたGDを次々に貫いて行く。
刹那の急加速にアリッサの頭が揺れ視界がブレる。アポロディアスの緊急回避が入ったのだ。
突然の出来事にアリッサの視線は泳いだままで、感覚が取り戻せていない。
捕まえていたGDが火球に変わるのが視界に入り、驚きでアリッサの目が見開かれた。
「あいつら何なの! 味方の機体だよ。しかも、パイロットが騎乗している機体だよ。それを躊躇なく……」
『アリッサ、しっかりしろ!』
「は……はい!」
サルンガは容赦なく襲い掛かる粒子レーザーの束を掻い潜り、死地を抜けたかに見えた。だが連動した動きに阻まれ、結局、包囲の中に追い込まれて行く。敵の数が多過ぎるのだ。
『アリッサ!』
「煩いわねぇ。聞こえているわよ! こうなれば何機か道連れにして……」
アリッサが決死の覚悟を行動に移そうとした時だった。サルンガを包囲していた艦隊の一部が火球に包まれたのだ。
「いいタイミングね」
次々と叩き込まれる艦砲射撃の前に、セントラルコロニー軍艦艇の隊形が一気に崩れる。
慌てて回頭し反撃を試みるが、迫りくる艦隊の圧に負け、急速後退をし始めた。
GD隊が敵前に展開し敵艦隊の足止めを狙うが、その頭越しに艦艇への攻撃を受け、たまらず一斉に退却をし始めた。
サルンガを包囲していたGD運用部隊を蹴散らし始めたのは、既に退却したと思われていたドロシア艦隊だった。
一糸乱れぬ隊列を組み、付け入る隙のない全艦突撃。戦いの機を見るのに敏いヴィチュスラーの反転攻勢だった。
手酷く討ち減らされたとは言え、ドロシア軍の艦艇数は二〇〇〇隻を越えている。二〇〇隻を割り込むセントラルコロニー軍に艦隊戦で勝ち目はない。
ドロシア軍は艦艇への猛攻を続け、GD部隊による反撃の機会を完全に抑え込んでいた。
そして、艦艇数が一〇〇隻を切った所で、セントラルコロニー軍は一斉に退却の体勢へと入った。
退却というより逃走と言った方が適当な状態であったが、GD部隊による援護でなんとか追撃を躱し、ドロシア本国方面へと消えて行った。
その間、アリッサの攻撃により三機のGDが戦闘不能に陥ったが、鹵獲前に全機焼却処理が始まり、機体内部の情報を得る事は出来なかった。
ルカ王子の乗艦を追って来たセントラルコロニー軍との遭遇戦は、序盤においてドロシア軍側に大きな被害が発生したが、結果としてヴィチュスラー率いるドロシア艦隊と深紅の騎士アリッサのささやかな勝利となった。
────
ルカ王子の乗艦を保護したドロシア艦艇は、セントラルコロニー軍の小艦隊を退却させたものの、その宙域から転進して、本国からの指示通りエルテリア・ヤーパン領域へと向かっている。
ルカ王子との面談の準備の為に、一旦執務室に戻ったヴィチュスラーであったが、直後に彼の元へいつもの下士官が姿を現した。
「失礼します。赤い機体の騎士殿がお越しになりました」
「ん、騎士が乗艦して来たのか」
「はい、如何いたしましょう」
「艦隊の危機を救って貰った恩義もある。会わぬわけはいくまい。通してくれ」
「はっ! 場所は……こちらで宜しいですか」
「ん? どういう事だ」
「いえ、何でもございません。お連れします」
下士官の男は、背筋を伸ばし敬礼をして部屋から出て行った。
何とも歯切れの悪い話し方が気になったが、直ぐに訪問を知らせる電子音が鳴り、入室の許可を与える。
ドアが開くや否や、茶髪の赤いパイロットスーツを着た娘が踏み込んで来た。
「あら! 噂通りのイケメンじゃん。アポロディアスよりも格好良い男は初めて見たかも」
「なっ……」
「私はアリッサ。オーディンの深紅の騎士よ。あんたがヴィチュスラーね!」
いつも読んで頂きありがとうございます。
物語は新章【ギャラクシードール戦役】に入りました。
出だしの三話は如何だったでしょうか。
これからの展開に期待が持てる内容になっていましたら幸いです。
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これからも『アルテミスの祈り』を宜しくお願いします。
いつもありがとうございます。
磨糠 羽丹王