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アルテミスの祈り ~ ギャラクシードール戦役 ~  作者: 磨糠 羽丹王
【ギャラクシードール戦役】 消えゆく希望
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第85話 「LA」

「味方艦隊の通過まで三〇秒。五分後に敵艦隊と交戦距離に入ります」


「避難してくる艦隊を一旦後方へと通過させよ。艦隊通過後に左翼側より順次微速後退。斜行しつつ敵艦隊を誘い込め」


 艦橋にヴィチュスラーの声が響き渡る。

 セントラルコロニー軍のドロシア本国侵攻の報を受け、ヴィチュスラーの率いる艦隊は本国防衛へと向かっていた。

 だが、ドロシア領域に入るや否や、本国方面から現れた艦隊から救援要請が入って来たのだ。

 敵の工作部隊の可能性が考えられたが、通信文の最後に付けられた二文字を見てヴィチュスラーの顔色が変わる。

 『LA』その二文字を彼に送って来る人物はドロシアにはひとりしか居ない。


「避難してくる味方艦艇に指一本触れさせるな! 各艦全力を持って敵艦隊と対峙せよ!」


 普段は冷静な指示を出すヴィチュスラーだが、声を張り燃える様な眼差しで前方宙域が映し出されるモニターを睨んでいる。

 いつもとは違う艦隊司令官の雰囲気に、艦橋はピリピリとした緊張感に包まれていた。

 



 味方艦艇が後方へと抜けると、ヴィチュスラーの大きな溜息が艦橋に響いた。

 突然の事に艦橋にいる者達が仰ぎ見ると、ヴィチュスラーは安堵したような穏やかな表情で目を瞑っていた。

 彼はしばらくして目を開くと、皆が自分を見ている事に気が付き苦笑した。


「済まない。あの船には私のレディー・アンが乗っているのだ」


 ヴィチュスラーの思わぬ発言に笑いが起こり、ピリ付いていた艦橋が穏やかな雰囲気に包まれる。

 彼の言った『レディー・アン』とは、二〇年以上前にドロシアを席巻したアニメ映画のヒロインの名で、彼女を愛するダメ主人公と寸分違わぬ台詞をヴィチュスラーが真似たのだ。

 そのヴィチュスラーの元へと新たな通信文が届けられ、目を通したヴィチュスラーの表情が再び険くなり、前方宙域を映すモニターを鋭くにらみ始めた。


「撤退戦か……敵の戦力次第だが、上手くなせるか……」


 ヴィチュスラーはこめかみに指を当てながら思案にふけっていたが、長考はせず直ぐに手を降ろした。

 自分に言い聞かせるかのように頷くと、副官に全艦隊への回線を開くよう指示を与え、大きく息を吸い姿勢を正した。


「現時点より本宙域よりの撤退戦を行う。現斜行陣形を維持しながら、敵の運用に合わせ包囲位置を保て。敵への攻撃よりも防衛連動を最優先せよ。全艦艇に告ぐ。この一戦にドロシアの未来が掛かっている」


 ヴィチュスラーが手にしている通信文に再び目を落とす。

 そこには、エルテリア・ヤーパン宙域への撤退指示と、ドロシア本国の状況が記されていた。

 文末には先程の『LA』という二文字ではなく、『ルカ・アレキサンドロス』と記されている。

 彼こそドロシア共和国の皇子ルカ・アレキサンドロスであり、彼を逃す時間を稼ぐために、ドロシアの首都コロニー防衛戦において、最高齢の名誉提督が旗艦に乗艦し、絶望的な戦力差にも拘わらずセントラルコロニー軍を迎え撃ったのだ。


────


 アウグドを離れイーリスへと戻ったが、アルテミスは出迎えてくれなかった。

 エウバリースのCAAIピットに籠ったまま、ディーグルとCAIカードのアルテミスのデータを受信し、イーリス二Ⅱに蓄えられた対GD戦やその他の収集データをイーリスCAIと共に分析を行っているという事だった。

 アルテミス達の分析結果を織り込んだ新たなシミュレーションを早く確認したくて、エウバリースのコクピットで待っていると、急にコクピットが開きアルテミスが飛びこんで来た。


「リオン、お帰りなさい」


「ただいま、アルテミ……」


 返事を言い終える前に、アルテミスから急に強く抱き締められてしまう。柔らかくはないけれど、アルテミスに抱き締められると、とても心地が良い。


「どうしたの?」


「しばらくこのままで良いですか」


「うん……」


「もう二度と留守番は嫌です」


 アルテミスが俺を抱き締める腕に優しく力を込める。

 プラチナグレーの髪が顔に掛かり何だか幸せだ。


「次にこの様な事がある時は、エウバリースを置いてでも付いて行きますので」


「う、うん。分かった」


 この反応は今までに無かった事なので、アンドロイドにも寂しいとか言う感情があるのかと驚いた。けれど、アルテミスならそれぐらいの感情を持っていてもおかしくはないのかも知れない。

 アルテミスが再会を喜んでくれたことは嬉しかった。作業コロニーを旅立って以来、彼女とこれほど長期間離れた事は一度もなかったから……。


 しばらくすると、アルテミスはセシリアさんと話が有ると言ってコクピットを出て行った。

 出て行く間際に振り向いた彼女はとても優しく微笑んでいて、ふと引き込まれるぐらい美しい表情をしていた。


 ────


「くっ……。圧倒的な戦力差だな。この程度の損害で(しの)げている事を感謝するべきか」


「右翼艦隊、予備隊の合流で持ち直しました。GD級一機撃墜」


「GDを一機撃墜する為に艦艇を五〇〇隻も失っては割に合わんな。何とか後方の敵艦隊攻撃の糸口が掴めないものか」


 ルカ王子の乗艦を守りつつ、必死の退却戦を繰り広げているヴィチュスラー艦隊であったが、GDを運用しているセントラルコロニー軍の強力な攻撃の前に、甚大な損害を受け続けていた。

 それでも隊列を維持できているのは、ヴィチュスラーの秀でた手腕と、これまでの戦闘の積み重ねによる兵達の練度の高さゆえだ。


「左翼艦隊持ちません。突破されそうです!」


 オペレーターの声にヴィチュスラーが悔しそうに唇を噛む。


「中央部隊後方から後詰(ごづめ)を回せ。陣形維持を最優先とせよ」


 ヴィチュスラーの指示に艦隊が素早く対処し、決壊しかけた陣形を何とか元の形に押し戻す事に成功した。


「防衛に手いっぱいで敵艦隊への攻撃など出来ぬか……。しかしこのままではジリ貧だな」


 ヴィチュスラーの冴え渡る戦術眼でも、量産型GDの圧倒的な機動力と火力の前には、退却戦を成功させる道筋が見いだせないでいた。

 このままではいずれ壊滅的な損害を受け、ルカ王子の乗艦を守る事さえ危うい。

 ありとあらゆる局面と戦術を頭に描いてはいるが、光明が見いだせないまま一方的に損害だけが増え続けている。

 好転しない戦局が静かにモニターに映し出され、艦橋に重苦しい雰囲気が漂っていた。


「後方より急速接近してくる機体あり」


 突然のオペレーターの報告に、ヴィチュスラーの眉が上がる。


「認識コードは!」


 オペレーターの返事より早く、後方より現れた機体が混戦となっている前方宙域へと踊り込んだ。

 新たな機体の登場にセントラル軍のGDが応戦の構えを見せるが、その機体は攻撃を軽く往なしながら敵陣の奥へ奥へと突き進んで行く。


「認証コードは……オーディンです!」


 ────


「ほらほら! 追い駆けておいで。じゃないと帰る場所が無くなっちゃうわよ!」


 ほむらの如くに赤いGDが、量産型GDの強烈な攻撃を躱しながら宙域を突き抜けて行く。


「本当は全員ぶっ飛ばしてやりたいけれど、先を急ぐので失礼……で良いのよね、アポロディアス」


『ああ、敵艦隊への攻撃が現状では最適解だ。帰る場所が無くなると、補給が出来ないGDなど、ただの金属クズに成り下がるからな』


「なるほど。ほら、見えて来たわよ」


 アリッサの駆る深紅のサルンガから、艦砲射撃級の強烈な粒子レーザーの光が発せられた。

 突然の攻撃で二艦が貫かれ火球に変わると、セントラルコロニー軍の艦艇が一斉に粒子レーザー拡散チャフを宙域に散布し始める。


「これで脅威は半減っと。アポロディアス、近接で行くわよ! あー、ワクワクする」


 攻撃を仕掛けるアリッサの喜びが具現化したかのように、サルンガの両手に持たれた剣がセントラル軍の艦艇を次々と切り裂き致命傷を与えていく。

 それを受け、ドロシア軍艦艇を思うままに蹂躙じゅうりんしていたセントラルコロニー軍のGDが、慌てて自軍艦隊の宙域へと戻り始めた。

 アポロディアスが指摘し、ヴィチュスラーが狙っていた通り、GDやGWは運用できる艦艇が有ってこその戦力なのだ。

 補給やメンテナンスが出来なければ、数時間で使い物にならなくなる。

 深紅の騎士アリッサによる苛烈かれつな攻撃が、敵艦隊とGDをドロシア軍艦艇から徐々に引き剥がし始めていた。

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