第83話 「アウグドの星空」
模擬戦闘を終え回収されたディーグルの前に、ヤスツナを先頭にエドワードとセシリアが並んでいる。
ヤスツナに促され、二人は壊れた脚部を覗き込んでいた。
「これが何だか分かるか?」
「うーん? これはもしかして布か」
「本当だわ。装甲と同じ色をしているけれど布ね。でも、どうしてこんな箇所を布が覆っているのかしら」
三人の前に脚部の根元を覆っていた布が広げられ、鎗で刺された場所に穴が開いているのが確認できる。
「あいつがな、装甲板で覆うと他の部位へのダメージになるからと言って、この箇所を布にしておいて欲しいと言って来たんだ」
「なるほど、最初からこの部分を攻撃させて負けると決めていたんだな」
「まあ、リオンちゃんらしい配慮といった所かしら」
「そんな単純な事じゃねーんだよ。外れた脚を見てみな」
ヤスツナが攻撃されて外れた脚部を指さした。
脱落時に地面と接触して出来た擦り傷は散見されるが、破損した箇所や凹みはなく、外れた脚部は元の形状をそのまま保っている。
「おっと、全く壊れてないな。当たり所が良かったのか」
「多分違うわよ。本体との接続部分を見て」
セシリアが脚部に付いている本体との連結部を指さすと、ヤスツナが説明をしはじめた。
「本来はこの連結部を挟み込んで脱落しない様に固定する。だが、あいつは片方の固定具を外して欲しいと言って来たんだ。破損部位を減らすとかなんとか言いやがって。考えられるか? この脚部はただ挿し込んであっただけだ。内側方向に力が掛かると、簡単に脱落してしまう状態だぞ」
「……という事は、あれだけの動きをしながら、リオンは一度もこちら側の脚に内側方向の力が掛からない様に機体を取りまわしていたという事なのか? 嘘だろ」
「それだけじゃねえ。外れた接続部の頭を見てみな」
二人が接続部品を覗き込むと、円柱形の部品の円の部分、相手の鎗が当たったと思われる面の中心に傷が付いていた。
「これ、もしかして……」
「そうだ。小僧はあの戦闘の中で、挿し込んだだけの脚部が脱落しない様に操縦していただけじゃなくて、相手の攻撃をその一点に当てさせたんだ。部品のど真ん中だぞ。なあ、教えてくれ。本当にこんな芸当が出来るものなのか?」
「いや、俺には無理だ」
「私も無理ね。一〇〇回に一度くらい成功する事は有るかも知れないけれど、重力下で固定されていない脚部の脱落防止と同時になんて……」
「オーディンの騎士……いや、これが天位の騎士の実力なんだな」
「凄いわね……」
────
シャワーを浴びた後、スタッフルームに誰も居ないと思ったら、出場機体の保管場所に皆が集まっていた。
ディーグルの前に陣取り、何やら楽しそうに話をしている。
「こんな所に集まってどうしたの?」
「お、おう、リオン。ちょっとディーグルの破損状況を見ていたんだよ」
「あっ……。そんなに壊れていないと思うけれど、最後本体が乗っちゃったんだよなぁ。ヤスツナさん、大丈夫そうですか?」
「ああ、問題ねぇ。見事なもんだ」
「良かった。あ、それと接続部の摩擦抵抗を若干高めにしてくれてありがとうございます。途中で荷重がヤバかった時が有って、脚部が抜けなくて良かったです」
「あ、ああ。それは良かったな。役に立てたのならメカニック冥利に尽きるってもんよ」
ヤスツナさんに肩を優しく叩かれた。褒めて貰えた様で嬉しい。
ディーグルの傍に行き、接続箇所が破損してない事を確認していたら、セシリアさんが腕に掴まって来た。
「いまね、私は凄いって話していた所なのよ」
「ですね。いくら強力なホバージェットが付いているからといって、GDWで壁を利用してバク転が出来る人なんて、そうそう居ないですよ」
「違うわよ。リオンちゃんの凄さをひと目見た時から見抜いていたって話。ちょっと可愛らしいかもとか思っただけじゃないのよって」
「なんですかそれ」
「良いの、気にしないで。さあ、皆で食事に行きましょうよ! 今夜はリオンの敗北祝いのパーティね!」
「ええぇ、負けても祝うんですか」
「うふふ」
「今日は自分の部屋で寝て下さいね」
「あら、前から言っているけれど、それは無理な話よ」
「……」
────
翌日受け取ったアウグド憲兵隊からの情報は衝撃的だった。
もちろん、多少は予想していたものの、思った以上の戦力規模と侵攻状況だったからだ。
運用されている量産型GDの機体数は二〇〇〇機以上。侵攻を行っている艦隊数は旅団規模の倍で四〇〇〇艦を越えているとのことだった。
そして、既にドロシアの首都コロニー群への攻撃が始まっている可能性が高いとの報告だったのだ。
「量産型GDの機体名が『ミストルテイン』で、CAIが『フロムンド』なんて。古代神話に基づいた完全な挑戦状ね」
憲兵隊からの情報を聞き終えたノーラさんが不機嫌そうに腕を組んでいる。どうしたのだろう。
「うん? 何だそれ。ノーラは古代神話に詳しいのか」
「ええ。学生の頃から人類生誕の星の神話が好きで、色々読み漁っていたから結構知っているのよ」
「なるほど! で、何で挑戦状なんだ?」
「出典は古すぎて不確かだけれど、古代神話の中では『オーディン』とは未来を見通すことが出来る全知全能の偉大な神の名前なのよ。オーディンの騎士が搭乗するGDの名称も神話を元にしているのが散見されるから、多分オーディンを作った人達は古代神話を意識していると思う」
「おお、なるほど」
「それで、そのオーディンの息子の命を奪った武器の名前が『ミストルテイン』。別の神話では王の亡霊を倒し『ミストルテイン』という名剣を得た英雄が『フロムンド』という名前だったと思う」
「つまり……」
「セントラルコロニー軍は、オーディンを亡霊の王と位置付け、息子と言える騎士達を討ち取り勝利すると宣言しているのよ」
「古代神話の物語を倣って、自らを英雄になぞらえ亡霊の王を討つか。気取ったやつらだ」
「けれど、そう言えるほどの戦力規模ですね」
「ああ、確かに。リオンどうする」
「オーディンへと一旦戻りましょう。ヤーパンとエルテリアの防衛状況も踏まえて、二〇〇〇機ものGD部隊への対応に加え、ドロシア共和コロニーへの援軍派遣について話し合いたいと思います。ドロシアへの援軍が間に合えば良いのですが……」
「リオン殿」
それまで黙って報告を聞いていたドロシア軍特殊部隊のグリーンコフ中尉に視線が集まる。一番厳しい状況に陥っているのは、彼が所属するドロシア共和コロニーなのだ。
「我々はアウグドに留まり、諜報活動と反セントラルコロニー連合への支援を続けたいと思います。我がドロシアの戦況によっては、セントラルコロニー軍への後方かく乱も必要になるかも知れませんので、今からドロシアの情報拠点へと移ります」
「分かりました。宜しくお願いします。俺達は明日出国手続きをしてアウグドを出発します。ご武運を」
「皆さまもご壮健で。また会いましょう」
グリーンコフ中尉が率いる特殊部隊員と、ユーロンコロニー軍のメルブロウ中尉とは握手をして別れた。
イーリスⅡの艦橋には、いつものメンバーだけが残っている。
そして、エドワードさんとセシリアさんの目線が絡み合っていた。この雰囲気は……。
「よし! 出発は明日に決まった訳だから。今夜はアウグド最後の晩餐という事で、外でBBQだ!」
「うん、良いわね! 決定!」
「良し! 酒買って来い、酒だ! 小僧、セシリア少尉と一緒にディーグルでひとっ走り買いに行ってくれ!」
「ええぇ、GDWでお酒の買い出しなんて聞いた事ありませんよ」
「こまけー事は気にするな。お前が壊した脚はもう修理済みだ。ホバーでブーンと行って来てくれ!」
「ブーンって……」
どんな状況に陥っても雰囲気を楽しくしてくれる仲間達。
冷やかしながらも、セシリアさんと一緒に買い物に行かせるのは、俺が深刻な顔をしていたからだと思う。
ほんの一時だとしても、重圧を忘れさせようとしてくれる皆に感謝だ……。
────
「不思議だな。星なんていくらでも見ているはずなのに、砂漠で寝そべって見る星の瞬きは格別だな」
「本当……そうですね。最近こんなに穏やかな気持ちで星を見た事なんて無かったから……」
大はしゃぎのBBQの後、殆どの人達が艦内へと戻り、残ったエドワードさん達と焚火を囲みながら星を見ていたのだ。
お酒を飲み過ぎたのか、セシリアさんとノーラさんはいつの間にか横で眠ってしまっていた。
「なあリオン。早く戦争を終わらせたいな」
「ええ」
「俺はな、戦争がしたくてパイロットになった訳じゃないんだ」
「はい」
「子供の頃からオーディンの騎士に憧れて、自分もそんな風になりたいと思っていた。騎士の様に全宇宙の平和を守る事は無理でも、エルテリアの人々の暮らしを守れる人間になりたいと思っていたんだ」
「自分だって同じです。今だって目の前の人達を守りたい一心で、全宇宙の平和を守る事なんて……」
「そんな事はない、お前は本当に頑張っていると思うぞ。それに、俺達はリオンひとりに全宇宙の重みを背負わせるつもりはない。少しでも手伝う事ができればと思っているのさ」
「少しだななんて……俺はいつだって皆に助けられいるんです」
その時、足元の薪が爆ぜて大きな音がした。
「……うーん。エド寒い……」
音で目を覚ましたのだろうか、エドワードさんの横で寝ているノーラさんの声が聞こえた。
昼間は結構な気温になるけれど、砂漠の夜はかなり冷え込む。
お酒を飲んで砂の上で眠ってしまい、体が冷えたのかも知れない。
エドワードさんは上着を脱ぐと、ノーラさんに掛けてあげていた。ノーラさんを見つめる横顔が優しい。
自分の横を見ると、セシリアさんは膝を抱えて眠っていた。彼女も寒いのかも知れない。
俺もエドワードさんを真似て、上着を脱いでそっと掛けてあげた。
焚火の炎に照らされた寝顔を見ていると、不意に瞼が開き、セシリアさんは優しく微笑んでくれた。
「……ありがとう。大好きよ……」
そのまま薪を追加しながら、エドワードさんと色々な話をした。
しばらすると女性陣二人が目を覚まして、火に掛けていたケトルでコーヒーを淹れてくれた。
ぽつりぽつりと話しつつ、四人で焚火を眺めながら静かに過ごした。
アウグドの夜空に広がる満天の星。
その星空の彼方に想いを馳せながら……。
いつも読んで頂きありがとうございます。
この話で『オーディンの騎士』の章が終わり、話は次章へと移って行きます。
迫りくるセントラルコロニー軍の脅威に、オーディンの掲げる理想は崩壊してしまうのか。
リオンとアルテミスと共に行動する仲間たちの選ぶ未来。
そして『アルテミスの祈り』とは……。
次章からも楽しく読んで頂ける様に、執筆を頑張ります!
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その全てが執筆の力になっています。
いつもありがとうございます。
磨糠 羽丹王