第79話 「情報収集の街へ」
イーリスの面談室に集まっていた人々に衝撃が走る。
これからセントラルコロニー軍の侵攻が行われると思われていたユーロンコロニー郡は、既に陥落していたというのだ。
通信を横で聞いていたユーロン軍の士官の顔が青ざめていた。まさかと言った表情だ。
「予測よりも随分と早いな。セントラルコロニー軍のGD運用部隊は、尋常じゃないレベルの戦力と機動力を持っているという事か。リオンどうする」
「今の情報だけでは本当の状況が見えません。ユーロンコロニー領域に潜入して更に情報取集をしたいと思います」
「うん。俺もそれが良いと思う。ユーロン艦隊とはここで別れて、何処かに潜伏しよう」
イーリスの面談室に集まっていたメンバーも皆頷いている。異存はない様だ。
結論が出ると、エドワードさんがモニターに映る指揮官に語り始めた。
「ユーロン艦隊の現指揮官殿にお願いがあるのだが」
『何でしょう。我々に出来る事でしたら』
「こちらに来られている士官の方を、そのままお借りしても宜しいか。ユーロン国内に詳しい者の協力があると助かる」
『承知しました。彼は負傷で帰還し、既に除隊した事にしておきましょう。メルブロウ中尉、しっかりと頼むぞ』
イーリスを訪れていたメルブロウ中尉が緊張した面持ちでモニターに敬礼する。
彼としても、急に国が占領されたとか、除隊した事にして他国の者と同行しろとか予想外の展開なのだろうが、その表情は既に引き締まったものに戻っていた。
「この近辺宙域で、他国の者が疑われずに潜入できる場所と言えば」
「セントラルコロニー軍の占領状態にもよるが。あそこなら……」
「あら、私とリオンちゃんが出会った星じゃない! 一緒に歩くのが楽しみだわぁ」
「おいおい。こんな状況でもデート気分かよ。流石だなぁ」
面談室に集まったメンバーから笑い声が上がる。
緊迫した状況からいきなり和やかな雰囲気になり。ユーロン軍のメルブロウ中尉も緊張が解けた表情になっていた。
どんな状況下でも笑いが絶えないイーリスのメンバー。沈み込みそうになる気持ちをどれだけ救ってくれているだろうか。
俺達は更なる情報収集の為、ユーロンコロニー領域の惑星に潜入する事になった。
その場所とは……模擬戦闘の興業に参加しながら、騎士見習いの訓練をしていたあの街。
ドロシア軍特殊部隊のイツラ姫を狙った襲撃で、いきなり離れる事になった惑星アウグドだ。
でも、今回訪れるメンバーを見て不思議な気持ちになる。
当時はお互いの立場を隠していたセシリアさんにエドワードさん。パーツショップの親父に偽装していたヤスツナ軍曹。さらには、襲撃してきた当本人のドロシア軍特殊部隊のグリーンコフ中尉までもが一緒なのだ。
ユーロンコロニー政府からは自治を認められていたアウグド。
セントラルコロニーの支配下に入り、どういう状況になっているのかは分からない。
けれども、独立心の強いアウグドの人達は容易に膝を屈しないだろうし、各国から入り込んでいた政府関係者や軍事関連の人々が脱出したとも思えない。
密かに潜入して情報収集するには最適の場所だと言える。
────
『貴艦艇の着陸許可を与える。ようこそアウグドへ』
管制官から着陸許可が下りた。今のところ以前と変わった様子はない。
アウグド訪問の目的は模擬戦闘の興業視察という事で申請を行い、特に問題なく許可が下りた。
『なお、当アウグドで利用できる通貨は、セントラル共通通貨のみとなっております。他国の通貨は一切利用出来ませんので、両替所にて換金して下さい』
管制官からの言葉に艦橋に集まったメンバーが顔を見合わせる。
アウグドと言えば、利用できる通貨は独自通貨のアウグドルだったはずだ。それがセントラル共通通貨に変わっている。
ここに来て、セントラルコロニー軍によるユーロンの占領は現実のものだと改めて認識させられたのだ。
久しぶりに乗船した偽装ウォーカードッグ船イーリスⅡ。
イーリスと特殊部隊のステルス艦は、離れた宙域の小惑星帯に待機させ、イーリスⅡでアウグドに潜入するのだ。
イーリスⅡにはエウバリースは大きすぎて乗せられない。
万が一の乗船検査に備える為に、前回の様にシャルーアを格納庫内の隠し扉に待機させる事もしない。持ち込む機体はディーグルのみだ。
潜入メンバーはいつもの二人に、ヤスツナ軍曹の他にメカニックが二名。ドロシア軍特殊部隊からグリーンコフ中尉以下二名に、ユーロン軍のメルブロウ中尉だ。
アルテミスはエウバリースで待機するという事でイーリスに残る事になり、前回の様にCAIカードのアルテミスを持ち歩く事になった。
潜入メンバーでアウグドに初めて降りるのは、オペレーターのノーラさんだけだ。
ノーラさんまで付いて来た理由は聞いていないが、重要な任務があるらしい。
「私は前回の任務時は艦艇に残っていたから。アウグドに一度降りたかったの!」
可愛らしい服に着替えたノーラさんが、モニターに映る景色を見ながら飛び跳ねて喜んでいる。重要な任務とは何だったのだろうか……。
「よし、一緒に街を見て回ろうか」
エドワードさんの提案に、ノーラさんは満面の笑みで答えている。デート気分はそっちの方じゃないかと思ったけれど、敢えて口にはしなかった。というのも、街に情報収集に行くにはカップルで行動した方が疑われ難いらしい。
皆それぞれのカップリングで、綿密な打ち合わせをしている。遊びに行くように見えるが、危険な任務であることは確かなのだ。
しばらくすると、俺の横に当然の様に立っているセシリアさんがエドワードさんを手招きした。
「エドワード。そっちの情報拠点は何処にあるの」
「ああ、パーツ街の五番街にあるジャンクパーツ屋だが」
「うちの情報拠点を訪れない訳には行かないけれど、私は諜報機関にマークされていた可能性があるのよ。その情報をセントラルコロニー軍に接収されていたら、拠点に近づくと危険を招くかも知れない。だから訪問先を入れ替えない?」
「なるほど。お互いに合言葉を知っていれば大丈夫だな。こっちは『古い電装部品が欲しい』だ。そっちは?」
「こっちは四番街の奥に一軒しかないバーよ。情報用の合い言葉は『強い酒と女を三人買いたい』よ」
「おいおい、穏やかじゃないな。本当に大丈夫なのか」
「まあ、そういう事だから、拠点を訪れる時にノーラ伍長は別の場所で待っていてね」
セシリアさんの言葉を聞いて、ノーラさんが少しむくれていた。
俺が初めて来た時のアウグドルへの裏換金の合言葉『ココアと女を買いたい』も酷かったけれど、情報用の合言葉も大概だと思う……。
「ノーラ伍長、そんな顔をしなくても大丈夫よ。ただの合言葉だから。艶やかな偽音声が流れるだけのダミー部屋しか無いし、情報用の時は厳つい男しか出て来ないから」
「ほう。情報用じゃない時は、女性が出て来ると言う事なんだな」
セシリアさんの言葉に機嫌を直しかけたノーラさんの表情が再び曇る。エドワードさんも余計な事を言わなきゃ良いのに……。
「ふふっ。残念だけれど、私の様な良い女は出て来ないわよ。リオンちゃんの時は特別。特にあんな姿はね」
「んんん? リオン君、その辺のお話は今度詳しく教えてもらおうか。そこで出会ったというのは聞いたが、特別な姿の話は聞いてないぞ」
「……い、いや。な、何てことなかったです。はい」
いきなり、とんでもない話に巻き込まれて動揺してしまったが、何とか誤魔化した。
「そうよね。あれぐらいの格好なんて、今となっては何てことないわよねー」
「リオン君!」
「ちょ、ちょっと、セシリアさん!」
三人の会話を聞いていたグリーンコフ中尉が笑い出してしまった。同行して来た特殊部隊の二人の女性下士官も堪え切れない様子で、肩で笑っている。
「リオン殿。貴方がたを見ていると、今も世の中は平和なんじゃないかと思えてきますよ。もちろん違う事は分かってはいますが、オーディンとエルテリアとヤーパンの関係性は羨ましい」
「グリーンコフさん。俺はドロシアの人達とだって、同じようになれると思っています。もちろん他のコロニー群の人とも」
「はい、自分もそうありたいと思います。だからこそ、セントラルコロニーの暴挙を止めなければなりませんね」
「ええ、何としてでも」
「では、模擬戦闘興行の会場に二〇時集合という事で」
「皆さん無理をしないで下さいね。怪しいと感じたら、情報収集を止めて観光に切替えて下さい」
「了解」
ヤスツナさん達メカニックの人達も三人で街の状況を探りに行った。
他のメンバーもカップリングの相手と共にそれぞれが出発して行く。
しばらくの間、情報収集をしながらのアウグド滞在となるが、懐かしいと感じると共に、予想よりも早い動きを見せているセントラルコロニー軍の動向が気になっていた。
「さあ、リオンちゃん! アウグド観光に行くわよー。ホテルのプールに行きたいから、先ずは水着を買いに行きましょうね」
「セシリアさん……」