第77話 「カタパルト出撃」
『前方に艦隊交戦の光源確認』
「イーリスは現宙域にて待機。アジュとクナイ三機で状況確認に行くから、ドロシアステルス艦にそう連絡しておいて」
『了解しました』
「エドワードさん、セシリアさん。シミュレーションでは連携は上手く出来ていましたけれど、セントラル軍GDの能力は未知数です。絶対に無理はしないで下さい」
「ああ、分かっているよ。あくまでもリオンの支援と情報収集に徹するよ」
「リオンちゃんこそ注意してね」
「はい。騎士の俺が最初に撃墜でもされたら、オーディンの信頼を全て失う事になりますから」
「あら、騎士失格なら……私が養ってあげるわよ」
「え、あ……はい」
「おいおい。そういうのは別でやってくれ」
格納庫に続く通路を三人で駆けながら、ふと気が付くとシミュレーション時の位置関係を取っている事に気が付く。
今回の実戦は新たにカスタマイズされたアジュとクナイの初戦。エウバリースもオーディン製ではないGD相手は初戦になる。
慎重に対応しながら情報収集をして、それを持ち帰らないといけないのだ。失敗は許されない。
何よりもGDにGWで挑むことの難しさは、黒騎士のグングニールと戦ったこの三人が一番良く知っている。
相手パイロット次第の所はあるが、GDに対して厳しい状況の二人がこんな風に明るく振舞ってくれる事が有難い。
「戦闘宙域全体が見渡せる位置に一旦移動して、そこで方針を決めましょう」
『了解!』
準備を整えた三機が出撃位置に付く。だが、いつもとは違う出撃位置だ。
『リオンさん。オペレーターのノーラです。出撃準備宜しいですか』
「えっ? あ、はい」
いつものイーリスとは違う女性の声に戸惑ってしまった。
そう言えば、対GD戦に備えて、GDを攻撃出来ない可能性があるイーリスCAIから、攻撃システムの権限を切り離した状態でのオペレーションを行っていたのだ。
『ノーラさん。アルテミスです』
『はい』
『敵からの探知を防ぐために、三機ともカタパルト(射出装置)発進を行います』
『はい。承知しています』
『エウバリースから順にアジュ、クナイと続きます。ブースト開始予定宙域で三機の位置を揃える為に、エウバリースの射出速度は……』
アルテミスの指示に合わせて、ノーラさんの入力音が聞こえて来る。
コクピット内の全球モニターに射出までのカウントダウンが始まった。
普段は機体のブースターを使い艦外へと出るのだが、今回はカタパルトを使っての発進。
初めての経験だが、機体のブーストの熱を探知されない様にして、母艦の位置を隠す為の出撃方法らしい。
出撃の時間が迫ると、射出のタイミングに合わせて機体に冷却剤が噴霧された。
探知され難い様、この宙域を漂う小惑星の表面温度と同じにしているそうだ。
『エウバリース射出二〇秒前。パイロットは射出時のGの負荷に備えて下さい』
「リオン了解です。機体表面温度良し。オールクリア」
『確認完了。オールクリア。射出一〇秒前』
カタパルト射出時のGは、エウバリースのフルブースト時のGに比べると大した事はないが、射出後に何が起こるか分からないので、即時対応が出来る様に身構える。
『射出!』
ノーラさんの声と同時に、格納庫内のエウバリースが一気に加速する。
自分でフットペダルを踏まない加速に、初めてシャルーアに乗った時の事を思い出した。
あの時と同じように格納庫の扉が目前に迫る。
ふと、開閉のタイミングはオペレーターの手動かも知れないと思い一瞬ヒヤリとする。
余計な心配をよそに扉は次々と開き、いつも通り小惑星の表面を模した映像の壁を抜けた。
瞬く星々の中に放り出される感覚を味わいながら、目的宙域に向けて無音の機体が流れて行く。
────
目視では戦闘宙域の光はまだ見えないが、あと数分で目的宙域に辿り着くはずだ。
「アジュとクナイは、ちゃんと追い付いて来てるかな」
身を乗り出して全球モニターの後方を覗くと、射出速度の差で徐々に差を詰めて来ている二機の姿が確認出来た。
『リオン。モニター前方に映しましょうか』
「いや、良いんだ。作業コロニーで乗っていた俺のSWには、そんな機能付いてなくてさ。いつもこうして、親方とかあんちゃん達が付いて来ているか見ていたんだ」
戦闘中はモニター前方にアルテミスの判断で様々な方位の映像がピックアップされる。いちいち身を乗り出して後方を確認する様な緩慢な操縦は許されないから。
あらゆる方位への瞬時の判断はシャルーアで慣れていたつもりでいたが、騎士訓練で更に数段強化された。
全球モニターに映る状況を瞬時に認識し、頭の中にその宙域全体を常に描き続け、その中で機体をどう動かすのかを反射的に判断する。
自分自身が機体そのものであるかの様に、描くイメージを機体とシンクロさせながら……。
『ふふ。懐かしいですね』
「うん。あれから随分と時間が経ったね。少しは操縦が上手になったかな」
『ええ。リオンの操縦技術も随分と成長しましたよ』
「ははは。全てアルテミスのお陰だよ」
『これはこれは……オーディンの天位の騎士様からの有難いお言葉』
「ファースト最高位のAAIアルテミス様の育成ですから」
『うふふ』
久しぶりにアルテミスと普通に会話が出来た気がする。
エルテリア出発からこの方、お互いにシミュレーションと分析の毎日が続き、ゆっくりと話す機会がなかったのだ。
これから、本当の意味での初めてのGD戦なのだが、こうしてアルテミスと会話が出来ると気持ちが落ち着いて来る。
『リオン、ひとつだけ宜しいですか』
「もちろん。何かあるなら言って」
『はい。アジュとクナイはシャルーアに勝るとも劣らないレベルにカスタマイズされています。エドワード准尉とセシリア少尉。二人の能力も然りです』
「うん」
『二人の事を信じて気負わずに戦わないと失礼ですし、逆に危機を招きますよ』
「うっ……」
アルテミスに見抜かれていた。
心配ないと思いながらも、二人がGWでGDに挑む事の危うさが気になってしまい。シミュレーションの時から、密かに二機を守る位置取りになっていたのだ。
二人には気が付かれない、ほんの僅かな機体動作や位置の調整だが、アルテミスには俺の意図を読み取られていたのだ。
『今のリオンであれば、それでも危機を乗り越えて行くでしょう。けれども、これからどの様な事態が起こるか分かりません。その時に仲間を信じて任せないと……』
「そうだね。アルテミスの言う通りだよ。分かってはいるんだ」
『その優しさが貴方の素晴らしさでもあるのですが、一機で出来る事には限界がありますから』
「うん、そうだね……」
────
『ユーロン艦隊が一方的にやられているが、セントラル軍のGDの動きはそれ程でもないな』
「ええ。自分もそう思いました。火力は凄いですが、動きがぎこちないと言うか、無駄が多いと言うか」
『どうするの?』
戦闘宙域に辿り着き、小惑星帯の陰から戦況を確認すると、セントラルコロニー軍艦隊に追いつかれたユーロンコロニー軍艦隊は、やはりGDの火力と機動力の前に苦戦を強いられている。
この戦局に介入してユーロン艦隊を救うと共に、セントラルコロニー軍のGDの能力を調べるという目的もあるのだが、そのGDの動きは予想を遥かに下回っていたのだ。
とはいえ、このままではユーロン艦隊は一方的に殲滅させられてしまう。
そこで、戦局にどの様に介入するのかを三人で話し合っているのだ。
「GDとユーロン艦隊の戦闘宙域に飛び込んで乱戦になるよりも、先ずはセントラル軍の艦艇を叩きましょう。その方がGD部隊をユーロン艦隊から引き剥がせるはずです」
『了解』
「でも、その前にしなければならない事がありますので、二人はここで待っていて下さい」
『ああ、そうだな。わざわざ不利な状況を作ってしまうが仕方がないな』
「ですね」
『リオンちゃん頑張って』
「では、行って来ます」
言い終えると同時に、フットペダルを強く踏み込む。
弾ける様な加速でエウバリースをセントラルコロニー艦隊の後方へと移動させ、目的宙域でフルブーストを掛けて瞬時に機体を停止させた。
その間、僅か数秒しか掛かっていない。セントラルコロニー軍の艦艇には、一筋の白い光が突然現れて、自分達の後方にいきなり静止した様に見えただろう。
エウバリースを即応の体勢で構えさせ、オープン回線をONにした。
「アルテミス」
『はい』
俺の指示と同時に、宙域にアルテミスの声が流れる。
『セントラルコロニー軍の艦艇に告ぐ。即刻戦闘を中止しこの宙域より立ち去られよ。我はオーディンの騎士リオン・フォン・オーディン。戦闘の継続は我とオーディンへの戦争行為と見做す』