第76話 「生きている時間」
セントラルコロニー群の最奥にある政治経済の中心地である惑星ティガーデン。
新たに組閣された閣僚の発表を終えた首相のリーフの元へ一組の男女が訪れていた。
「リーフ首相。首班指名選挙の勝利と新内閣発足おめでとうございます」
「ヘンリー統合参謀本部議長。わざわざの訪問に感謝します」
「こちらこそ。新内閣発足後、最初の面談者として訪問出来る事。嬉しい限りでございます」
「それほど重要な軍事作戦の進行中ですから当然です。マデリン国防長官、進捗の報告を」
「はい」
国防長官に再任されたマデリンが、執務室の大型モニターにカードを差し込む。
半透明の画面に全ての経済コロニー郡が描かれた宇宙図が浮かび上がった。
「作戦の詳細につきましてはヘンリー議長にお願いします。ですが、その前に国防長官の私としましては、ここ数年の異常な軍事費の支出と敗戦続きの作戦行動に、国防の見地から非常に懸念を致しております」
「これは手厳しいお言葉。ですが、その全てが今次作戦の一端でありますし、リーフ首相の目指される『今一度世界をひとつに』という理念を叶える為の作戦行動でございますが?」
「当然です! 軍は私達の指示に従い行動するもの。私が指摘しているのは、湯水のように軍事費を垂れ流す事について、国家として……」
「国防長官。そう頭ごなしに責めなくても良いではないですか。議長の話を最後まで聴きましょう」
「はい。失礼しました」
二人が事前に寝物語で決めて来た台詞を首相の前でぶつけ合う。
軍部は決して政治に口を出してはならない。常に政府のコントロール下に置かれねばならず、軍部の意向が政治を動かしてはならないのだ。
ましてや、そこに癒着や軍からの圧力があってはならない。
にも拘わらず、国防を預かる大臣と軍部の最高権力者であるこの二人は癒着以上の関係にある。
それ故に首相の前で白々しくパフォーマンスを演じてみせているのだ。
「現在、我が軍は二方面への攻撃を行っております。一方は敵DRE連合の主力が押し込んでいる中央方面。もう一方はウルテロンコロニー宙域の外縁部を抜け、敵ユーロンコロニー領域への奇襲作戦を敢行中です」
「議長。中央方面では、これまで敗戦が続いていると聞いている。大丈夫なのですか?」
「中央方面への攻勢はユーロンコロニー攻略部隊の囮に過ぎません。敵を宙域に留まらせ、釘付けに出来れば作戦は成功と言えます。我が軍の精鋭部隊はユーロンコロニー攻略部隊ですので」
「ふむ。では、余計に中央方面の部隊が心配なのだが……。そこをこれまでの様に突破されれば、我が国は窮地に立たされるのではないのですか」
「それについては心配ございません。精鋭部隊を編成する際に試作された最新兵器を持たせておりますので、負けるどころか、敵部隊を殲滅してしまう可能性すら御座います」
「新兵器には、それ程の力があると?」
「はい。今次『ミストルテイン作戦』の準備の為に、愚かなドロシア軍共に苦杯をなめさせられましたが、我が軍に敵する者共を一掃できるだけの戦力を整えましたので」
「その準備に掛かった費用が、マデリン国防長官の言う軍事費の大支出の事ですか」
「恐縮です。ですが、お陰様で試験的に運用した部隊の活躍により、占領されたパナフィックコロニー領域を解放出来ましたし、駐留していた敵部隊は跡形もなく……」
「それ程までに強力な兵器とは、いったい……」
「はい。他言無きようお願いします。我が軍は、オーディンの騎士共が運用しているGW……実際はGDと呼ぶそうですが。それと同等、いやそれ以上に強力なGDの開発と量産化に成功したのです。その機体名こそ『ミストルテイン』でございます」
「なるほど。それで『ミストルテイン作戦』なのですね」
「如何にも……」
────
「リオン殿。状況確認に戻った部隊より報告が入りました」
「グリーンコフ中尉。ドロシアの中央方面隊とセントラルコロニー軍が衝突したと言うのは……」
「はい、間違いありません。それどころか、我が軍はかなりの痛手を負い、徐々に後退しているそうです」
ヤーパン回廊付近へと艦隊を移動させたヴィチュスラー大佐との対談は、非常にスムーズに進んだ。
と言うのも、黒騎士ディバス卿の報告と併せ、ヴィチュスラー隊の調査でも、パナフィックコロニー宙域を占領し駐留していたドロシア軍部隊が全滅していた事が確認されていたからだ。
オーディンの予測とヴィチュスラー大佐の判断で、ドロシア艦隊は本国防衛の為にドロシア共和コロニー宙域へと戻る事になった。
その際、ユーロンコロニー群へと調査に向かう俺達に、潜行任務が得意な特殊部隊のステルス駆逐艦を同行させてくれたのだ。
その部隊長が、恒星宙域での衝突事故でステルス巡洋艦から救い出したグリーンコフ中尉だったのだ。面識がある方が連携を取りやすいだろうとの配慮らしい。
そして、万国共通航路を利用しユーロンコロニー方面へと向かう途中で、DRE連合の中央方面隊と接触し、ヴィチュスラー大佐からの書簡を渡したところだったのだ。
ところが、一旦万国共通航路を外れ、潜入に利用する航路を話し合っている最中に、自国方面へと敗走する中央方面隊に所属していたユーロンコロニー軍の艦艇に追い抜かれたのだ。
そこで、中央方面隊の状況を調べに、グリーンコフ部隊のステルス型小型艦艇が調査に戻り、今しがた帰還して来たと言う訳だ。
「敵部隊に巨大なGWを数機確認出来たそうです。恐らく敵のGDでは無いかと」
「敵のGD部隊は、ユーロンコロニー方面に侵攻すると予測されていたが、中央方面にも配備されているのか……」
横で報告を聞いていたエドワードさんが腕を組み思案を巡らせている。セシリアさんも神妙な面持ちだ。
「中央方面宙域を突破されているとしたら、調査後に戻る航路が難しいわね。その時にセントラルコロニー軍がどこまで押し込んで来ているかが問題ね」
「ええ。ですが、敵の戦力規模とGDの性能を確認しないと、対策の打ちようもないですし。ここは前に進みましょう」
「ええ。リオンがそう言うのなら、私達はそれに従うわよ」
「もちろんだ」
「我が部隊もお供致します」
「ありがとうございます」
こうして、これからの方向性を決めた直後に、イーリスの艦内放送が響いた。
『敵艦艇と思われる部隊が万国共通航路を通過中。こちらは発見されていない模様』
「イーリス、敵艦艇の規模と速度は」
『約一〇〇隻の中隊規模です。追跡中と思われるユーロンコロニー艦隊への接触は五日後が想定されます』
「追撃部隊か。どうする」
エドワードさんが『結論は分かっている』という表情をしながら問いかけて来た。
「もちろん、見殺しには出来ません。こちらも追撃します」
「そうよね。リオンちゃんは、そうでなくちゃ」
「よし! そうと決まれば、五日後に備えて今日は宴会だな」
「エドワードさんは、いつもじゃないですか」
「うん? 何の事だ。異文化交流の事を言っているのかい」
「上手い言い回しを考えましたね……」
「本当の事だ。俺は今まで酒を酌み交わした事がない、ドロシアの皆様との交流を深めているだけだぞ」
グリーンコフ中尉のステルス艦と行動を共にし始めてから、エドワードさんは日を開けずにあちらの艦にお邪魔しているのだ。あちらの女性乗組員に大変な人気らしい。
無人運航のイーリスとは違い、通常の艦艇は多くの乗組員によって運航されている。そして、軍隊は三交代制で勤務をしているので、休憩の時間帯は皆自由なのだ。
「今日はリオンも来るか?」
「リオンちゃんは参加しないわよ!」
「おお、怖っ。そうだよな、リオンはセシリア姫と一緒が楽しいよな」
「そうよ!」
エドワードさんが肩を竦めながら、グリーンコフさんと共に去って行った。
二人を見送ると。仁王立ちしているセシリアさんが振り向き、微笑みながら俺の顔をまじまじと覗き込んで来る。
「そうよね?」
可愛らしく首を傾げるセシリアさん。反論する気など起こらない。
「は、はい。もちろんです」
「今日はね、シチューを作ったのよ。一緒に食べましょう」
「ええ、喜んで。でも、その前にアルテミスにこれからの事を話してきますね」
エルテリアを旅立ってから、アルテミスはエウバリースから殆ど降りて来ない。
心配で話し掛けると、これからに備えて膨大なシミュレーションを行っているから気にしないで大丈夫だと返してくる。
お陰でアジュとクナイを繋いだ連携シミュレーションは、かなり高度な領域に達している。シミュレーション上では、アジュとクナイでGDを撃墜できるレベルになっていた。
それが証明されるのは、セントラルコロニー軍との接触時になるのかも知れないが、正直なところ不安を拭い去ることが出来ない。
一緒に居る全員が、この先無事に生き残って行けるのか分からない状況が始まる。
だからこそ、皆は生きている時間を大切にし、日々を楽しんでいるのだ……。
読んで頂きありがとうございます。
『アルテミスの祈り』小話
話に出て来るセントラルコロニー群の首都である惑星『ティガーデン』。
この名称の由来は『ティーガーデン星』という二〇〇三年に発見された恒星で、太陽からおよそ一二.五光年の距離にある星だそうです。
この恒星系に『ティーガーデンb』という地球と良く似た環境の惑星があり、水が液体で存在する可能性があるらしいのです。
「アルテミスの祈り」の舞台は、その様に宇宙のどこかに存在するかもしれない恒星系のお話なのです。
参考:ウィキペディアサイト様、ギガジンサイト様