第72話 「エルテリアへ」
「我がエルテリアへようこそ。あの惑星がいつも話していたディオティネスだ」
イーリスのモニターに青白く輝く惑星が映し出されている。エドワードさんから幾度も聞かされていた氷の惑星だ。
「綺麗な星ですね」
「ああ。エルテリアの命だ。あの惑星が有るからエルテリアも存在すると言っても過言じゃないだろうな」
自分もイーリスから教えて貰った程度だけれど、エルテリアコロニー経済群の成り立ちは知っている。
オーディンが密かに建国され、セントラルコロニー軍に対抗出来るほどの力を蓄えた頃。セントラル政府に反感を持っていた者達が流れ着いて、オーディンの協力を得ながらコロニーを建設したのが今のヤーパン。
それからしばらくして、とある民族の人達が惑星開発を始め、その二か国の協力の下に建国されたのがエルテリアだ。
その中心となるのが、目の前にある氷の惑星ディオティネスの周辺に形成されたコロニー群なのだ。
「ディオティネスに埋蔵されている水の量は、全世界のコロニー群が保持している量の数倍といわれている。エルテリアは水の貿易で潤って来たとも言えるな」
「あの星に人は住んでいるのですか」
「いや、寒過ぎて居住には適していない。住んでいるとしたら、女神ディオティネスぐらいかな」
エドワードさんが胸に手を当てて頭を下げた。
エルテリアの人々は、恵みをもたらしてくれる惑星ディオティネスを女神として信仰している。
エドワードさんが酔って良く話してくれたのが、エルテリアのディオティネス信仰についてだった。
女神の恩寵を受ける為に軍艦などの名称には女性名を付け、形式上女神に仕える形になる国政に関わる官職や組織名は、女神の機嫌を損ねない様にと全て男性名を使うそうだ。
エドワードさんが所属しているエリートパイロットの部隊名は、女性も所属するにも拘わらず『バロン(男爵)隊』なのはそういう背景があるのだ。
それに、エルテリアには女神と共に、女性を敬愛する伝統が根付いていて、国の要職の七割を女性が占め、人口比率もそれに近いと言っていた。
イーリスでのエドワードさんの口癖が「リオン、エルテリアはモテるぞ。いつか遊びに来い」で、横でその話を聞いているセシリアさんの返答が「その時は、私が一緒じゃないと一歩も外を歩かせないわ」だったのだ。
その事を思い出して笑っていると、セシリアさんに腕を強く掴まれた。耳元に顔を寄せて、有無を言わせない雰囲気で呟かれる。
「……前から言っているけれど。エルテリアで私を伴わない外出はさせないわよ……」
「は、はい……」
俺の異変を察したエドワードさんが苦笑いしながら、セシリアさんとは反対側の耳元に顔を寄せて来る。
「……大丈夫だリオン。オーディンの騎士様だと知れたら、君の部屋の前に列が出来るぞ……」
「えっ?」
「エドワード、聞こえているわよ。リオンの部屋の前に、臨戦態勢の『クナイ』で立ち塞がって、粒子レーザー銃を構えておこうかしら」
「君はヤーパンとエルテリアを戦争状態にするつもりか」
「私は構わないわよ。リオンにちょっかいを出す女がいるのなら、例え女神様でも」
「おいおい、穏やかじゃないな」
「リオンに変な事を勧めるエドワードが悪いんでしょ!」
俺の顔越しに、エドワードさんとセシリアさんが言い合いを始める。取り敢えず、無心でモニターを見つめる事にした。
この手のふざけた会話はいつもの事だが、今日は二人ともお酒は入っていない。
セシリアさんの爪が食い込む腕が痛い……。
────
セシリアさんの『クナイ』とエドワードさんの『アジュ』は、俺が騎士訓練をしている間に、シャルーアに迫る性能と二人に合った特徴にカスタマイズされていた。
アルテミスも言っていたが、オーディンが直接他国のGWをカスタマイズするのは異例の事だそうだ。
他にも技術提供を受けたヤスツナ軍曹は、直ぐにヤーパンへと戻り、ヤーパン国軍の強化に当たっているらしい。それに、エドワードさんと共にオーディンから帰国するメカニック達も、エルテリア軍に強化をもたらす技術を携えている。
AIの十五オーディン達が予測している事態は、秘匿されて来たオーディンの技術を他国に提供しないといけないほど深刻で、ヤーパンとエルテリアの軍事力の強化が急務となっているのが現実なのだ。
「おう、小僧! 上手いこと騎士になれたそうじゃねーか!」
エルテリアの首都コロニーにある軍港に降り立つと、豪快な声と共に背中を叩かれた。
「ヤスツナ軍曹!」
「小僧、元気だったか! ちょっと見ねー間に、たくましくなったな」
久しぶりのヤスツナさんは、俺の体格を確かめるかの様に、両手で体をバンバン叩きながら、最後は思い切り頭を撫でてくれた。なんだか親方に褒められたみたいで嬉しい。
「ありがとうございます。あれ、でもヤスツナ軍曹がなんでエルテリアに?」
「おう。ヤーパンへの技術供与は完了したからな。こちらが一足先に帰国して、問題点や改良点の情報を取れているから、エルテリア軍への情報提供の為にやって来たのさ。帰国時に高速艦艇を用意してくれたオーディンとの約束だ」
「そうですか。上手く行ったのですね」
「ああ、お陰でヤーパンの軍事力はかなり上がっているぞ。次はエルテリアだ。やべー事が迫っているんだろう?」
「ええ、かなり深刻な事態が……」
ヤスツナさんの質問に答えながら、突き付けられている現実に思わず暗い顔をしてしまう。
「そんな顔するなって! 大丈夫だ。どんな困難だって、俺らが一緒に立ち向かってやるさ。ひとりで抱え込むなや」
「はい。ありがとうございます」
暖かい言葉に胸が熱くなる。
──そう、俺は独りじゃない。こうして、沢山の頼もしい仲間がいるのだ。白の騎士には成れたが『白の騎士はオーディンを統べて皆を導く』とか、まだまだ何も見えていない。けれども、皆と歩むうちにきっと……。
「それからな。オーディンに同行した連中は、これからも全員お前のイーリスに乗り込むぜ。アジュとクナイの整備も有るしな!」
「そうなんですか! 嬉しいです。でも、軍の方は大丈夫なんですか」
「ああ。ダメなら全員退官するって伝えたら、二つ返事でOKだったよ。まあ、三国の連携を象徴する意味もあるだろうしな」
「なるほど」
「これから、ちょっとエルテリア軍務省に顔を出さないといけないが、その後でカスタマイズされたアジュとクナイ。それとお前の新しい機体も見せてくれ」
「はい、宜しくお願いします」
────
「アジュとクナイも凄いが、まだ整備や強化の見当が付く。だが、この機体は……」
イーリスの格納庫に来たヤスツナさんが、白く輝くエウバリースの機体表面を撫でながら首を傾げている。
「一体この機体は何で出来ているんだ。この輝きはただの表面加工か? いや、違うな……まさかオレリル鋼か……。しかし、あの希少金属をこの機体を作る程の量を集めるとか不可能だろう。いや、オーディンなら有り得るか……」
「どうかしたのですか?」
「いや、こっちの話だ。このエウバリースとか言う機体の余りの凄さに驚いているだけだ。GDと言ったか? この機体の全体の機構から設計思想まで、シャルーアを大型化しただけのものじゃねえ。背中に付いている不死鳥の尾っぽみたいなウィップソードひとつにしても、構造が分かっていても普通は運用できるような代物じゃねえな」
一緒に確認をしているメカニックの人達も、呆れたように見入っている。やはり、エウバリースは桁違いの性能と構造を持つ機体の様だ。
「本当に美しい機体だわ……。まあ、クナイも私も綺麗だけれどね」
ビシッとしたえんじ色の軍服に着替えたセシリアさんが、格納庫に出て来て白亜の機体を見上げていた。これから行われるエルテリアの式典に一緒に出席するのだ。
セシリアさんはそのまま近づいて来て、俺の顔を覗き込みながら微笑んでいた。
ところが、艦内から出て来た人を見て、直後に深い溜息をついた。どうしたのだろう。
「はぁ……彼女には勝てないかも。やっぱり最大のライバルかしら」
セシリアさんの言葉に促され、彼女が見つめる先に視線を移した。
「リオン。ドロシア軍はヤーパン領域外まで撤退しました。三国でこれからの事をしっかりと話し合わなければなりません。それも貴方が中心となって」
竪琴の様な美しい声が聞こえ、いつもとは違う衣装を身に纏った女性がそこに立っていた。
彼女は美しい刺繍やレースで飾られた真っ白のドレスを着ていて、その女神の様に美しい姿に、その場に居た全員が息を飲む。
「アルテミス……」