第71話 「世界をひとつに」
「その話は、にわかには信じがたいな。停戦の件は受け入れるが、そちらとの協調体制については、こちらも情報収集したのちに、本国と協議した上での返答という事で宜しいか」
ドロシア軍人として、初めてエルテリア艦隊の旗艦アデレイドに乗艦したのは、金髪に青い瞳の若き士官ヴィチュスラーであった。
応対するエルテリアの司令官と比べると、父と子ほど歳の開きがある。
エルテリアの者達は、彼の余りの若さに、方面軍司令官ではなく使いの士官が来たのかと疑った程であった。
だが、その疑いも僅かな時間で解消された。彼の言動は司令官に相応しいものであったからだ。
「私自身も方面軍司令官という任にあるが、士官として大した階級ではない。自分では未だ若輩者と承知しているが、君があの白い機体のパイロットで、オーディンの騎士というのは本当の事なのか?」
「はい。オーディンの騎士で有る事に偽りはありません」
「そうか。私も縁あってオーディンの黒騎士と共に過ごす時期があったが、それなりの年齢の者であった。その頂点に有ると言う騎士殿の余りの若さに、驚きを禁じ得なくてな」
「リオン殿はオーディン最高位の騎士殿です。実力はご覧になられたでしょう」
「ああ。僅かな時間であったが、黒騎士に勝るとも劣らない凄まじい戦い方だった。挑んだ者達の命を奪わずに治めてくれた事に感謝をしている。戦争をしているとは言え、ひとりでも多くの将兵を無事に国に帰すのが、私の使命だからな」
「我々も同感ですな。無益な戦争は避けたい」
「今回の紛争については、私自身も下手を打ったのではないかと思う所がある。だが、エルテリア軍の強さを確認する事が出来た。何も手を打たずに背後を見せて良い相手ではない」
「誉め言葉として受け取らせて頂きましょう。ですが、そもそも我々は『中立を保つ』というオーディンの方針に歩調を合わせている。背後から戦争を仕掛ける様な事は有り得ない」
「その確たる保証を取りに来たのだが……。まあ、この話を蒸し返しても水掛け論だな。重要なのはこれから先の事だ」
ヴィチュスラーは、こめかみに指を当てながら親指にあごを乗せて思案をし始めた。
彼に仕える者であれば、いつものヴィチュポーズである事が分かるが、この艦艇内には誰も居ない。
だが、彼の美形の容姿と相まって、同席している者達は惹き付けられるかの様に彼に見入っていた。
そんな中、リオンがヴィチュスラーの前に歩み出た。
「ヴィスチュラーさん」
「騎士殿、何か?」
「ドロシアは何故戦争を始めたのですか」
リオンの質問に、ヴィチュスラーの目が驚いた様に見開かれる。
「唐突に大きな事を聞いて来るのだな」
「ドロシアはセントラルコロニーに取って変わるつもりなのですか」
「ふむ。それは、我々が勝ち続けて彼らを打ち負かした時に、我々が彼らの様な振舞いをするという意味かな」
「ええ、何が目的なのかを知りたいのです」
「ふむ。騎士殿が歴史を知らないとは思えないが……」
「資源や水の権益に関する諍いの事は最近学んだつもりではいますが、現在は自治独立の状態で平和だったはずです。それなのに何故戦争を仕掛け、大勢を巻き込まなければならなかったのですか」
「騎士殿の言う平和な状態は、どういう状況の事を言っておられるのか。常に武力を背景に圧力をかけられ、国民の暮らしを脅かされる状態を平和と思えと?」
「暮らしが脅かされる状態? それは、どういう事ですか」
「騎士殿は各国の政治や生活について詳しくご存じか?」
「いえ、辺境の作業コロニーで育ち、そこを出てからはオーディンの騎士となる訓練を続けてきましたから、余り多くの事を見知ったりはしていません」
「ふむ。我々は長年に渡るセントラルコロニー政府との不平等な関係を断ち切りたいだけだ。自国民、ひいては他のコロニー経済群の平和な生活の為にな」
「平和の為に戦争をしなければならないと?」
「その通りだ。奴らは、自らの利益の為に行った各コロニー群の開発費用と称して、我々に巨額の債務履行を迫り、それが出来なければ我々の生命線とも言える物事にその代償を求めて来る。例えば水資源惑星の権利譲渡や首都近辺へのセントラルコロニー軍の常駐化などをね。我々に隷属しろと迫ってくるのだよ」
「つまり、真の自由を勝ち取る為の戦争だと?」
「ああ、その通りだ。奴らは我々の喉元に刃を突きつけながら『隷属か死か選べ』と言ってくる。執拗にね。その状況を打開しない限り、各経済コロニー群が真に平和な生活を手に入れる事は出来ない。我々が戦争を起こした目的はその一点だ……」
────
セントラルコロニー群の最奥にある惑星ティガーデン。
この惑星こそ、セントラルコロニーの政治経済の中心であり、その都市部に軍の総司令部も置かれている。
その最高司令官である男が、不必要なほど大きなデスクに豪華な椅子を並べ巨大なモニターを見つめていた。
それなりの年齢ではあるが、軍人らしい立派な体躯の男だ。
その容姿や言動は軍部のトップとして君臨出来るだけの資質を備えており、現に多くのセントラル軍人からは畏敬の念を抱かれている。
「ヘンリー議長。間もなくリーフ首相の演説が始まります」
「ふむ。素晴らしい演説を聞かせて貰おう。それはそうと、マデリン国防長官はまだか」
「はっ! 間もなくご到着かと」
統合参謀本部議長付の下士官が報告を終える前に、扉を開ける音と共にグリーンのスーツを身に纏った妙齢の女性が入室して来た。
「失礼します。ヘンリー統合参謀本部議長。遅くなりました」
「おお、マデリン長官。こちらにどうぞ。お前たちは下がって良い」
女性が軽く頭を下げ入室すると。在室していた者達が入れ替わりに部屋を後にした。
他の者達の退室を確認し、マデリン長官は促されるまま議長の横に置かれた席へと身を運ぶ。
国防長官を拝命する程の年齢ではあるが、胸元が大きく開いたスーツに包まれた肢体は、若い頃とさほど変わらない均衡を保っている。
そのマデリン長官が会釈をして席へ座ろうとすると、ヘンリー議長が手を伸ばし彼女の臀部を撫でた。
彼女はその行為に驚きもせず、艶やかに一瞥しただけで席に着く。
「公務室でそのような……失脚なさりたいのですか」
「ふふ。その時はマデリン女史の寝乱れた姿が、マスコミを賑わすだろうがな」
「あら、議長のあられもないお姿も流出しますわよ」
「ふっ」
「ふふふ」
二人は意味深な笑顔を交わすと、巨大な会場が映るモニターへと視線を向けた。
そこには会場に詰め掛けた群衆と、セントラルコロニー政府の現首相である男が演台に上がる姿が映し出されていた。
スマートでスタイリッシュな紺のスーツに、爽やかなブルーのネクタイが良く映えている。
男は甘く精悍なマスクに、自信に満ち溢れた笑みを湛えながら会場を見渡していた。
「若く魅力的な指導者は、いつの時代も重宝されるな」
「本当。良い男……」
マデリン長官の呟きに、ヘンリー議長が目線をやり微妙な表情をするが、直ぐにモニターに視線を戻した。
男が大写しになり、会場全体が湧き上がる歓声と拍手に包まれる。数分間その状態が続いていたが、男が手を上げ歓声を抑える様に横に振ると、会場内が徐々に静寂に包まれて行った。
そして、会場全体を見渡す男の笑顔と共に、張りの有る強い声で演説が始まった。
『親愛なるセントラルコロニーの皆さん! 首相のリーフです。今日は次期首班指名選挙への再出馬と、重要な政策を表明したくこの場所に立ちました』
会場に割れんばかりの歓声と拍手が再び湧き起こる。
「始まったな」
「拝聴致しましょう」
マデリンとヘンリーは一瞬目線を合わせると、口の端を吊り上げ笑みを見せた。
『……『我らが世界の中心』。やもすると間違った解釈で捉えられているこの言葉は、我々セントラルコロニー政府発足の際に、時の統一政府の首班であったクリーブランド氏がされた演説の一節であります』
滔々と語り掛けるリーフの言葉に、会場のみならず、家庭や街角で放送を観ているセントラルコロニーの者達も固唾を飲んで聞き入っている。
彼の容姿と声には、それだけの魅力と人々を惹き付ける何かが有るのだ。
『この言葉に続く一節こそが、我々セントラルコロニーが成し得なければならない重要な事なのです! 『我らが世界の中心となり、不断の努力を続け、共に歩む全人類を幸せに導かねばならない』彼はそう述べたのです! ですが、今の世界はどうでしょう……彼の掲げた理想は成し得られているでしょうか!』
会場に指笛とブーイングがうねる様に広がって行く。会場に集まった民衆は彼の熱烈な支持者であると同時に、セントラルコロニーの有権者でもある。
セントラルコロニー政府からの温情を足蹴にし続ける他のコロニー経済群。世界の現状を良しとしている者は皆無と言っても過言ではなかった。
『……人類が宇宙へと希望を向けた時、人類はひとつになったはずでした。しかし宇宙への移住が叶うと、人種が、宗教が、文化が違うと言い立て、新たな居住地を求め別れる道を選ぶ者達が現れたのです……』
『……我々セントラルコロニー政府は、それでも新たな居住地の開発や生活の安定のために多くの労力を払い、そこに住む人々の為に巨額の投資を行いました。そして、その原資は……全てセントラルコロニーの有権者の皆さんの血税で賄われたのです!』
「良いぞ小僧。その意気だ」
「さあ、仕上げの演説をぶち上げて頂戴」
参謀本部議長室で首相の演説を聞いている二人の男女が愉快そうに見つめ合う。
「マデリン。言葉が汚いとお里が知れるぞ」
「あら、あなたに言われたくはないわ。一族で代々受け継がれてきた議長席に座っただけの男に……」
「ふっ。今日は手厳しいな。いつもの優しさは何処に行った」
「私は職場にプライベートは持ち込まないの……なんてね。長官の椅子に座っていられるのも、あなたのお陰ってことは重々理解しているわよ。私の旦那様と共にね」
「悪い夫だな。出世の為に妻を犠牲にするなど」
「あら、犠牲だなんて。色々と楽しませて貰っているわよ」
二人は目を合わせ艶っぽい笑みを交わすと、再びモニターへと視線を戻した。
『……あまつさえ、彼らは返済を滞らせるのみならず、戦争を仕掛けてくる始末! 我々は戦争など望んではいない! なれば、我々セントラルコロニーが進むべき道は、その根源である腐った指導者たちを排除し、全てのコロニー群の人々と共に手を携え、平和で幸せな世界を作る事ではないでしょうか! 今一度世界をひとつに!』
演説会場が歓喜の声に包まれる。
『我々セントラルコロニーの民が世界の中心となり、今一度世界をひとつに!』
『世界をひとつに!』
会場の人々の合唱と共に、壇上のリーフが腕を突き上げると、途端に割れんばかりの歓声と拍手が巻き起こり、熱狂の渦が会場全体を包み込んだ。
「小僧、良い演説だった。これで大々的に『ミストルテイン作戦』を実行に移せるな」
「ええ。愚かなコロニー群共の抵抗を速やかに鎮圧し、その元凶であるオーディンを討つ……最高の国防政策ですわ」
マデリンが立ち上がり、部屋にあるバーカウンターでワインを注ぐ。
そして、そのグラスを手に戻ると、ヘンリー議長のひざの上へと腰を下ろした。
「今一度世界をひとつに」
重なり合うワイングラスが奏でる、高く澄み渡る音色が室内に響いていた……。