第57話 「オーディンの地」
赤いシャルーアから降りて来たパイロットは、濃茶の髪をなびかせ、青い瞳で俺を値踏みする様な眼差しで睨んでいる。
同じ年頃に見えるその少女は、色違いの赤いパイロットスーツに身を包んでいた。
苛立っているのか、胸を張り腕組みをしながら、せわしなく指で腕を叩いている。
恐らく俺と同じ騎士見習いだと思うけれど、姿を現した時から何故か俺を睨み続けているのだ。
彼女の苛ついた行動と視線に気を取られていたら、いつの間にか赤いシャルーアから、もうひとり降りて来ていた。
端正な顔立ちの男性で、色白で燃え上がる様な真っ赤な髪が印象的だ。
その男が横に並び声をかけると、俺を睨んでいた少女の表情が笑顔に変わる。
明るい笑みから良い印象を受けたけれど、それも束の間。今度はふたりで俺をジロジロと眺め始めた。
何故そんな態度を取られるのか分からず不愉快に感じながらも、アルテミスに指示された通りにそのまま立っていると、背後からコツコツと足音が聞こえて来て、俺の真横に誰かが並んだ……。
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「遂にオーディンの宙域へと入れるのね。滅多な事では訪れる事が叶わないオーディンに行けるなんて、リオンちゃんありがとう。本当にドキドキするわ」
「そうだな。エルテリア軍のバロン隊に入れた時からの憧れだったが、まさか本当に行けるとはな。リオンに付いて来て良かったよ」
「小僧! 着いたらオーディンの技術者に徹底的に情報開示を要求しまくるぞ。現地で得られる技術情報が楽しみだ、メカニック冥利に尽きるってもんよ」
艦橋に集まったメンバーが、オーディンへと向けて動き始めたモニター画面を見ながら会話を弾ませている。
この宙域に辿り着いてから二週間。オーディン宙域に進入する為に待機させられていたのだ。
実はオーディン宙域には指定された日にしか侵入できない。それがたとえ味方のイーリスであったとしても、許されないらしい。
もし、それ以外の日に勝手に侵入した場合、宙域に満遍なく設置されている防衛機構の集中砲火で即殲滅されてしまうらしい。
これまでオーディンに挑んだ経済コロニー群は存在しないけれど、例え二千艦以上の旅団規模の艦艇で挑んだとしても、この迎撃砲のシステムに敵わないと言われている。
しかも、その先にはオーディンの誇る強力なGW部隊が待っていると言われ、中立を唱えているオーディンにわざわざ挑む愚かな国はなかったそうだ。
この宙域に停泊して数日が経つと、皆からオーディンの強力な宙域防衛力を見たいという要望があり、イーリスもアルテミスも反対しないから、大きめの小惑星を運んできてオーディンの宙域へと押し出してみた。
小惑星が宙域に進入してから、しばらくは何も起きなかったけれど、擬態された複数の迎撃砲から突如強力な粒子レーザーが撃ち込まれ小惑星を貫いた。もし小惑星が艦艇だったとしたら確実に撃沈されている。
迎撃砲の強力な火力にも驚かされたけれど、皆の注目を集めたのは、その後の出来事だった。
貫かれた小惑星の周りに小型の機械が集まり、そのまま宙域の奥へと運んで行ってしまったのだ。
「アルテミス。あれは何をしているの」
『有用な資源をオーディンの衛星へと運んでいます。オーディンは常に有用な資源を取り込む様に設計されているのです』
「なるほど。それにしても、オーディンの首都のあるコロニーがどんな風なのか楽しみだな」
『リオン。オーディンには都市機能を持つコロニーはありません。惑星と衛星で構成されているのです』
「そうなんだ。アウグドの様な惑星なんだね。オーディンの人達がどんな暮らしをしているのか早く見てみたい。到着が待ち遠しいよ」
その後は、侵入可能日を待ちながら日々の訓練やメカニックの勉強を続け、数日後やっと宙域へと進入できる様になった。
決められた巡航速度で航行し、常に照準を合わせてくる無数の迎撃砲を横目に宙域を進む。
途中で何度かチェックを受けながら一週間ほど宙域を進み、遂に人工的な巨大衛星をいくつも抱えたオーディン本星へと辿り着いた。
オーディンは水と緑が広がる美しい惑星だった。
もちろん、俺も初めてだけれど、周りの皆もその美しさに驚き、モニターを食い入る様に見つめていた。
イーリスはそのままオーディンへと降下し緑の大地へと向かって行く。
『イーリスは着陸後に整備などを兼ねて衛星へと移動しますので、着陸後はアジュやクナイを含めて全員退艦して下さい』
イーリスは降下すると、美しい草原や湖を越え、石造りの城壁に囲まれた広大な敷地内へと着陸した。
格納庫からシャルーアとアジュとクナイを外に出し、乗艦していた人達は車両に分乗してイーリスのブーストの影響のない安全な場所まで移動する。
しばらくすると、ブーストの轟音と共にイーリスが上昇して行った。
上空へと消えていく姿を眺めていると、離れた場所から赤色イーリスが飛び立つのが見えた。
『リオン、行きますよ』
アルテミスから指示された場所へと移動すると、城壁に囲まれた石畳の大きな広場へと辿り着いた。
皆はその場で待つように言われ、俺は更に広場の中央付近へと行くように指示される。
実は前からその存在に気が付いていたけれど、そこには赤いシャルーアが立っていた。離れた所から飛び立ったあの赤いイーリスに乗っていた機体だろうか。
アルテミスの指示通り石畳の広場を挟み、赤い機体と向かい合わせにシャルーアを駐機させる。
その直後に、正面に立つ赤いシャルーアのコクピットが開くのが見えた。
『リオン。あなたも降りてシャルーアの前に立って下さい。これからとても大切な話があります』
「ねえ、アルテミス。あの赤いシャルーアには……」
『直ぐに分かります。先ずはシャルーアから降りて、オーディンの地を踏んで下さい。リオンの新たなる一歩ですから』
「ああ、分かったよ」
コクピットから昇降ワイヤーを使い、石畳の上へと降り立った。地面をしっかりと踏み締める。
俺は遂に念願のオーディンの地へと降り立ったのだ。
作業コロニーを旅立ってから、ずっと目指して来た場所……オーディン。俺はいまオーディンの騎士になる為にここに立っている。
綺麗な石畳を踏みしめながら、目的の地へと降り立った感触を味わっていると、昇降ワイヤーの音が聞こえ、赤いシャルーアからパイロットが降りて来た。
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俺を睨み続けていた、赤いパイロットスーツを着た少女は、再び真っ赤な髪の男と会話を交わす。
しばらくすると、今度はふたりで俺を値踏みするみたいに眺め始めた。特に男の方がジロジロと俺を観察している。何だか感じの悪い奴等だ……。
「何だか貧弱そうな野郎だな。あれじゃダメだろう」
「本当。何であんな奴が……イライラするわ」
理由は分からないが、何故かふたりから嫌な感じで睨まれた上に、批判までされている。
流石に何か言い返してやろうかと思った矢先、背後から足音が聞こえた。誰か来たみたいだ。
何故だか分からないけれど、そのコツコツと石畳を一歩ずつ歩く音がとても心地良い。
そしてその足音が止むと、足音の主が俺の真横に並んだ。
「アポロディアス! 我が騎士殿に無礼であろう」
不意にその場に竪琴の様な美しい声が響き渡り。その声色に驚きながら、横に立つ声の主へと顔を向けた……。
そこには、プラチナシルバーの美しい長い髪を風に揺らし、白いプロテクターの付いたボディスーツを着用した女性が立っていた。
凛とした美しい横顔がこちらを向き、吸い込まれそうな澄んだヘーゼルブラウンの瞳が俺を捉えている。
そして彼女は優しく微笑んだ。夢の中と同じ笑みで……。
「アルテミス……」