第49話 「強敵」
イーリスの談話室でくつろいでいた時、突然イーリスの警告音が鳴り響く。
『航路上に接近中の物体確認……解析中』
三人とも素早く起ち上がり顔を見合わせた。
「念の為、出撃の準備をしましょう。イツラ姫は部屋にお戻りください」
イツラ姫が侍女と共に部屋へ戻るのを確認して、それぞれの部屋に飛び込みパイロットスーツを着用する。
三人ともほぼ同時に廊下へと出て来て、そのまま格納庫へと急いだ。
「何かしら。ドロシアの艦艇とか……」
「このまま発見されなければ良いがな」
格納庫を駆け抜けコクピットへと乗り込み、ヘルメットを被ると同時にコクピットの扉が閉じた。
全球モニターがONになると、モニターに格納庫内が映り、整備用ハンガーから外れて出撃の準備を整えるセシリアさんの赤の『クナイ』と、エドワードさんのメタリックブルーの機体『アジュ』が目に入る。
訓練中に二人の機体が呼び難かったから、話し合って機体名を決めて貰ったのだ。二人とも何か思い入れの有る名称らしい。
モニターの一部にイーリスの外部映像が映し出されているけれど、特に艦艇の様な物は写っていない。小惑星が宙域を流れて行くのが写っているだけだった。
「アルテミス。どれの事だろう。艦艇とかいないよね?」
『リオン。リオンあれは……』
アルテミスの声が、何だか緊張している感じに聞こえた。やはり、アルテミスには感情の様なものが有るのかも知れない。
そんな事を思っていると、イーリスの通信が入って来た。
『対象解析完了。接近中の物体はイーリスです』
「は? どういう事なの。イーリスが接近中って……。イーリスCAIの解析エラーかな」
『警戒対象のイーリスより機体の発進を確認』
「アルテミス! どういう事なの」
『それは……』
『高粒子エネルギー反応確認。回避します』
イーリスの通信と同時に、強い横Gがかかり格納庫の映像が傾く。だが、脚部に付いている床への固定器具が外れずに済んだ様で、三機とも傾いただけで持ちこたえていた。
「敵に気付かれている! 出撃しよう」
『了解』
『行くわよ』
ブーストを掛けると同時に隔壁が開き、続く通路を抜けると小惑星の表面を模した映像が迫り、そのまま映像を突き抜けた。
イーリスの船外に出ると、巨大な惑星の姿が目前に広がる。
その刹那、艦砲射撃の様な高出力の粒子レーザーがイーリスの船体をかすめながら飛んで来た。急制動で攻撃を躱す。
「アルテミス! 敵機の位置は」
『リオン。リオン……敵は……』
アルテミスの返事にならない言葉に戸惑っていると、HUDの画面に何かがピックアップされ、同時に再び強烈な粒子レーザーが迫って来た。
ブーストをかけて躱し、反撃を試みようと敵を捉えていた方向へと回頭する。だが、有るべき場所に敵の姿はなかった。
その瞬間、強烈なGがかかり機体が回避行動を取る。アルテミスの制御が入ったのだ。
回避前に機体が在った宙域を、敵の粒子レーザーが突き抜けて行く。
「な、何だこいつ」
HUDの画面内を、凄まじいスピードで敵機体が移動して行く。とてもじゃないが、照準を合わせる事など出来ない。
だが、シャルーアのスピードなら接近を試みる事は可能なはずだ。近づけば攻撃のチャンスが生まれるかも知れない。
フットペダルを踏み込み、シャルーアを敵機の移動方向へと加速させた。
高速でシャルーアを移動させながら、敵機の動くリズムを捉え、頭を押さえようと回り込む。
だが、敵機が予想もしない急角度で回頭して一気に迫って来た。
モニターには急速に迫って来る巨大な黒い姿が映り、再びアルテミスの緊急制御で視界が揺れる。
すると、機体ギリギリの所を、鋭い円錐形の近接武器が通り抜けて行った。それは敵の機体と同じ色をした漆黒の鎗だった。
次の瞬間、目の前を通り過ぎて行く機体の大きさに戦慄が走る。
「な、何だ、この巨大な機体は! GWのサイズじゃない。アルテミス、これは……」
『リオン。敵は……。敵の機体は……オーディンの黒騎士です』
「えっ……」
アルテミスの返事を聞いた刹那、また急制動が入る。
すれ違いざまに撃ち込まれた粒子レーザーの光が機体をかすめた。
通り過ぎてく黒い機体に、アジュとクナイが追い縋るが、反撃を浴びて急制動で散開して戻って来た。
『でかいな』
『あれはドロシアのGWなの?』
「あれは……うわっ」
アルテミスが言った事が機密事項かも知れないと思い、答えを言い及んだところで、強烈な攻撃が立て続けに飛んで来た。
今度は自分の操縦で何とか躱すが、躱す方向に正確に次の攻撃が飛んで来る。
必死で逆を突く動きをするが、それも読まれているのか、どんどん追い込まれて行く。
それでも、何とか躱しきって反撃を試みるが、激しく動き回られ照準を合わせる暇がない。逆にその隙に撃ち込まれる始末だ。
「あれがオーディンの騎士か……でも、何で」
『……分かりません』
「でも、敵対しているって事だよね。あれが例のドロシア軍と行動を共にしている奴ってこと?」
「はい。恐らく」
「じゃあ、戦わないといけないんだね」
「……はい」
『アルテミス、敵がオーディンの黒騎士だという事を二人に伝えてもいいの?」
『はい。ですが、彼らのオーディンへの気持ちを考えると、戦えなくなるかも知れません』
会話をしている間も黒騎士からの攻撃は止まない。
付かず離れずの距離を保ちながら、三機で追い込む様に攻撃を仕掛けているが、黒騎士は巨大な機体で楽々と躱して行く。
「二人とも聞こえますか」
『ああ、聞こえている』
『何とか聞こえるわ』
相手がオーディンの黒騎士だと知っているのに、伝えずに命懸けの戦いをして貰う訳には行かない。黒騎士に撃ち込みながら、二人に事実を伝える事にした。
「あの機体は黒騎士です。オーディンの黒騎士です」
『なっ……』
『黒騎士……あの機体が……』
「お二人はオーディンの騎士相手に、無理に戦わなくても良いです。俺が何とかします」
『リオン! 何を馬鹿な事を言っている。俺が忠誠を誓ったのは奴じゃない。君にだ』
『リオンが戦うのなら私の敵よ。絶対に許さない』
二人の言葉に胸が締め付けられる。
「……ありがとうございます。でも、十分に注意して下さい。先ずはイーリスから引き離しましょう。俺が釣り込みます」
『了解』
『気を付けてね』
三機からの攻撃を躱しきると、黒騎士が機体の動きを止めた。
こちらの出方を伺っているのか、それとも誘い込んでいるのか……。
『リオン、機体の位置は気を付けて下さい。これ以上惑星の引力圏に近づくと危険です』
「了解」
イーリスの位置と惑星の引力圏を意識しながら、強力な黒騎士と渡り合わなければならない。かなりハードな戦になりそうだ。
──でも、俺は守りたい……俺を信じて共に戦ってくれる仲間とイツラ姫の笑顔を……それが例えオーディンの騎士が相手であってもだ。
シャルーアを再び黒騎士の機体へと加速させ、的を絞らせない様に機体を細かく移動させる。
今度は三機で連携を取りながら、シミュレーションで鍛えた連携で執拗に追い込み、徐々に離れた宙域へと黒騎士を導いた。
イーリスから引き離す動きをしながら、何度も三機の連携を繰り出し黒騎士を追い詰めるが、最後の詰めで簡単に躱されてしまう。
その都度、強烈な反撃を食らい、こちらもギリギリで躱して、また攻撃をするという事を繰り返していた。
それでも、徐々に追い詰めている感じがあった。
黒騎士も劣勢を感じているのか、反撃の手数が減り始め、こちらの追い込む様な射撃を躱すのがやっとという感じになって来た。
しばらく黒騎士を追い込む時間が続き、そのままの勢いで攻撃を仕掛けようとした時だった。
『リオン。この宙域は』
アルテミスの声と同時に黒騎士が急反転をし、いきなり反撃を繰り出して来る。
正確な射撃に押され、三機とも躱すのが精一杯の状態に陥った。追い詰めていたはずが、釣り込まれていたのだ。
三機とも黒騎士の射撃に追われ、一定方向へと追い詰められて行く。
『リオン。このままだと、惑星の引力圏に入り込み過ぎます』
「くそっ! いつの間に」
何とか黒騎士の射撃を躱しきり、体勢を立て直そうと思った時だった。
黒騎士の機体がフルブーストを掛けるのが見え、漆黒の機体が凄まじい勢いで宙域を離脱して行く。
追い縋ろうとするが、加速を封じるかのように黒騎士からの攻撃が飛んで来て前に進めない。
黒騎士の機体が遠ざかり、やっと加速をする事が出来たが、いつもの様な速度が出ない。惑星の引力に引かれて加速が鈍っているのだ。
同じ宙域に追い込まれたクナイもアジュも加速がかなり鈍っている。
『リオン。黒騎士の行った方向は』
「くそっ。イーリスのいる宙域か。急ごう」