第48話 「三人の連携」
ヴィチュスラー率いるドロシアコロニー軍の右翼部隊は、CUP連合のパナフィックコロニー防衛ライン戦に於いて大勝を収めた。
この勝利に先立ち、彼の艦隊運用によりセントラルコロニー軍の中央方面隊も敗走させられており、セントラルコロニーの指示によりほとんどの戦力を派遣していたパナフィックコロニー領域を守る軍事力は存在しない状態となっている。
ドロシア軍は無人の野を行くかのような状況で、パナフィックコロニー領への侵攻を開始した。
ところが、最も戦功があり、パナフィックコロニー領域侵攻への先陣を切ると思われていたヴィチュスラーは、右翼部隊をそのまま留め、ヤーパン回廊に近い宙域に駐留したまま動かない。
「大佐。パナフィックコロニー領への侵攻を、なぜ他の司令官にお譲りになられたのですか」
「ああ、無抵抗のコロニー群の占領などに興味は無い。それにこれ以上目立つのは妬みを買うだけだ。なかなか武功を上げられない将官殿に、恩を売っておく方が得策と言えるからな」
「なるほど」
「それで、報告とは」
「はい。例のヤーパン艦と思われる艦艇から接触がありまして、救助したグリーンコフ中尉以下四〇数名を引き渡したいと……」
「グリーンコフ中尉? アウグドに送った部隊のひとりだな」
「はい。ヤーパン艦の追跡を命じておりましたが、艦艇ごと行方不明となっておりました」
「ふむ。引き渡しの条件は、ヤーパン回廊の封鎖の解除と言った所か……。認める訳にはいかんな」
「相手方の提示条件も含めまして確認中ですので、分かり次第ご報告いたします」
「イツラ姫を逃すなよ。彼女が重要な駒になる事は間違いないからな」
「はっ! 承知しました。それと……」
「ん?」
「黒騎士が一時的に離脱すると言い残し、何処かへと去ったそうです」
「そうか。相変わらず読めぬ男だな。了解した」
下士官が敬礼をして部屋を出て行くと、ヴィチュスラーは溜まったデスクワークを処理すべく、いつもの様に奇妙な音をさせながら、椅子をデスクの方へと押し出した。
「昇進する度に面倒なデスクワークが増えて行く。これは何とかならないのか……」
――――
イツラ姫をヤーパン回廊内へと無事に送り届ける為に、囮となるヤーパンとエルテリアの艦と離れて三日が経った。
小惑星に偽装したイーリスは、巨大惑星の強力な引力圏の縁を航行している。
航行といっても、惑星の引力に捉えられた小惑星の軌道に似せる様に、最初に演算されたブーストをかけて以来、微調整のスラスターすら焚いていない。
微妙な変化であっても、人為的な軌道修正は敵に捕捉される可能性があるからだ。
「いまのシミュレーションは良かったな。三機の連携が一番取れていたんじゃないか」
「ええ。艦艇を防衛しながら徐々に敵機を引き離して行く連携は、これまでで一番だった気がします」
「リオンの陰から私が飛び出す動きが、更に良くなったと思わない? その後のエドワード准尉との入れ替わりは、相手にとっては脅威だと思うわ。あれは躱せない」
「では、別パターンで続けましょう。イーリスお願い」
イツラ姫を迎えてイーリスでの航行が始まってから、イーリスと三機を繋いでシミュレーションによる訓練を繰り返している。
今までも三機で行動する事が多かったから、もともと連携は取れているつもりだったけれど、イーリスが設定する様々な状況に対応して行くうちに三機による戦術が幾通りも編み出され、強固な連携が取れる様になって来た。
というのも、元々エドワードさんとセシリアさんのパイロットとしての能力が高く、ふたりがシャルーアの動きに付いて来られるから、三機の連携を高いレベルで構築する事が出来るのだ。
前から気になっていたので、このシミュレーションを始めてから二人にパイロットレベルを聞いてみたら、「そんな指標は無い」と返答されて驚いてしまった。
どうやら、パイロットレベルの指標はオーディンでしか使われていない様なのだ。
逆に何の事なのか聞き返されて、機密条項かもしれないと思い誤魔化すのが大変だった。
後でアルテミスに聞くと、二人のパイロットレベルはAからBの間ぐらいではないかと言っていた。
もしかしたら、二人がシャルーアに乗ると、俺より操縦が上手なのかも知れない。
でも、アルテミスにそう言うと『絶対にそれは違います。自分の適性を信じる様に』と強く諭されてしまった。
――――
「もー、またリオンさんに負けちゃった」
口を尖らせたイツラ姫がカードをテーブルへと投げた。
カードがふわりと宙を漂い、テーブルに吸い込まれる空気の流れに捉えられてテーブルの上へと落ちて行く。
イツラ姫は俺達が訓練をしている間は自室で大人しく読書をしたりして過ごしているが、訓練が終わり食事の時間になると一緒に食事をして休息時間を楽しむ様になっていた。
今も昔からあるカードゲームに四人で興じて、イツラ姫が五連敗を喫したのだ。
いつもは凛として大人びた雰囲気を漂わせているけれど、ゲームに興じる時のイツラ姫は年相応の女の子だ。
負けが込んで来ると「リオンさんは騎士なのに冷たいわ」とかいいながら、一番年の近い俺の肩をバシバシ叩いて来たりする。
そんな皇女らしからぬ可愛らしい姿を、後ろで控えているお付きの侍女達が顔色を白黒させながら見守っていた。
「イツラ姫。姫は賭け事はお止めになった方が宜しいかと思います」
「何よセシリア。それはどういう事」
「このペースですとヤーパンは国ごと持って行かれますわよ。もしくは、リオンにお人形さんにされてしまうかも」
「ちょ、ちょっとセシリアさん、何てこと言うんですか! それは誤解ですって」
「あらそうかしら。それにしては私の部屋に来ても……」
「ちょっとー!」
セシリアさんがとんでもない事を口走りそうな気がしたので、慌てて言葉を遮った。そんな姿をイツラ姫は首を傾げながら不思議そうに眺めている。
「あら、国の代わりに騎士様のお人形になら喜んで」
「ひ、姫様! 何をおっしゃっているのですか!」
侍女達が慌てて止めに入ったが、イツラ姫はキョトンとしている。
「えっ。だって可愛らしい服で着飾って椅子に座っていれば良いのでしょう?」
「うふっ」
セシリアさんが堪らず笑い転げて、床にゆっくりと落ちて行く。
侍女の人達もどう説明して良いのか分からず、困った顔をしていた。
「いやー、リオン君はモテモテだなぁ。俺は乗る船を間違えたかな」
「ちょっと、エドワードさんまでそんな事言わないで下さいよ。何でゲームで勝ってこんな目に遭わないといけないんですかぁ」
「リオン君。騎士たるもの、いや、男たるもの女性に上手に負ける事も覚えないといけないぞ」
「そうそう。リオンちゃんは負け方が下手なのよねぇ。アウグドの模擬戦闘の時だって……」
「なにっ! リオン君。君は模擬戦闘でわざと負けていたのか! まさか八百長に加担していたんじゃないだろうな! それは聞き捨てならないな」
「リオンさん。私わざと負けたりしたら許しませんわよ」
「え、いや、ちょっと違……。えっ? 何でこんな事に……」
困り果てる俺の姿を見て、談話室に皆の笑い声が上がる。
いつもこんな感じで、本当ならば緊張でピリピリしてしまいそうな状況なのに、イーリスの艦内には何とも和やかな雰囲気が流れている。
「よし、もうひと勝負だ!」
次のゲームをしようとエドワードさんがカードを切り始めた時、突然イーリスの声と共に警告音が鳴り響いた。
『警告! 航路上に接近中の物体確認』