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アルテミスの祈り ~ ギャラクシードール戦役 ~  作者: 磨糠 羽丹王
【CAAIアルテミス】 オーディンへ向けて
47/123

第47話 「プリンシパルの屈辱」

「さて、休憩休憩っと」


「敵さんは、今日も大人しくしてくれて、ありがとうだな」


「明日も前衛の時は動かないでくれよってな」


 セントラルコロニーを中心としたCUP勢力とドロシア中心のDRE勢力とが対峙する中央方面宙域。この宙域に両勢力最大の部隊が駐留し始めてから既に半年が過ぎようとしている。

 散発的な衝突は起こるものの、お互いに艦隊を押し出すような事は無く小康状態が続いている。

 どちらの軍も日に三回、前衛、中衛、後衛の艦艇が入れ替わり、後衛部隊が休息をとるというルーチンが続いていた。

 各艦艇では二交代制で休息を取っており、その時間が後衛に回るタイミングだと兵士達は安心して休憩を取る事が出来るのだ。


「しかし、左翼のパナフィックコロニー方面に回された部隊はお生憎様だな、あちらさんのDREの部隊は強いらしいな。そんなのが相手だと、おちおち眠っても居られないな」


「全くだ。お互いに決め手を欠いて、睨めっこし続ける中央方面隊に居られて感謝だな」


「ああ。噂でしかないが、中央政府の方で何かの計画が進んでいるらしくて、それが整えばこの戦争はこちら側の勝利で間違い無いそうだ」


「ほー。それが本当なら、この宙域で睨めっこを続けているのも理解できるな。無駄死にはしたくないもんな」


「ああ、全くだ。DREの将官様は、こちらの計画とやらが整うまで大人しくしてくれってな!」




 ドロシア側の中央方面隊もセントラル側と同じく、前衛艦隊が下がり中衛と後衛がそれぞれの移動を終え、いつもの様に後衛が休息に入る時間になった。

 だが、今日はタンクベットを利用した短時間休息の緊急指示が出ており、乗員達の表情も厳しいものになっている。

 実はDRE側の艦隊は、昨日より臨戦態勢に入っているのだ。


「ヴィチュスラーも、なかなか洒落た暗号文を送ってくるではないか」


「ええ。『眠れるものは花火を見逃す』などと上級将官に送り付けるとは……。生意気な感じもしますがな」


「だが、彼は結果を残している。この通信文がこちらの解読通りであれば、何かが起こるはずだ」


「期待して待ってみましょう……」


 『眠れるものは花火を見逃す』という言葉は、ドロシア軍で実際にあった逸話が語り継がれているものだ。

 その昔、セントラル政府の圧政で苦しんで来たドロシアが、セントラル政府に反旗を翻し、初めて艦隊戦による勝利を収めたという歴史的な時に、その司令官であった将軍が後衛の艦艇で就寝中だったという笑い話に由来する。

 ただの笑い話という面もあるのだが、『将官たるもの、就寝中に勝敗が決するなどという事態は恥であると思え』という、強烈な皮肉が籠った言葉でもあるのだ。

 敵の傍受を懸念してか、具体的な日付などは暗号文に入ってはいないが、今日はその戦勝記念日であり、ヴィチュスラーは『眠って花火を見逃すな』と暗号文を送って寄越したのだ。

 中央方面部隊の司令官は、何かしらの『花火』が上がる事を予想して、部隊への臨戦態勢を指示したのだった。


 ────


 セントラルコロニー軍中央方面隊の旗艦プリンシパル。その士官談話室に艦橋のオペレーターが駆けこんで来た。

 豪華な調度品に囲まれた部屋は軍艦の中であることを忘れてしまう程の贅沢な造り。一般の下士官達が過ごす部屋と比べると、セントラルコロニー軍の士官への過度の優遇ぶりが見て取れる。

 下士官であるオペレーターは、初めて訪れた士官談話室のあまりの豪華さに思わず部屋の中を見回していたが、士官からの厳しい視線に気が付き慌てて姿勢を正した。


「失礼します! 連隊長はいらっしゃいますでしょうか」


「いや、今は自室で就寝中だろう」


「そうですか」


「どうした」


「はい。後方より約五〇〇隻の艦艇が接近しております」


「大隊規模の艦艇数だな。何処の艦艇だ。認識コードと速度は」


「認識コードが発信されておりませんので、何処の軍の所属艦か分かりません。低速で巡行して来ております」


「ウルテロン辺りの援軍か。なあ、誰か聞いているか」


 応対した士官が奥のソファーでくつろぐ者達に問いかけたが、援軍が入る事など知る者は居なかった。


「我々が知らないという事は、本国の防衛に回ったパナフィックの艦隊ではなく、ウルテロンのだろう。田舎の軍隊はこれだから困る。認識コードの上げ方でも教えてやれ!」


 同盟国の軍隊を揶揄やゆする様な言葉に、士官達から笑いが起こる。

 セントラルコロニー軍の士官達は、いまだに他のコロニーの軍を下に見る癖が改まっていない。自分達の軍が他国を従わせていた時の悪癖が残ったままなのだ。


「はっ! では、特に対応の必要はありませんでしょうか」


「ああ、そうだ。所属不明という事で、田舎軍隊にミサイルを撃ち込んでやっても良いぞ」


 また笑いが起こり、直後に下士官のオペレーターを追い払うかの様に、視線を逸らしたまま手で振り払う動作をしてみせた。

 あしらわれたオペレーターは、湧き上がる不快な感情を噛み殺し、敬礼をして立ち去って行った。




「相対速度ゼロ。設定最接近宙域に到達しました」


 緊張で噴き出した汗が宙に浮かび、空気の流れと共に床の方へとゆっくりと落ちて行く。

 艦砲射撃可能距離に入ってから、敵艦隊が応戦体勢を取った瞬間に攻撃を開始しなければならなかったが、艦砲射撃としてはほぼセロ距離の宙域に到達しても、敵艦隊の反応はなかったのだ。

 ヴィチュスラーの『試しにやってみようか。気付かれたとしても奇襲効果は変わらないからな』という言葉を実行した結果、ゼロ距離と言える宙域に敵艦隊のメインブースターが並んでいるのだ。


「後方から低速で接近すれば敵認定され難く、奇襲効果が高くなるとは思ったのだが、長期間膠着(こうちゃく)した戦線にいると、こうまで警戒心という物が低下するとは」


「全艦艇予定宙域に到達しました。十秒後に艦砲射撃を開始すると共に中速前進、及び全GW部隊を発進させます」


「花火の打ち上げだ。我が中央方面部隊が敵並みに緩んでいない事を祈ろう」


「一斉砲撃開始!」


 整然と並んだドロシア軍の艦艇から、完全に背後を晒しているCUP連合の艦隊に向けて、強力な粒子レーザーの光が殺到した。

 艦隊の砲撃戦の距離とは思えない、ほぼゼロ距離と言える砲撃が一斉に叩き込まれる。

 粒子レーザー拡散チャフなど全く撒かれていない宙域を、太い粒子レーザー光が突き進み無防備な艦艇を後方から貫くと、威力が殆ど衰えないまま、その前方に停泊している艦も貫いて行った。


 ひと呼吸を置いて、粒子レーザーに貫通された艦艇が内部爆発を起こし、次々に火球へと変わって行く。

 CUP側は旅団規模の二〇〇〇隻がこの宙域に展開していたのだが、後衛の艦艇が三交代の休息中で有った事も災いし、戦端が開かれて僅か数十秒で三〇〇隻以上の艦艇が撃沈されてしまったのだ。

 一気に半数以上の僚艦を失った後衛の艦隊は反撃の暇も与えられず、次々と撃沈されて行く。

 敵襲を察知した中衛の艦隊が急速回頭を行い反撃に出ようとするが、後衛艦隊を無力化し前進してくるドロシア艦艇に回頭中に砲撃され、多くの艦艇が甚大な被害を受けてしまう。

 慌てて粒子レーザー拡散チャフを展開するが、それにより自らの粒子レーザー砲での反撃を封じてしまう形となり、先手を打ってくるドロシア艦艇のミサイルが殺到し、砲塔やミサイル発射管などの装備が次々と破壊されて行った。


 ここに来て慌ててGW部隊が発進を試みるが、既に展開しているドロシア軍のGWに狙い撃ちされ、次々と火球へと変わって行く。

 CUP側の中衛と後衛は陣形を保つことなど出来ず、完全に混乱状態へと陥っていた。

 そして、即応可能な状態であったはずの前衛の艦艇も同じく混乱状態に陥っていたのである。

 後方の艦艇が次々と撃沈されるのを確認し、前衛艦隊で対応すべく艦隊行動を起こした途端に、半年に渡り大きな動きを見せていなかった敵中央方面隊が一斉に突出して来たのだ。

 昨日から臨戦態勢を取っていたDREの全艦艇が『ヴィチュスラーの花火』を見て即座に攻勢を開始したのだった。

 完全に挟撃される状況に陥ったCUPの艦隊は、散発的な反撃しか出来ずに徐々にその数を減らして行く。


 セントラルコロニー軍中央方面隊の旗艦プリンシパルは、完全に統率を失い大混乱に陥った戦闘宙域を離脱し、一〇〇隻程度の艦艇と共に本国方面へと敗走した。

 結果、宙域に取り残された艦艇は抗戦を止め、白旗を掲げて次々と降伏する事となる。

 そして、殆ど損害を受ける事なく敵中央方面隊を破ったドロシア軍の艦隊は、ヴィチュスラーの指示の下、作戦通り囮部隊が対峙していたパナフィックコロニー方面の敵艦隊後方へと迂回しこれを挟撃。見事に敗走させた。

 ヴィチュスラーの作戦は右翼方面だけではなく、中央方面隊までをも勝利させる事となったのである。




 この作戦の成功は「プリンシパルの屈辱」と呼ばれ、一時的にCUPとDREの勢力図を塗り替える事となった。

 だが、それによりセントラル政府が密かに進めている計画を、無理に早める事態を招いたとも言われている。


 そして、そのセントラル政府の計画が、この世界と多くの者達の運命を混沌の渦へと巻き込んで行く事となるのである。


 リオンとアルテミスが紡ぐ時が、人々の運命を救うのか、それとも全てが失われるのか……。


 それを見極めるには、いましばらくの時間が必要であった。

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