第44話 「セカンドナンバー」
「うわわわわ!」
目が覚めると、目の前にセシリアさんの寝顔が。
いつの間にこちらのベッドに来たのか、心臓が止まるかと思うくらい驚いた。
おもわず大きな声を出してしまったけれど、セシリアさんはそのまま眠っている。良かった。
──それにしても、セシリアさんって綺麗だよなぁ。
目を瞑った綺麗な顔に見惚れていると、不意に目が開いて緑色の瞳に睨まれてしまう。鋭く射抜かれる様な視線。もしかしたら、寝ている間に何か失礼な事でもしてしまったのだろうか。
「あっ、あの……」
「リオンちゃん……いつになったら、おはようのキスをするの」
「は? え、き、キス? いや、そ、そんな。え?」
鋭い視線と予想もしない言葉に動揺してしまい、まともに答える事が出来ずにいると、セシリアさんが急に優しい笑顔になった。
「全く……。可愛いんだから!」
セシリアさんが飛びついてきて、ギュッと抱き締められてしまった。
香水なんか付けてないはずなのに凄く良い香りがする。
何だか嬉しくて、解放されるまでそのまま抱きしめられていた……。
「お婆さん、朝ごはんも本当に美味しいわ! こんなに素敵な朝は久しぶりです」
「あらあら、そうかい。何だか嬉しいねえ」
朝の食卓には、美味しいパンに採れたての卵、新鮮な野菜たっぷりのサラダに美味しい牛乳とコーヒーが並んでいる。
古い農業用コロニーの殆ど人が住んでいない一角で、こんなに穏やかな生き方があるとは思っていなかった。
もちろん、不便だったり大変な事も沢山あるのだろうけれど、俺はこんな風に暮らした事は無いから、何だか羨ましくなってしまった。
朝食の後、セシリアさんがお婆さんと楽しそうにお菓子作りを始めたので、お爺さんにアンドロイドの事を相談してみた。
修理は出来ないと思うけれど、廃棄せずに大切に保管する博物館の様な所に引き取らせて貰えないかと頼んだのだ。
断られると思っていたら、重たくて部屋の中に運んであげる事さえ出来なくて、このまま野晒しにしてしまう事がとても辛かったらしく、喜んで譲って貰える事に。
「この娘はね、ミラという名前で呼んでいたのだよ。別れるのは寂しいが、壊れて朽ち果てて行く姿を見ずに済むのは有難い」
「本当にありがとうねぇ。貴方たちの様な優しい人達に引き取られて、ミラも幸せだねぇ」
ミラと呼ばれているアンドロイドの女の子は、お婆さんから可愛らしい帽子を被せて貰っていた。
引き取る事を喜んではくれたけれど、やはり別れが寂しいみたいで、二人とも頭を撫でたり手を握ったりして、最後は動かないミラを涙ながらに抱きしめていた。本当に大切に可愛がっていたのだろう。
「あら、素敵なボンネットを被って可愛いわね」
荷物をまとめていたセシリアさんがポーチへとやって来て、お婆さんの腕に掴まりながらミラの顔を覗き込んでいた。
「あらそうだ。ちょっと待って居てね」
お婆さんが部屋に入り、しばらくすると可愛らしい服を手にポーチへと戻って来た。
「セシリアちゃん。私の古いワンピースだけれど、良かったら着て頂戴」
「まあ、素敵! ボンネットまでお揃いのこんなに可愛らしいお洋服をありがとうございます。大切に着させて頂きます」
「古めかしくてごめんなさいね」
「いいえ、本当に可愛らしくて素敵なワンピースですわ。ねえ、リオン。可愛いでしょう。似合う?」
セシリアさんが服を体に当てながら、首を傾げてこっちを見ていた。
仕草が可愛らしくて、ドキドキしてしまう。
「に、似合うと思います」
いきなり話を振られて適当に答えてしまったけれど、昔の映画に出て来る様な可愛らしいフリフリした洋服が、セシリアさんに似合うのかどうかは俺には分からなかった……。
その後、ミラをセシリアさんと二人で抱えて車へと運んだ。
かなり重たかったけれど、何とか運び込む事が出来た。
「また、遊びにおいでね。まだまだ教えたい料理がいっぱいあるのよ」
「儂らが生きとるうちにな」
優しい老夫婦との別れは名残惜しく立ち去り難かった。家族の暖かさとは、こんな感じなのかも知れない。
セシリアさんも、お婆さんと抱き合ったまま離れられなくなり、涙ながらに立ち去る事になってしまった。
でも、本当に大変だったのは、車の中で「リオンちゃん。どうして女の子のアンドロイドを引き取るの? もしかしてこういうお人形が趣味なの? 困るじゃない」といって、セシリアさんに問い詰められた事だった……。
――――
艦隊が停泊している宇宙港付近に戻り、ホバータイプの物流カーゴに車を乗せて港へと移動する。
コロニー全体は疑似重力を作り出す為に回転しているが、宇宙港側の面は着艦をスムーズに行う為に絶対方位の天方向に合わせてあり、回転しない機構になっているのだ。
物流カーゴはホバーで浮き上がると、スラスターを焚きながら向きを調整して港へと入って行った。
「リオンちゃん。後でそっちに行くから荷物宜しくね」
手を振るセシリアさんに見送られながら車をイーリスへと向ける。
ヤーパン艦にセシリアさんを送って行き、艦内に山盛りの荷物を運ぶのかと思ったら、イーリスの別荘部屋に置いて欲しいと言われてしまったのだ。
軍艦に個人の荷物をこんなに沢山置くスペースは無いそうだ。一応イーリスも軍艦なのだが……。
そのままヤーパン艦を離れ、アンドロイドのミラを乗せたまま、車をイーリスの格納庫へと乗り入れた。
「アルテミス! CAIカードの君が連れて来て欲しいと言うから、壊れたアンドロイドの女の子を連れて……」
『カードのデータを確認しました。リオン、ありがとう』
アルテミスと話をしていると、格納庫の奥から作業用のロボットと車椅子の様な乗り物が出て来て、車の開いたドアを潜って行った。
ロボットの方は機体整備の時に見慣れている奴だけれど、車椅子みたいな乗り物は初めて見た。
ロボットがアンドロイドを優しく持ち上げ車椅子へと乗せる。すると、アンドロイドの目がチカチカと点滅しはじめた。
『ミラ。長い間頑張りましたね。会えて良かったわ』
「ハイ オアイデキテ ウレシイデス」
『オーディンへ帰りましょう。今から保護容器でスリープ状態に入って貰います。これからどうするのかは、あなたが決めて良いのよ』
「ハイ デハ ソノトキニ オツタエシマス」
ミラが答えると、車椅子が静かに動き始めた。
「キシサマニ オアイデキデ コウエイデシタ アネサマニモ……」
ミラの乗った車椅子が格納庫の奥へと消えて行った。
実はイーリスの艦内には、俺が知らないエリアがまだあるのだ。
探索した事がないからかも知れないけれど、引き取ったアンドロイドを納める保護容器の保管場所なんて俺は知らない。
実際のところオーディンの事は、まだまだ知らない事ばかりだ。
『リオン。あの子はオーディンが開発した、アンドロイドのセカンドナンバーなのよ』
「セカンドナンバー?」
『ええ。人のお手伝いをする為に、約一〇〇年前に開発された第二世代のアンドロイドなの』
「ひゃ、一〇〇年!」
『壊れて廃棄されたりして、今では殆どの筐体が残っていないけれど、彼女を見付けることが出来て本当に良かったです』
「ミラはどうなるの」
『オーディンへと運び、それからどうするのかは彼女が選びます』
「修理とか再製って事?」
『ええ、彼女がそれを望むのであれば……。リオン、エドワード・ヒューイ准尉がお見えになった様です』
開け放たれたままの格納庫のスロープを、エドワードさんが昇って来ていた。何か用事だろうか。
「こんにちは、エドワードさん」
「リオン。重巡洋艦から救助されたグリーンコフ中尉が話をしたいそうだ。来られるかい」