第43話 「アンドロイドの女の子」
「さあさあ、あまりたいした物は有りませんが、召し上がって下さいな」
柔らかな明かりの下、食卓の上にシチューと切ったパンが並べられている。
畑仕事を終えたお爺さんと話し込んでいると、そのまま夕食に招かれてしまったのだ。
遠慮しようと思ったけれど、何となく断るのも失礼な感じがしたので、お邪魔する事に。というより、セシリアさんが嬉しそうに家へと入ってしまったからだ。
でも、農作業で日焼けしたお爺さんと、ふくよかで笑顔の絶えないお婆さんと食卓を囲み、美味しい食事と穏やかな時間を過ごさせて貰った。
「お婆様、このシチューとても美味しいわ。作り方を教えて下さいな」
「おやおや、お世辞でも嬉しいよ。でも、畑で採れた野菜を煮込んでいるだけだよ。何も変わった事なんて」
「いえいえ、私の花嫁修業にぜひ教えて下さい。野菜の切り方の違いとか知りたいわ」
「ふふふ。そうかい? じゃあ後で一緒に何か作ろうかね」
「本当ですか! 嬉しいわぁ。お婆様ありがとう」
女性陣の話が盛り上がる中、お爺さんがキッチンへと消えて行き。しばらくするとコーヒーの良い香りが漂ってきた。
「そちらの綺麗なお嬢さんもコーヒーで良かったかの」
「セシリアです。お爺様お上手ですわね。先ほどから美味しそうなコーヒーの香りがしてきて、待ちきれませんわ」
お爺さんは笑顔で女性陣のコーヒーを運んで来ると、キッチンへと戻って行った。
そして、直ぐにまた両手にマグカップを抱えて来て、笑顔で俺をポーチへと誘った。
板張りのポーチに置いてあるベンチに座り、すっかり夜になった景色を眺めながら、お爺さんは幸せそうにパイプから煙草の煙をくゆらせている。
部屋の中からは、セシリアさんとお婆さんの楽しそうな話し声が聞こえていた。
「リオンさんは、何処の出身だい」
「ええ。ウルテロンコロニー群の外れにある、小さな作業用コロニーで育ちました」
「ウルテロン? 今はそんなコロニー群が有るんだなあ。そこは遠いのかい」
「そうですね。だいぶん遠いと思います」
「そうかい……。儂らは生まれた時からこのコロニーの片隅に住んでいるから、周りのコロニーの事はあまり知らんのじゃよ。いま、世の中はどうなっている」
「ええ。全てのコロニー群を巻き込んで戦争が始まっています」
「はあ、また戦争か……」
「はい……」
夜空にうっすらと光るコロニーの照明基部を見上げ、お爺さんは悲しそうな表情をしながら煙を吐き出す。
俺はどう返事を返せば良いのか分からず、黙ってポーチの木目を眺めていた。
その時、何となく視線を感じポーチの反対側に目線をやると、暗がりのベンチに誰かが座っているのが見えた。
「ああ、古いアンドロイドじゃよ。中古で買って婆さんが可愛がっていたんじゃが、動かなくなってしまってね」
お爺さんが反対側のポーチの明かりを点けると、ベンチには可愛らしい服を着せられた女の子が座っていた。
「時々話はできるのじゃが、もう動く事は出来ないみたいでね。古すぎて修理も出来ず、かといって処分するのも可哀そうでな」
「近くで見ても良いですか」
「ああ、構わんよ。話が出来ると良いがなあ」
何が見たかったという訳ではないけれど、何となく興味が湧いて、アンドロイドの傍に行って話し掛けてみた。
「こんばんは」
「……」
「聞こえますか」
「……」
何となく瞳がこちらを向いている気もするけれど、返事は無かった。やはり壊れているのだろう。
「名前はリオン・フォン・オーディン。宜しくね」
「……」
名乗ってみたけれど、もちろん返事はない。
お爺さんが部屋に戻ると声をかけて来たので、俺も戻る事にした。
「……騎士様……」
ところが、部屋に入ろうとしたら、背後から声が聞こえたのだ。
まさかと思い振り向くと、アンドロイドの目がチカチカと光っていた。
「……騎士様、お会い……」
確かにそう聞こえた気がして、アンドロイドの傍に戻り話し掛けて見たけれど、それ以上は何も話さなかった……。
部屋に戻るとセシリアさんの姿はなく、お婆さんに奥の部屋へと促された。どうしたのだろう。
案内された部屋にはベッドが二つ並んでいて、いつの間にか寝巻に着替えたセシリアさんが寝転んでいた。
「ねえ。この寝巻、カントリー風で可愛いでしょう。お婆様に頂いたのよ」
「え、ええ、可愛いです。いや、あの、それよりも、こ、この状況は……」
「では、また明日ね。お二人ともゆっくりと休んでね」
お婆さんはそう言い残すと、セシリアさんに手を振りながら出て行ってしまった。
「はーい。お婆様お休みなさーい」
「あ、お休みなさい! と、ところで、セシリアさん、これは……」
「だって、こんな時間に戻っても仕方がないでしょう。お婆様もまだ教えたい事が有るから泊まりなさいって言われるし」
「いや、その、同じ部屋に」
「あら、ご不満?」
「い、いえ。せ、セシリアさんに、ご、ご迷惑かなぁと。お、俺、イビキとかかくかも知れないし」
「イビキかき始めたら、抱きしめて止めるから大丈夫よ」
「ええぇ……」
「リオンちゃん。何なら最初からこっちのベッドで一緒に眠っても良いわよ」
「えあ、あの……ちょ、ちょっと車に荷物取りに戻りますね」
予想外の展開に、動揺を隠しきれないまま部屋を後にした。
もちろん部屋から逃げ出した訳ではなくて、アルテミスと話をしておきたかったからだ。本当だ。
持ち出せるCAIカードの方のアルテミスは、そんなに細かい話までは出来ないけれど、話した内容とか、記録された状況とかを持ち帰り、シャルーアのアルテミスとデータを共有して分析してくれるから、色々と話しておいた方が良いのだ。
車に乗り込み、通信機を付けてアルテミスに話し掛けた。
「アルテミス。今日はここに泊ま……」
『リオン。ポーチに行って下さい』
「えっ?」
『ポーチのアンドロイドの所へ』
いきなり話してもいないアンドロイドの女の子の事を言われて驚いたけれど、車のカメラに繋いでいたから、アルテミスにも見えていたのだろう。
いつもの様にアルテミスのCAIカードが入ったバックを抱え、座ったまま動かないアンドロイドの所へと戻った。
『彼女の姿を良く見せて下さい』
アルテミスに言われ、アンドロイドの女の子をカメラで捉え続けた。でも、相変わらず動く気配は無いし、話し出す様子もない。アルテミスはいったいどうしたのだろう。
『リオン。通信機を彼女に付けて下さい』
「えっ、ああ、うん……」
良く分からないけれど、アルテミスとの会話に使う小さな通信機を、アンドロイドの耳の部分に付けてあげた。
当たり前だけれど、アルテミスが何を話し掛けているのかは聞こえない。
壊れているから会話は出来ないだろうと思っていると、アンドロイドの目が突然チカチカと輝き始めた。
「LOWモード キドウシマシタ ハイ ソウデス」
アンドロイドの女の子がいきなり話し始めた。抑揚がない無機質な話し方だけれど、ちゃんと会話をしている。
「ワカリマシタ キョカガデレバ キシサマニ ツイテイキマス」
そう言うとまた何も言わなくなり、目のチカチカも消えてしまった。
何となく会話が終わった気がしたので、通信機を元に戻すとアルテミスの声が聞こえて来た。
『リオン。持ち主が了承してくれたら、このアンドロイドを引き取って下さい。詳しい理由はイーリスでお話します』
「うん、分かった。明日聞いて見るよ」
何だか分からないが、この壊れたアンドロイドをイーリスへ持ち帰って欲しいらしい。
お爺さん達が良いと言うか分からないけれど、引き取れるかどうか聞いてみようと思う。
そのまま車に戻り、CAIカードの入ったバックを置いて、セシリアさんの待つ部屋へと戻った。




