第42話 「農業コロニー」
ヤーパン艦隊は恒星宙域を抜け、農業用コロニーの宙域へと辿りついた。
宙域には円筒型の巨大なコロニーがいくつも並び、その全てが円の片側を恒星へと向けている。
俺は知らなかったが、恒星の光を光源にしているコロニーは、全てこうなのだそうだ。
恒星に面した側で光を取り入れ、有害な光をフィルタリングしながら、コロニーの中心を貫く光源部から、コロニー内部を照らしているそうだ。
俺が生活して来た作業用コロニーの人工光源とは、明るさが桁違いだ。
数か所のコロニーとの交渉の結果、物資の補給に軍用艦を受け入れてくれるコロニーを見付ける事ができた。
表向きは『農作物を買い付けに来た』という事で、燃料や食料などに加え、怪我人用の医薬品の補給を了承してくれたのだ。
「アルテミス。このコロニーの光は普通の色なんだね。青や赤じゃなくて安心したよ」
『居住用のコロニーですからね。何箇所か回った生産用のコロニーは、生産物に合わせた光の色に調整されていますから』
「初めて知ったよ。普段食べていた食物が、こんな風に作られていたなんて」
『そうですね。ですが、恒星の光があまり届かない経済コロニー群でも、人工の光で同じように農作物が生産されているのですよ』
「そう言えば、何でこの宙域には古いコロニーしか無いの」
『この周辺のコロニーは、人類が宇宙開拓に乗り出した初期の頃に建設された物なのです。当時はセントラルコロニー群しか存在しなかった時代で……』
アルテミスの話で、意外な歴史を知ってしまった。
セントラルコロニー群が、他の経済コロニー群を政治的に従わせる事が出来ていたのは『水』を独占していたかららしい。
全ての者が生きる為に必要な『水』。当然、食物の生産にも水資源が必要になる。
宇宙開拓の歴史は、水資源確保の歴史だったそうだ。
当初、水資源を確保できる惑星や衛星の支配権は、セントラルコロニー政府が独占していたらしい。
他の経済コロニー群は長期に渡る交渉を続け、それらを自分達の管理下に収め、自治独立の道筋を作ったそうだ。
逆に水資源の独占的支配が出来なくなった事が、セントラルコロニー政府の支配力を弱める原因となり、影響力を残そうとするセントラルコロニー側と、その他のコロニー経済群との間で小競り合いが続く様になってしまったらしい。
その事に加えて、人類発祥の星も殆どの時代が富と資源の奪い合いの歴史だったと聞き、何だか複雑な気持ちになってしまった。
────
怪我人の治療や足りない物資の確保の為に、このコロニーへは一週間ほど滞在しなければならず、交代で三日ずつ休暇を取る事になった。
当初の計画では、エドワードさんや他の人達と一緒に過ごす予定だったけれど、彼らは女性の下士官達に誘われると、あっさりと居なくなってしまった。
「いやー、リオン君が羨ましいよ」
エドワードさんは、女性下士官達の肩を抱きながら嬉しそうに消えて行った。
「本当だわ。並み居る男性達の申し出を全てお断りして。このセシリア・ハーゲンブラウンがリオンちゃんの休日のお供をするのよ。リオンちゃんは羨望の的ね」
「……は、はい」
「じゃあ、先ずは買い物に付き合ってあげるわ。レッツゴー!」
当たり前の様に助手席に座り、町中を指さすセシリアさん。もちろん、俺が買う物なんて無い。
セシリアさんが買った物を、両手に持ちきれなくなったら車に置きに行くという事を繰り返し、四時間程のショッピングタイムは終了した。
そのお礼に『リオンちゃんのドライブに付き合ってあげる』という事で、郊外へと車を走らせていたのだ。
辺境と言われる宙域の農業用のコロニーには、あまり人は住んでいなくて、恒星に向けている面とは反対側の宇宙港の近辺にしか町は広がっていない。
そこから先は、木々が生い茂り綺麗な湖や川が流れている公園の様になっていた。
「あら、綺麗ね!」
後部座席で荷物整理をしていたセシリアさんがシートの間から顔を出し、そのまま助手席へと座る。
町中にあった小さなショッピングモールで「辺境は物価が高いわぁ」とか言いながら、抱えきれない程の買い物をして、買い忘れが無いかチェックをしていたのだ。
「はい、リオンちゃん。あーん」
目の前にショッピングモールで買ったハンバーガーが差し出されていた。
セシリアさんが手に持ったまま、食べさせようとしてくれているのだ。
「だ、大丈夫ですよ。じ、自分で持って食べられますから」
「あら、安全運転の為じゃない。自動運転じゃないんだから。はい」
「……」
もちろん、女性に食べさせて貰うなんて経験した事が無い。
どうして良いのか分からなかったけれど、断るのも失礼かも知れないので、差し出されたハンバーガーにかじり付いた。
「むぐっ……美味ひぃ!」
作業コロニーにもハンバーガー屋くらいは有ったが、このコロニーのバーガーはアウグドの高級店並みの美味しさだった。やはり新鮮な農産物のお陰なのだろうか。
「あらあら」
セシリアさんの指が伸びて来て、俺の口の横をなぞったかと思うと、指先に付いたケチャップを、そのまま自分の口に運んでしまった。
「えっ」
「はい」
驚いている俺には全く気が付いていないのか、セシリアさんは何も気にせず、また食べかけのバーガーを口の前に運んでくれている。
「あーん」
俺は真っ赤になりながら、バーガーを食べさせて貰った。
「可愛い……」
セシリアさんは嬉しそうにしながら、今度はフライドポテトを口元に運んでくれている。俺は周りの景色なんか目に入らない状態で運転を続けた……。
湖の広がるエリアを越えると、深い森のエリアが続いていた。
気のせいかも知れないけれど、恒星の光を浴びた森の空気は澄んでいて、とても心地が良い。
チラリと横を見ると、セシリアさんは赤い髪を風に靡かせながら、優し気に森の木々を眺めていた。透き通るような緑色の瞳がとても綺麗だと思う。
キラキラした木洩れ日の中、木々の間を抜け、道なりに山の方へと登って行った。
一番眺めが良さそうな所に展望台があり、そこに車を寄せる。人生で初めて、山の頂上と言われる場所に辿り着いたのだ。
アウグドにも砂漠地帯以外に美しい緑の山や海が有ったけれど、一度も行く事が出来なかったから、始めて見る遠くまで見渡せる景色を呆然と眺めていた。
「ねえ、リオンちゃん。あっちの方に畑の様なものが見えるわ。行って見ましょうよ!」
「はい」
自動販売機で飲み物を購入して。登ってきた道とは反対側の道を下って行く。
登って来る時もそうだったけれど、こちらの道もかなりカーブが多い。
GWとは感覚が違うけれど、車でのコーナリングはとても心地良く、楽しんでいるうちに山から下りてしまっていた。
「リオンちゃん。運転上手ね」
「えっ?」
「無駄なく滑らかにスルスルとコーナーを抜けて行くわね。流石ね」
「はあ」
セシリアさんに指摘されて初めて気が付いた。
ディーグルやシャルーアを駆る時に、出来る限り速度をロスせず、極力円を描く様にテールスライドさせる感覚で運転をしていたのだ。
「それでいて、不快なロールや急減速もないから、とても心地良いわぁ」
「あ、ありがとうございます」
GWの操縦を褒めて貰った訳ではないけれど、何となく同じ事のようで嬉しかった。
セシリアさんは、アルテミスみたいに褒めた後に『でも、まだまだです。慢心しないように』とか言わないから、嬉しいけれど何だかむず痒い。
ドライブを続けているうちに、いつの間にかコロニー内の明かりが赤みを帯びていた。時刻に合わせた光のフィルタリングで、夕方の空色になってきたのだ。
作業用コロニーでの人工的な光や、恒星から距離の有るアウグドの夕方とは違う、何だか包み込まれる様な暖かな光だった。
「夕焼けの麦畑なんて、何だか素敵ね……」
町から一番遠いエリアまで車を走らせると、意外にも昔の映画に出て来るような田園風景が広がっていた。
それほど広くはないけれど、古い家の周りに畑が広がっているのが見える。余り人が住まないエリアに、誰かが農業をしながら住んでいるみたいだ。
車を降りて夕焼けに染まる空と麦畑を眺めていると、畑仕事から家へと帰る人影が見えた。
このエリアに人が来るのが珍しいのか、こちらに気が付くと白髪の老人が近寄って来て、嬉しそうに話し掛けて来た。
何だかとても優しげなお爺さんだ。