第33話 「作業場のリオン」
面談後にセシリアさんに誘われて、艦内の食堂に行く事になった。
この面談用の服を着たままで行くのは恥ずかしくてちょっと嫌だ。
着替えたいと伝えると、着替えを持っているのか聞かれて困ってしまった。確かに着替えは持って来ていない。
「パイロットスーツしかないです」
「儀礼服かパイロットスーツかぁ。どっちも目立つわね」
「儀礼服?」
「リオンちゃんが着ているのは、儀礼服って言うのよ。式典とか公式な場に出る時に着る正装の事よ」
俺が『面談用の服』と言う度にセシリアさんが微笑んでいると思ったら、俺が着ているのは『儀礼服』と言うものらしい。そう言えばアルテミスが最初に言っていた気がする……。
「良いわ。着替えを持って行くから、部屋で待っていて」
セシリアさんはそう言い残すと、手を振りながら何処かに行ってしまった。
「あ……」
色々と面倒を見てくれて嬉しいのだが、実は少し困っていた。
──セシリアさん。ここ何処ですか……。
必死に記憶を辿り、最初に案内された部屋を目指した。でも、やはり迷ってしまった。
儀礼服だからか、すれ違う人たちに怪訝そうな目で見られている。
うろうろと歩き回り、やっとのことで部屋に辿り着くと、部屋の前でセシリアさんが待っていた。
「リオンちゃん遅いわよ。艦内放送で迷子の案内を出すところだったわ。紺に白の儀礼服を着た男の子を探して下さいって」
「ごめんなさい。部屋からの経路を覚えていませんでした」
「あら、私の後ろ姿に見惚れていたのかしら」
「い、いや……」
否定をしたが、言われて見ればその通りだった。
見惚れていたわけではないけれど、セシリアさんの事で頭がいっぱいで、他の事が目に入っていなかったのは事実だ。気を付けなければ。
「はい、これ」
セシリアさんが持っていた赤い服を渡された。どうやらメカニックが着るつなぎの作業服の様だ。
「伸縮性があるから入ると思うけれど、窮屈だったら上は開けとけば良いわ」
「ありがとうございます」
「騎士様。お着替えをお手伝い致しましょうか?」
「い、いえ、す、直ぐに着替えてきます」
慌てて部屋に入り、直ぐに儀礼服を脱ぎ、貸して貰った作業服を身に付けた。
言われた通り伸縮性がある素材だったので、意外にすんなりと足を通す事が出来る。でも、上半身は窮屈だったから、袖を通さずに腰の所で結んでおく事にした。
作業服から何だかいい香りがすると思ったら、セシリアさんがいつも着けていた香水の香りだった。
最初に会った時の下着姿を思い出してしまい、ドキドキしてしまう。
案内して貰った食堂は、意外なほど明るい雰囲気だった。
アウグドの街中にあったフードコートの様な感じで、皆楽しそうに食事をしている。
イーリスでは部屋か格納庫で独りで食べていたので、まるで別世界だ。
「軍用艦の食堂って、こんな感じなんですね」
「うーん。この艦は特別かな。公務で使用される艦艇だから、対外的にもイメージを良くする為に、居住性は客船の様になっているわね」
「そうですか。やはり他の艦艇は違うのですね」
「あら、リオンちゃんの船はどうなの? あ、そう言えば、オーディンの艦艇には人が乗っていないって噂で聞いた事があるけれど、あれは本当なの?」
「えーと……」
何と返答して良いのか分からなかったが、ここで何人も乗船していると言っても、これから行動を共にするのであれば、そのうち嘘だとバレてしまうので話す事にした。
「本当の事なのね! 流石はオーディンの艦艇ね。あのサイズの艦艇が無人運用とか信じられないわ」
俺自身がオーディンの事も他の軍の事も、まだ良く知らないので比べられないが、オーディンの技術というのはやはり凄いのかも知れない。
「という事は、あの船にはリオンちゃん独りって事?」
「ええ、人という意味だったらそうなります」
「あら! だったら私そっちの艦に引っ越そうかしら。オーディンの騎士様に悪い虫が付かないように……私が守ってあげるわよ。うふふ」
「あ、えっ?」
何と返事して良いのか困ってしまった。
思わず赤いドレスのセシリアさんとイーリスで過ごす事を想像してしまい赤面してしまう。
「あらあら、リオンちゃんどうしたの? そんなに顔を真っ赤にして。本当に可愛いらしい……」
『大型艦艇接近中。アウグド政府の認証コードを確認。但しGW隊は警戒を継続のこと』
警告音と共に艦内放送が流れ、食堂に居た乗組員達が一斉に動き始めた。
アウグド政府の艦艇が来るなんて、どういう事なのだろう。
『アウグド艦艇より小型シャトル発艦。GW隊は格納庫への着艦をサポートせよ』
「何かしらね。リオンちゃん、私達も格納庫へ行きましょう」
どうやらアウグド政府から使者が来たらしい。
セシリアさんに促されて、小型シャトルが着艦する格納庫へと急いだ。
小型シャトルにはアウグドの外交官が乗っていて、アウグド政府よりイツラ皇女へ最大の好意が示されたという事だった。
アウグド政府の艦艇には、武器類を含め艦艇の運用に必要な補給物資が満載されていて、全てを無償供与してくれたそうだ。
戦争を平和裏に止めるべく、必死に活動を続けていたイツラ様への感謝を示す贈り物という事らしい。
そして、この艦への乗船を志願した者達を、アウグドから一緒に運んで来てくれたと言う事だった。
殆どの者がヤーパンの出身者や軍関係者らしいけれど、みんな危険が待ち受けるこの艦に意気揚々と乗船して来ていた。
次々と運ばれて来る補給物資やシャトルから降りて来る人達を見ていると、その中のひとりが俺の顔を見て急に近寄って来た。
「おっ、兄ちゃんもこの艦に志願して来たのか! 俺が鍛え上げてやるから楽しみにしてな!」
どこかで見た事がある顔と思ったら、パーツショップの親父だった。何で街のパーツショップの親父が乗船しているのだろう。
「あら、ヤスツナ軍曹とお知り合い?」
「ええ、まあ。えっ……軍曹!」
「おっと、修理が忙しそうだな。兄ちゃんついて来な。しかし何だその作業服の着方は」
「あ、ちょっと小さいので……」
「おい! この兄ちゃんに合う作業服をくれ!」
ヤスツナ軍曹と言う人が叫ぶと、作業場に居た人が慌てて作業服を持って来た。よっぽど怖い人なのだろうか。
「その辺の隅でとっとと着替えな! メカニックは時間との勝負だ!」
「えっ? あ、はい」
何だか分からないまま、GWの補修をしているバンカーへと連れて行かれる。
振り向くと、セシリアさんが口に手を当てながら笑っていた……。
結局、それから半日以上に渡り軍曹の元でGWの補修作業をみっちりと教え込まれる事に。
なかなか筋は良いと褒められ、これからも定期的に自分の下に付くようにと言われた。
もちろん、ヤーパンのメカニックの人達は、作業服姿の俺が誰だか分かっていない。志願して参加して来たメカニックだと思っている。
まあ、何度も頭を小突かれたりするけれど、機体の勉強の為には、メカニックの現場に参加させて貰える事は有難いのかも知れない。
それにメカニック部門の雰囲気は、親方やあんちゃん達、気の荒い作業コロニーの大人たちを思い出させてくれて、何だか嬉しいのだ。