第32話 「皇女イツラ」
「……わたくしはオーディンの騎士見習い、リオン・フォン・オーディンです。お会いできて光栄でございます」
アルテミスに訓練された通りの挨拶をすると、ベージュのふわりとしたドレスの少女がゆっくりと近寄って来た。
あまり女性の年齢は分からないが、自分よりも少し年下の少女が皇女イツラ様のようだ。
しかし、表情や所作から醸し出される雰囲気は、凛としていて威厳すら感じてしまう。とても自分よりも年下とは思えない。
そのイツラ様が目の前に来て表情を明るくした。
「私こそお会いできて光栄でございます。オーディンの騎士様にお会い出来るなんて。国に戻ったら皆に自慢出来ますわ!」
「いえ、俺……わたくしは、騎士見習いですので」
「まあ、ご謙遜を。皆から騎士リオン様のご活躍の事は聞き及んでおります。騎士様のご活躍でお救い頂いたと」
「いえ、そんな事はありません。貴軍のお手伝いを、わ……僅かばかり、い、致しただけにございます」
介入の事を褒められたら、こう答える様にと言われていたのだ。何とか訓練通りに言えた気がする……。
すると、床に着きそうな長い袖が伸びて来て、急に手を握られた。細くて小さな手だ。
「流石は高潔な騎士様。凛々しき事にございます」
「い、いえ……」
お淑やかな言葉とは裏腹に、アーモンド色の瞳が興味津々といった感じで覗き込んで来る。
正直に言うと、イツラ様はとても可愛らしい。こんな年齢の少女と面と向かって話した事などないから、緊張で足が震えそうになっていた。
彼女は手を握ったまま、俺の顔のパーツをひとつずつ確認している様だった。
「イツラ様」
横に控えている従者の様な人が、堪らず声を掛ける。
「あ……。そうでした。リオン様にお願いがございます」
イツラ様が急に表情を引き締めた。恐らく依頼の事だろう。
「オーディンの騎士リオン様。どうか私達と共にヤーパンへと向かっては頂けませんか。何卒、私達をお救い下さいませ」
彼女の小さな手に力がこもり、アーモンド色の瞳が強い眼差しを向けている。
アルテミスからは『何処までか護衛をして欲しい』との依頼があるだろうとは聞いていた。
そして何故かは分からないが、それを受けるのか否かは自分で判断して答える様にと言われている。その為にある質問をする様にと……。
「イツラ様。光栄なご依頼でございますが、その前にひとつお聞きしても宜しいですか」
「はい」
「イツラ様は、何故アウグドに来られたのですか」
問い掛けにイツラ様の表情が不意に厳しくなる。
「戦争を止める手立てを探しに参りました。アウグドには全ての経済コロニー政府の外交官が駐在しています。その方たちとの面談を通して、平和裏に事を進める手立てがないものかと思い、今国を動けない父に代わり反対を押し切り全権大使として参りました」
「命の危険が有ると言うのに?」
「構いません。それと幸運にもオーディンの意向を受け取る事が出来ました。オーディンがドロシア共和コロニー連合と共にあるとの噂を聞き、ヤーパンもドロシア側に参加するべきとの動きがありましたが、それが間違いで有る事が分かりました。この意向は命を賭してでも国に持ち帰らねばなりません」
「そのヤーパンへの行程に同行せよと言う事でございますか」
「その様な……もし助力を賜れるのであればという事でございます。そして、ヤーパンにオーディンの騎士様がご同行頂けるのであれば、オーディンの意向を証明する何よりの証左となりますゆえ」
イツラ様が悲しそうに目を伏せた。
この小部隊で戦争の続く宙域を抜け、ヤーパンへと戻る事がどれほど困難で無謀な事なのかが分かっているのだ。
身の安全を望むのであれば、アウグド政府に庇護を求め、戦争が治まるまでアウグドに留まれば良い。
だが、彼女は命を賭して国へ帰ろうとしている。『オーディンは常に中立の立場を取る』という、たった一言の情報を国へと持ち帰る為に。
俺の答えはひとつだ。
「俺はまだオーディンの騎士ではありません。ただの見習いでしかありませんが、戦争を止めたいと思っています。その手助けになるのであれば、喜んでヤーパンへと向かいます」
イツラ様が目を輝かせて見上げている。小さな手が俺の手をしっかりと握り小刻みに震えていた。
そこには辛い感情を抑え込み、恐怖と戦っていた幼い少女の姿があった。
騎士騎士と言われて、そんな気になっていたのかも知れないが、俺はこの姫様を守りたいと心底思ってしまったのだ。
「リオン様。ありがとうございます!」
イツラ様が輝く様な笑顔になり、周りに居た人達から歓喜の声と拍手が湧き起こる。
こうして俺はイツラ姫の一行と共に、ヤーパンを目指し長く危険な道を歩むことになったのだ。
イツラ姫と重臣の方々との話を終え、部屋に戻ろうと扉に向かい歩き始めた時だった。ヤーパン軍とは違う軍服を着た男性が近づいて来たのだ。
「エルテリア軍のエドワード・ヒューイ准尉だ。先ほどはどうも。ディーグルのリオン君」
「えっ。まさか、あのエドワードさんですか」
「やはり君だったか。対戦した時から他とは違うとは思っていたが、オーディンの騎士だったとは……恐れ入ったよ」
「いえ、騎士だなんて、まだまだです。ただの見習いです」
「いやいや。地上戦もだが、さっきの戦い方とか尋常じゃなかったぞ」
「いえ、あれは機体とCAIの能力が高いだけです」
「それは違うぞ。本当にそれだけで強くなるのであれば、宇宙中エースパイロットだらけだ。パイロットとの連携があってこそのCAIであり、強い機体という事だよ」
俺の場合はそれに当てはまらない気がするが、あまり詳しい事は機密事項になるはずだから反論はしないでおこう。
「ありがとうございます」
「エルテリア軍もこのままヤーパンの宙域まで同行する。宜しくな……いや、宜しくお願いします、我が永遠の忠誠を捧げるオーディンの騎士様」
エドワードさんが笑いながら手を差し出して来た。
「こちらこそ。まだまだ未熟な見習いとして、エドワードさんから沢山学ばせて頂きます」
まさかアウグドの模擬戦闘で対戦した相手とこの様な形で再会し、その上ヤーパンの姫を守る旅を共にするとは思ってもいなかった。
だけど共に戦う仲間が増えた様で何だか嬉しい。
握手を交わす俺達の姿を、扉の脇に立つセシリアさんが嬉しそうに見つめていた。