第30話 「黒騎士」
────人類の居住域は、人類生誕の星から発展した宇宙コロニー群である『セントラルコロニー群』から始まり、徐々に近隣の惑星へとその範囲を広げて行った。
セントラルコロニー群を中心に、最も近い惑星圏に『パナフィックコロニー群』、次に『ウルテロンコロニー群』が形成され、続いてロドリアン、ユーロン、ドロシアといったコロニー群が形成されて行った。だが、中央政府のあるセントラルコロニー群からは遥か遠くの宙域に形成された為、全てをセントラルコロニー政府がコントロールする事が困難となり、次第に各コロニー群の自治を認める方針を取る事となった。
その様な経緯により各コロニー群に自治を認めたものの、それらはセントラルコロニーの政治的・経済的支配下に於ける自治であり、富や資源は引き続きセントラルコロニーへと吸い上げられ、決して対等な立場や政治参加を認めるものでは無かった。
ゆえに影響力の及びにくい遠いコロニー群より独立自治の機運が高まり、人類は生誕の星の歴史と同じく、各宙域で幾度も紛争が起こる時代へと突入していくこととなる。
グランドアース歴一二五九年に始まり、後に『ギャラクシードール戦役』と呼ばれる戦争は、翌年の一二六〇年には人類の生活圏を二分する大戦の様相を呈していた。
過去の歴史において、これほど大規模な戦争は人類が宇宙に居住域を広げてから初めての事である。
紛争の発端は資源惑星を巡るセントラルコロニー政府との諍いにより、ドロシア共和コロニー群が先に仕掛けたものだ。
最初の衝突が起きたのはドロシア共和コロニー群の近隣宙域であり、セントラルコロニー群からは最も遠い宙域での出来事であった。当初は駐留軍の数も少なく、緒戦に敗れ撤退を余儀なくされていたセントラルコロニー軍であったが、援軍を差し向けさえすれば鎮圧出来るものと踏んでいた。
しかしながら、ドロシア共和コロニー側は、この軍事衝突に先立ち、外交による他のコロニー群との同盟締結など、かなり入念な準備を行っていたのだ。
ドロシア側は戦端が開かれるや否や、セントラルコロニー宙域に向け素早く侵攻を開始した。またロドリアンコロニー群とユーロンコロニー群の相次ぐ参戦により、三方から挟まれる形となったセントラルコロニー軍は後退を余儀なくされ、瞬く間に中間宙域にまで防衛線を押し下げられたのである。
思わぬ苦戦を強いられたセントラルコロニー軍は、連合を組んでいるウルテロンとパナフィックコロニー両軍を直ちに参戦させ、いわゆるCUP防衛ラインを構築。中間宙域での攻防に於いてDRE側の進撃を食い止める事に成功。ドロシア側も広大な宙域に、左翼、中央、右翼と艦隊を三分割して展開している事もあり、セントラルコロニー側の防衛ラインを攻めあぐねる状況となっていた。
そして、ここ数ヶ月の間にセントラルコロニー側から見て左翼に当たる宙域に於いて、大部隊が敗北するという事態が起きた。事を重く見たセントラルコロニー軍首脳部は急遽増援を送り、ドロシア軍の右翼方面隊と対峙させることとなったのである。
「DRE連合の侵攻を完全に食い止める事が出来ましたな。やはり我らセントラルコロニー軍の単独部隊で対峙すれば、ドロシアの烏合の衆など相手ではありませんな」
「まあ、我々は深追いせずに防衛に徹し、この宙域を突破される事さえ防げれば良いのだ」
展開している部隊の後方宙域に浮かぶ大型艦艇、その艦橋に集まるセントラルコロニー軍の士官達が、戦局と陣形を映すモニターを眺めながら満足気に話をしている。
情報では連合軍の大部隊を次々と破って来た強敵という事で、かなり苦戦を強いられるものと覚悟して赴いたのだが、対峙した敵艦隊はさほど強くはなく。苦戦することなく均衡した状況へと持ち込む事が出来たのだ。
それ以来、膠着した状況が続き、既に数週間が過ぎていた。
この状況を保ちさえすれば自軍の防衛ラインを突破される事はなく、連合軍の防衛ラインがこれ以上後退する事もない。
いくらドロシア共和コロニー群の経済圏が巨大になって来たとはいえ、CUP連合とでは経済力・軍事力共に大きな差があり、セントラルコロニー本国からの援軍の到着まで持ちこたえる事が出来れば、一気に戦局を巻き返せる可能性は高い。
その機に乗じて一気にドロシア本国にまで攻め込んでしまえば、再びセントラルコロニー政府を中心とした強固な政治体制へと時を巻き戻す事すら可能になるのだ。
艦橋に集まった士官達に焦りの色はなく、むしろ余裕すら感じさせる表情をしている。
「この防衛ラインを保ちさえすれば、そのうちヤーパンやエルテリアも旗色をはっきりさせて、こちら側に加わるだろう。そうなればDRE連合などあっさりと瓦解するだろうな」
「そもそも、ヤーパンもエルテリアも今の時点で我が連合軍への参加を表明していない事が愚かしい。ドロシアが片付いたら、一度お灸を据えてやるべきだな」
「全くだ。辺境に有るとは言え、日和見とはずる賢い奴等だ。まあ、奴らはオーディン様のご意見を尊重するのが国是みたいなものだからな」
「オーディンねぇ。最近めっきりと噂すら聞きませんな。実はもう滅んでいるのでは?」
その言葉に一部の士官達から嘲笑にも似た笑いが湧き起こる。
「その昔『オーディンが世界の秩序を保つ』とか大層な事を言っていたらしいが、実のところは……おい、あれは何だ?」
士官達が見つめるモニターの中で、これまで何の変化も無かった宙域にいきなり火球が連続して発生したのだ。
「業を煮やしたドロシア側の部隊が突出して、一気に迎撃でもされているのじゃないか?」
艦橋で話を続けている士官達は、無謀な攻勢に出た敵の愚かさを笑った。強固な防衛陣を布いているこの宙域において、そう易々と戦局を変える攻勢など不可能なのだ。
「直ぐに全滅して、また膠着状態に戻るだろう」
「それにしても随分と火球が連続しているな。そんな数の部隊が突出して来たのか。本当に馬鹿な奴等だ」
「ここまで偶然の勝利が続き、自分達が強いとでも勘違いしているのではないか?」
「おお、また火球が増えた。敵さんも必死だな」
「気に留める程の事ではない。そもそもこの分厚い陣形を敵が抜けて来るなどあり得ないからな」
余裕の表情をしながら遠くの宙域に咲く火球を見つめていた士官達。だが、モニターに映る景色の変化に一瞬自分達の目を疑った。
目の前の宙域に突如として漆黒の機体が姿を現したからだ。
「な、何だこの巨大な機体は! 味方機か」
「いや、この機体は……まさかオーディ……」
漆黒の機体から放たれた艦砲射撃級の高出力粒子レーザーが大型艦艇の艦橋を貫き、士官達の姿が瞬時に蒸発した。次の瞬間、艦艇が巨大な火球に包まれる。
その後も、セントラルコロニー軍の艦艇の間を凄まじい速度ですり抜けて行く漆黒のGWの姿があり、その行く手に展開している艦艇は次々と火球へと変わって行った。
漆黒のGW、いやGWと言うには巨大過ぎる機体が、セントラルコロニー軍の一角を短時間で火球へと変えて行く。防衛艦隊の陣形が大きく崩れて行った。
そしてタイミングを見計らっていたドロシア側の艦隊が、その隙を逃さず一斉に突出し、膠着していた戦局を一変させた。
混乱状態に陥ったセントラルコロニー軍の艦隊は、崩れた陣形を立て直す暇すら与えられず、結果的に敗走の一途を辿る事となったのである。
────
「何度見ても凄まじいものだな。オーディンの黒騎士か……。敵にはしたくないものだ」
ドロシア共和コロニー軍の指揮艦の艦橋で、戦局の成り行きを見守っていた金髪の男が呟く。
まだ若く、その引き締まった体躯を、洗練されたデザインの黒を基調とした佐官用の軍服が包んでいる。
襟元の階級章は、彼が大佐である事を示していた。
「後はヤーパンとエルテリアを従わせれば、セントラルコロニー連合などそう長くは持つまい。アウグドに送った部隊が任務を成功させていれば、そう遠くはない話だな」
「ヴィチュスラー大佐、追撃をどう致しましょう」
彼の横に控えていた下士官が直立不動の体勢で問いかける。
「今回は徹底的に追撃を行い、更に攻勢を仕掛ける。我が連隊を押し出し敵の左翼側防衛ラインを大幅に下げさせるのだ」
「はっ! 直ぐに全軍に通達致します」
「アウグドに送った部隊から連絡は来たか」
「いえ、まだ何も連絡はありません」
「そうか。念のため二個大隊をヤーパン回廊の入口付近に向かわせろ。逃すなよ」
「はっ!」
敬礼をして下がる下士官を一瞥すると、ヴィチュスラーと呼ばれた男は艦橋の外に視線を移し、青く燃える眼差しで自軍の艦隊と瞬く星々を見つめていた。
いつも読んで頂きありがとうございます。
今話より【CAAIアルテミス】の章が始まります。
そして『ギャラクシードール戦役』の全体像が語られる様になりますので、そちらの物語の展開も楽しんで頂けますと幸いです。
※R51028 大幅に加筆してみました。読み易くなっていると幸いです。
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磨糠 羽丹王