第28話 「リオンの適応」
アルテミスによる機体制御が入り、あらぬ方向からのGに思わず変な声が漏れる。
「ぐっ……うぐっ……」
急加速と急回頭が立て続けに行われ、体ごと頭が振り回される。
機体の動きに追いついていない視界の中を、太い粒子レーザーの光が何本もすり抜けて行った。
この一本でも機体に当たれば、シャルーアといえども大ダメージ……いや、場合によっては破壊されるかも知れない程の出力だ。
目まぐるしく方向が変わるモニター画面に、何も見えない宙域に何かがピックアップされ、そこから無数の赤い点がピックアップされた。尋常じゃない数のミサイルだ。
『リオン、敵ステルス艦発見。恐らく重巡洋艦クラスかと思われます。当該艦艇からの攻撃と被弾回避の為、機体制御は私が全て対応します。リオンは挟みこんで来ている敵部隊への迎撃に注力して下さい』
「りょうか……ぐっ……」
アルテミスの激しい制御に、視線も思考も付いて行けない。予測も出来ない動きで頭が揺さ振られる。
──この状態で敵機に照準を合わせるとか……。
『リオン、落ち着いて。目をつぶり、体感でシャルーアの動きをイメージして。あなたがディーグルで出来ていたように、シャルーアの動きにイメージをシンクロさせるのよ』
アルテミスの言葉で、慌てて目をつぶった。視界が遮られ更に頭が揺さ振られる。
だが、体に感じる細かなGでシャルーアの挙動が、宇宙を縫うように進んでいく様が感じられる。
──そうか、立体的なテールスライドだ!
機体のスピードを極力落とさず、それでいて敵に移動先を予測させない動き。
アルテミスは敵の攻撃を釣り込む挙動で、敵からの射撃を躱しているのだ。
その時、頭の中で描くシャルーアの動きと、体感で伝わる動きが一致した。目を開き照準を確認する。
モニターに映る状況が目まぐるしく変わるけれど、シャルーアの挙動が読めて敵機の位置を確実に目で追える様になっていた。
シャルーアの次の挙動に合わせ、照準の位置もその方向に移動する事が出来る。
照準が合った瞬間にトリガーを引き、直後に敵が躱した場合に移動するであろう位置へと照準を移動させ追撃を撃ち込む。
着弾を確認することなく、次の敵機へと照準を動かし、同じ動作を繰り返した。
その途中でシャルーアの急激な挙動が入っても、体も視線もブレない。
敵機の放った追尾式ミサイルの赤い軌道も、落ち着いて判断できる。
敵機体を粒子レーザーで撃墜しながら、ミサイルを機銃で迎撃。
アルテミスが高度な機体制御で敵艦からの強烈な攻撃を躱し、俺が挟み込んで来る敵機を迎撃し続けた。
アルテミスとの連携で敵の攻撃を往なし、この危険な宙域からの離脱を目指しているが、増え続ける敵部隊に上手に囲まれ、なかなか離脱出来ないでいた。
このまま敵部隊の包囲が完成し、敵艦と挟撃される状況に陥ると、流石にアルテミスの機体制御でも被弾を避け続けるのは難しいかも知れない。
「アルテミス。あの艦艇に対して攻撃は出来ないの? 敵部隊の数が増えて来ているよね」
『ええ。ですが、重巡洋艦クラスにシャルーア一機では敵いません。火力が余りにも違いますから』
「敵部隊の隙を突いて離脱するしかないのかな」
『ええ。今、最善ルートを演算しています』
そんな会話をしている最中も、敵艦からの容赦ない攻撃と、適度な距離を保ちながら包囲を狭めて来る敵部隊からの攻撃が続いている。何とか凌いでいるけれど、かなり厳しい状況だ。
『リオン。敵艦の砲撃を釣り込みながら、六時方向に離脱します』
「でも、そこは敵部隊が一番厚い宙域じゃないの?」
『リオン。この宙域にはシャルーア一機しか居ない訳じゃありません。確率としてこの方向が一番安全です。リオンはその宙域の敵機への攻撃に注力して』
「了解」
アルテミスが敵の包囲が最も薄い宙域へシャルーアを回頭させる。
もちろん釣りだ。包囲が薄いのは、こちらを誘い込む為の罠なのだ。
模擬戦闘による訓練を繰り返して来たお陰で、そういう事も感じる事が出来るようになっていた。
案の定、敵艦と敵部隊はシャルーアを上手く誘い込んだと思い、一気に包囲を狭めて来る。
次の瞬間、凄まじいGと共に瞬時に回頭し、敵部隊の動きの裏を掻き、包囲が一番厚い宙域へとフル加速した。
アルテミスの機体制御で敵の包囲網を掻い潜り、前方に迫る敵機を次々と照準に収めトリガーを引く。
敵機が集中している宙域に飛び込むと、重巡洋艦からの砲撃が止んだ。艦砲射撃の射線上に味方機が入るので、同士討ちを避ける為だ。
艦砲射撃の脅威を脱する事は出来たけれど、敵機からの激しい攻撃は続き、なかなか分厚い包囲を破れない。それでもアルテミスは淡々と機体を制御し、敵の攻撃を釣り込み躱して行く。俺も怯むことなく攻撃を続けた。
そして、敵の包囲に綻びが生じたと感じた矢先、包囲網の外側からの攻撃で敵機が火球に変わる。
こちらの介入に気付いたヤーパン側の部隊が押し出して来てくれたのだ。
HUD上に味方を表すグリーンの丸が次々にピックアップされ、敵部隊の陣形が一気に崩れる。
『リオン。機体制御をあなたに戻します。一旦ヤーパン部隊の後方へと回って下さい。私は敵ステルス型重巡洋艦の情報をヤーパン部隊に送信します』
「了解」
敵部隊の包囲を一気に抜け出し、ヤーパンのGW部隊の後方へとシャルーアを移動させる。その間にアルテミスが敵重巡洋艦のデータを送信した。
データを受信する為にシャルーアに寄せて来た機体は、濃紺と白を基調にしたカラーリングが施してあり、今までに見たGWとは違う雰囲気だ。
ドロシア軍のGWは、どちらかと言えば全体的にガッシリとした感じだけれど、ヤーパン軍の機体は細身でシンプルな感じだ。その分、動きが俊敏そうな印象を受ける。
そのヤーパン軍の機体が、次々とシャルーアの横をすり抜け敵へと向かって行った。
直ぐにドロシア軍との交戦が始まったが、両軍とも陣形を崩さず、均衡した状態が続いている。
そんな中、高火力で戦局を打開するつもりなのか、敵の中央部分から例の重巡洋艦が押し出して来た。
ステルス型艦艇の姿は視認し難いが、アルテミスにピックアップされてからの航跡は捉えられている。情報を共有したヤーパン軍のHUDにも確実にピックアップされているはずだ。
ヤーパン軍の部隊が、直ぐに敵重巡洋艦からの砲撃を躱せる位置に配置を変え、迎撃態勢を整えた。
その動きに重巡洋艦もそれ以上は前進せずに、GW部隊の援護射撃に徹し始める。
そのまま決め手を欠く攻撃の応酬が続き、再び戦局が均衡し始めた。
そもそも、ヤーパン軍は重要人物が乗船している艦の護衛が任務であり、敵部隊の殲滅が目的ではない。これ以上敵部隊を艦艇に近づかせなければ良いのだ。
このまま拮抗した防衛戦が続くのかと思っていた矢先、敵後方の天方向に新たなGWの機影と大型艦艇が二隻ピックアップされる。
──あれは、敵か味方か……それにより戦況が大きく変わる。