第27話 「シャルーア介入」
『緊急対応の為、通貨カードの持ち出しと域外宙域への離脱を申請』
『了解。通貨カードの持ち出しと域外への通行を許可する』
アウグドの出入国在留管理局とイーリスⅡのCAIの通信が聞こえて来た。
通貨カードは域外への持ち出しは厳禁だが、緊急事態が起こっているので、特別許可が下りた様だ。
「ねえ、アルテミス。地上戦が陽動だと言っていたけれど、つまりこの宙域に何か目的が有るという事?」
『ええ。恐らく重要人物が乗る艦艇が停泊している可能性が高いかと思われます』
「その人の殺害が目的なの」
『いえ、重要人物を人質にして、自勢力への参加を強制するつもりでしょう。狙われているのは、ヤーパンかエルテリアコロニー群の所属艦艇だと思われます』
「ドロシア共和コロニー群は、卑怯なやり口を使うんだね」
『戦争ですから……。どの勢力も、ありとあらゆる手段を使って来ます』
「セントラルコロニー群側も同じという事?」
『はい。重要人物滞在の情報をセントラルコロニー側が得ていたならば、この襲撃をセントラルコロニー側が行う事になったかも知れません。どちら側が情報を入手したかの差かと思います』
「そうなんだ……」
現実を思い知らされた気がした。でも、戦争の汚さはそんなものなのかも知れない。
そう言えばアルテミスは「オーディンは常に中立を保つ」と言っていた。
狙われている艦艇を守ると言うのが、きっとその中立を保つのに必要なのだろう。
「その艦艇は、どの宙域に居るのか分かるの」
『先程離脱した敵艦艇の航跡を追っています。おそらくその付近の宙域に停泊していると思われます』
「分かった。その艦艇を守れば良いんだね」
『はい。必ず守らなければなりませんので、シャルーアで介入します』
「了解」
『イーリス。状況は?』
『はい。前方宙域で交戦が行われている模様』
イーリスⅡのCAIが向かうべき宙域を見付けてくれた様だ。
『リオン。準備は良いですか』
「ああ、いつでも大丈夫だよ」
『久しぶりの宇宙空間ですから、感覚の違いに気を付けてね』
「本当だね。体が軽くて変な感じだよ」
『リオン。今度は陽動では無いから、先程とは違い敵も強力で、かなり厳しい戦闘になると思います』
「了解」
ディーグルよりも鮮明な全球モニターに、イーリスⅡの格納庫の内部が映っている。
いつでも出撃出来る様に、シャルーアを出撃ゲート前に待機させた。
『前方宙域にヤーパンコロニー群の艦艇確認。周囲で多数のGWが交戦中』
『リオン。行きましょう』
フットペダルを強く踏み込むと、強烈な加速感が体を押さえつける。
出撃ゲートが開き、シャルーアの白亜の機体がイーリスⅡから飛び出した。
『認識コードをヤーパンのコードに合わせます。ピックアップ後にグリーンの丸で囲まれる機体は、ヤーパンのコードを持つ機体で敵ではありません』
「了解」
前方で明滅する戦闘の光が急速に近づいて来る。
HUDのピックアップが始まり、四角で囲まれた敵機が次々と増えて行く。
ピックアップされる敵機が視認出来る距離になると、その姿に怒りがふつふつと込み上げて来た。
「アルテミス! あの機体は作業コロニーを襲った黒色のGWだよね」
『はい。ほぼ同型と推測されます』
「あいつらか」
操縦桿を握る手に力が入る。
──あいつらのせいで、親方やあんちゃん達は……。
『リオン。落ち着いて下さい。怒りが能力を高める事は有りますが、冷静さを失わせ致命的なミスを招く場合があります』
「うっ……」
『パイロットステータスに『感情の起伏の大きさ』と『内的・外的要因に対する精神耐久性』を示すという重要な項目が有るのは、それが優秀なパイロットにはとても大切な要件だからです』
「分かった。注意する」
『大丈夫です。冷静にシャルーアを使いこなせば、リオンが望む結果は付いてきますから』
アルテミスと話している間に、敵対するGWの機体が射程に入る。
HUDにピックアップされているブルーの枠に照準を合わせ、トリガーを引いた。
高出力の粒子レーザー光が敵に届く前に、次の敵機へと照準を移動させ、すかさず撃つ。
その次も、その次も……怒りを飲み込み淡々と撃って行く。
最初の敵機が火球に変わると、撃った順に火球が広がっていく。
次の敵機に照準を合わせながら、こちらに気が付いた敵部隊の反撃を確認し、フットペダルを強く踏み込んだ。
コクピットシートに強く押し付けられながら、フットペダルを細かく組み替え、機体を俊敏に方向転換させる。
重力下のディーグルとの違いは、上下にも移動できる空間があると言う事だ。
宇宙では全十二時の横方向に加えて、天地それぞれ一八〇度を使って縦方向を表し、立体的に方向を示す事になる。
「アルテミス。十時から二時方向、天地四五度までは俺が対処するから、残りを宜しく」
指定した域内のミサイルを迎撃した後、追尾型ミサイルを加速と機体制御で振り切り、アルテミスが背面の機銃で次々に迎撃して行く。
こちらが細かく機体を移動させているのにも関わらず、乱れる事なく的確な射撃でミサイルを全て撃ち落とすアルテミス。やはり凄いCAIだ。
そのまま細かい機体移動で的を絞らせないようにしながら、前方に展開している敵部隊の間へとシャルーアを滑り込ませた。
それにより射線上に敵部隊同士が入る事になり、敵の粒子レーザーでの攻撃が一瞬止まる。
「アルテミス! HUD左半面の部隊は任せる」
『了解』
全球モニターの右半面を見ながら、ピックアップされている敵機体への攻撃順を頭の中で描き、素早く照準を合わせて行く。
アルテミスの様に高速で照準を移動させながら、照準が敵機上を通過する瞬間に撃つことは流石にまだ無理だけれど、それでも最小限の停止で射撃を行い、流れを切らさない様に次の機体へと照準を合わせて行く。スピードは重要だが撃ち漏らす方が厄介だ。
敵数機を火球に変え、敵部隊の密集している宙域をすり抜けた。
──ここで急回頭して、もう一度攻撃……。
そう思った時だった。
『十時方向、天三〇度から高レーザー粒子反応! 回避します』
「えっ、うぐっ……」
あらぬ方向からGが掛かり思わず変な声が漏れる。
アルテミスによる機体制御が入ったのだ。