第24話 「劣勢の模擬戦」
コクピット内に響く着弾の衝撃音。次弾の射線を予測しながら、両足を前方に突き出し一気に踏み込む。
脚の動きに連動して、ディーグルの両脚部が前方にホバリングのジェット噴出部を向け、フルブースト《最大噴射》でブレーキを掛ける様にして砂塵を巻き上げた。砂煙に機体を隠しながら急速後退を行う。
その後も足を細かく組み替えながら、直線的な動きにならない様にその場からの離脱を図った。
ディーグルよりもやや背の高い紺色の機体。無駄な装甲は削ぎ落されていて、各所に強力なブースターが装備されていて、かなり俊敏性が高い。
敵機の射程から一旦逃れ、モニターに映る被弾した箇所と破損の程度を急いで確認する。
──破壊はされていない。問題は無さそうだ。
『ハイエンドクラス・銃器使用有り』の模擬戦闘は劣勢に立たされていた。相手のパイロットの操縦が冴えているのだ。
事前に相手のこれまでの対戦を分析し、対策を練って来たつもりだけれど、相手はその予想を上回る動きをしていた。敵機の性能もだが、パイロットのレベルが高い。強敵だ。
今も釣り込んで当てる射撃のつもりが、逆に釣り込まれていた。
何とか躱したつもりだったけれど、躱し切れず機体の頭部付近に被弾してしまったのだ。
「アルテミス!」
「……」
「アルテミス? アルテミス、どうした」
それ程大きな衝撃は無かったのだが、アルテミスとの通信が途絶えてしまった。
「アルテ……うわっ!」
呼びかけを続けていると、フィールドの段差で機体姿勢が崩れた。慌てて立て直す。
──機体の情報やHUDの表示は問題ないけれど、機体の挙動にアルテミスの補助が感じられない。この先は自力で全てを操作しないといけないのか。CAIの補助無しで、どこまでこの難敵に対抗できるのだろう……。
『銃器使用有り』の対戦フィールドはかなり広く、様々な地形や障害物が設置されている。高台、森、砂、建物、壁。これらを利用しながら、相手の隙を突き銃撃を撃ち込んで行くのだ。
対戦の開始から既にニ〇分以上が過ぎ、その間に幾度も撃ち合いになった。けれど、お互いに決定的な損傷を与える事は出来ていない。
仕留めたと思った攻撃も寸での所で躱され、逆にこちらが反撃を喰らい、厳しいGに耐えながら往なし、事なきを得ている。
でも、今の攻撃はヤバかった。
銃器の残弾が少なくなり、焦って釣り込みを仕掛けたら、逆に釣られてしまっていた。
相手からの反撃を二射続けて躱し、隙を突いて再攻撃を狙ったけれど、そこを読まれていて、ドンピシャで三射目を当てられてしまったのだ。
こちらが被弾して動きが鈍った所を、敵が一気に畳み込んで来る。
距離を詰められない様に、フルブーストで後ろ向きに退避しながら、敵機のこれ以上の接近を防ぐために、敵の進行方向を予測しながら銃撃を撃ち込んだ。
その都度、敵の躱しそうな位置へと次弾を撃ち込んではいるのだが、ディーグルの移動位置を読まれている上に、弾道が丸見えなので簡単に躱されてしまう。
こちらも、相手からのきわどい銃撃を躱しながら、可能と思われる作戦を頭に巡らせる。
アルテミスの操縦補助は無いけれど、HUDの認識機能が生きているのが、せめてもの救いだ。
──こちらは銃器の残弾が殆ど無い。この状況で相手を上回るには……。
考えを巡らせた結果、かなり難しいけれど、ある作戦を思い付く。
先ずは最後の機体反応型地雷を準備。レベルの高いパイロットなので、恐らくは踏まないだろうけれど、そこが狙いだ。
地雷をホバリングで巻き上がる砂煙に紛れさせ投げ落とした。
HUDセンサーには感応され難い素材で出来てはいるが、CAIやパイロットのレベルが高ければ容易に発見できる。
そのまま全速で後退しながら、相手が気付くか否か挙動を凝視する。
本当は銃撃を加えて注意を逸らしたいのだが、もう弾が僅かしか残っていない。
──敵機が地雷に近づいた時が勝負だ。
相手が地雷に気が付き移動速度を緩めた。すかさず地雷に向けて発砲する。
着弾結果を見ずに煙幕弾をばら撒き、機体の真下にホバリングジェットのフルブーストを行い砂煙を巻き上げる。
銃撃を加えた地雷の爆発と、煙幕と砂煙でディーグルの姿を相手にロストさせ、直後に深い森の中へと機体を忍び込ませた。
何とか追撃を躱し、森の中に姿を隠す事が出来た。
相手は不用意に近づくと、奇襲を受ける恐れがある為、地雷を躱した場所で停止して様子を伺っているはずだ。これ以上畳み込まれる事は無い。
──残弾はあと数発。この状況で相手の考える行動や移動位置を読み切り、ワンチャンスに賭けるしかない。
銃器をタイマー射撃にセットし、相手が待ち構えているだろう位置に銃身を向け、張り出した木の枝に載せる。
これからセットした時間に合わせ森を高速で迂回し、相手の背後へと移動しなければならない。
移動中に少しでも接触して木が揺れれば、敵機のHUDに位置を把握され、この作戦は万事休すだ。勝ち目は無くなる。
ゆっくりと考えている暇はない。フットペダルを踏み込み、森の中を静かに移動し始めた。
今まで鍛え上げて来た操縦テクニックを駆使しながら、森の中を高速で移動して行く。
アルテミスの補助があれば楽に抜けられるのだが、今は通信も出来ず補助は無い。両足でフットペダルを細かくスライドさせながら、迫る木々を次々と躱す。
時間との勝負だが、接触して木を揺らしても失敗。かといってタイマー射撃の時間に狙った位置に移動が出来ていなければ勝ち目は無い。
僅かなミスすら許されない緊張感の中、複雑に入り組んだ木々の中を疾走し、ワンチャンスに賭ける位置へと向かっている。もう少しだ。
そして、一度も接触する事なくディーグルを移動させ、狙っていた位置に到達する事が出来た。木の枝に載せている銃器とは真逆の位置だ。
タイマーがゼロを示す。射撃の時刻。
フットペダルを踏み抜き、一気に加速し予測位置へ向け森の中を突き進む。
森を抜けた時に、予想した位置に背を向けた相手が居なければ負け。そうでなければ高確率で勝利を掴むことが出来るはずだ。
頭の中でスローモーションの様に映像が浮かぶ。
相手の機体へと向かっているタイマー射撃により撃ち出された弾丸。
瞬時にHUDに弾道が映し出されCAIが反応。パイロットは弾が発射された位置を確認し、攻撃を躱しつつ、こちらを仕留めるべく態勢を整えている。こちらに背を向けた状態で……。
森をフルブーストで飛び出すと、予想した位置、頭の中で描いた通りの向きに敵機が見えた。紺色の機体の背中のブースターが見えている。
こちらが森を抜け出た瞬間、相手のHUDに背後のディーグルがピックアップされたのだろう。CAIかパイロットの操縦かは分からないが、相手の機体が急速回頭する。
──捉えた。
ディーグルの右アームに握られたモーニングスター・メイスが、機体の加速度を乗せて敵機の脚部を強かに打ち砕く。そして、そのままの勢いでもう一方の脚部も破砕した。一瞬で脚部を失った機体が地面に倒れ込んで行く。
相手のパイロットが転倒の衝撃で怪我をしないよう、アーム部を掴まえ衝撃を和らげる。勝負が決したのだ。
──勝った! アルテミスの補助が無い状態で、強敵に勝つことが出来たのだ。
喜びで体が震える。
『リオン。お見事です』
アルテミスの声が飛び込んで来た。
「あれ。アルテミス、通信が回復したの?」
『いいえ、最初から通信も途絶えていませんし、補助機能も損なわれてはいません』
「でも、全く反応しなかったよね」
『極限状態でのリオンの思考と実力を試しました。お見事です』
「そうなんだ。焦ったよ。でも、合格って事だよね」
『はい。この戦いは満点です』
アルテミスから初めて合格を貰った。本当に嬉しい。
コクピットで喜びを噛み締めていると、相手の機体のコクピットが開きパイロットが降りてきた。
ディーグルに近づいて来て、手を上げている。滅多に無い事だけれど、挨拶をしたいみたいだ。
俺もコクピットを開けディーグルから降りた。
二人ともヘルメットのゴーグルがミラータイプだから顔は見えないけれど、相手のパイロットが握手を求めて来た。
「君は凄いな! まさかそんな戦法があるなんて考えもしなかった。完敗だ」
「いえ、銃撃戦では敵いませんでした。まだまだです」
「いやいや、銃撃も凄かったよ。こちらも躱すのが精いっぱいで、全然仕留められなかった。しかも最後は近接戦闘で仕留めて来るとは……堪らないね」
「ありがとうございます」
「対戦相手だから知っているとは思うが、俺の名前はエドワード。君はリオンだな。いつか機会が有ったら、ゆっくり話がしたいな」
「は、はい。機会が有れば是非」
────
その後、アルテミスから『Sハイエンドクラス』に上がる様に指示され、それから二ヶ月の間は最上位のクラスで模擬戦闘の対戦を続けた。
流石に相手も強かったが殆ど負ける事は無く、着実に操縦が上達して行くのを感じる事が出来ている。
アルテミスからも戦い方を認めて貰えるようになり、CAIの補助の割合は大きく減少し、パイロットレベルがCにアップした。
パイロットレベル:C
操作:C
回避:D
視力:C
射撃:C
近接:B
感情:C
精神:D
状態:飛躍
称号:ノーマルパイロット
スキル:修理B、工作B、テールスライドB、囮射撃C、戦術眼C
ほぼ全ての項目がアップし、特に近接戦闘はBランクに上がっている。他のステータスもかなり伸びた。
称号も人並みになる事が出来ている。良い感じだ。
『リオン。アウグドの模擬戦闘では、もう得る物は少ないかも知れません。あと何戦か参戦したら宇宙空間での訓練をするべきかも知れませんね』
「そうだよね。無重力下での機体の操縦や戦い方は、もう一段難しいはずだよね」
『ええ。移動だけでも、平面から立体に変わりますから』
「分かった。アルテミスの指示通りの相手と何戦か戦って。次に行こう」
『はい』
そして、ドロシア共和コロニー軍が到着すると予測されていた時が近づいていた。
てっきりその前にアウグドを離れると思っていたけれど、アルテミスは模擬戦闘での訓練を続けている。
まるで、その時を待っているかの様だった。
読んで頂きありがとうございます!
今話は、いまのところ改稿時の加筆が一番多くなっています。
戦闘シーンを良い感じに描けていましたら幸いです。
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話毎の良し悪しが分かるので、作者の勉強になります!
コメントなど頂けると、更に嬉しいです。
これからも『アルテミスの祈り』を可愛がって下さい。
宜しくお願いします。
磨糠 羽丹王