第22話 「当たる射撃」
十時方向の機体に近づく動きを見せると、相手はいきなりスピードを落とし、予想通り逆方向の二機が迂回しながら背後へと回り込もうとする動きを見せた。
そして、回り込もうとしている二機に向かう素振りを見せると、やはりここぞとばかりに十二時方向に居た三機が後方から寄せて来る。
このままフル加速で回り込んで来る二機を相手にするのも手だが、上手く往なされると包囲されてしまうリスクがある。
相手を戦い難い状況に追いやる為には、後方から寄せて来ている三機を混乱に陥れる動きが必要だ……。
フットペダルを最大に組み替え、急速回頭後にフルブーストを掛けた。
一瞬、凄まじいGを体に受けながら、寄せて来る三機に対し一気に距離を詰める。
ディーグルの突然の回頭と急激な寄せに、制御が間に合わず体勢を崩している正面の敵機に模擬弾を叩き込む。数か所に着弾し、オレンジ色のペイントが敵機体に広がった。
その機体の真横を擦り抜けそのまま加速。両脇からディーグルを挟む形になった残りの二機は、お互いが射撃の射線に入る為に弾が撃てない。
すかさず右手の機体にペイント弾を撃ち込み、直ぐにディーグルを回頭させ、ホバーの慣性を利用し機体を横滑りさせながら左手の機体へ向き直る。訓練で身に着けて来たテールスライドの動きだ。
左手の敵機が撃ち込んで来た模擬弾を左アーム部の盾で受けながら、素早く撃ち返し確実に仕留めた。
残った三機には集結する暇を与えず、一気に寄せて各個撃破で終わらせる。
狙った作戦通りの展開で、相手を圧倒する事ができた。
「アルテミス! どうだった?」
『リオン。良い選択と動きでした。ですが、まだまだ不合格です』
「え……」
アルテミスと話をしていると、周りに他の機体が集まって来た。
『完敗だ。凄い動きだったな! 良かったら引き続き訓練に参加してくれないか』
『了解です。引き続き訓練に参加します』
アルテミスが直ぐに返事をした。望むところだ。
何とかして、アルテミスから合格が貰える様になりたい。
その後、今度は囲む側になったり、チームで別れたりしながらの訓練が続いた。
被弾が無く完勝の時もあったが、それでもアルテミスからは合格が貰えなかった。
『リオン。射撃の精度や機体の扱いは、かなり良くなっています。ですが、何故不合格になるのか理由が分かりますか』
「もっと早く倒さないと行けないとかかなぁ」
『いいえ。射撃の精度が上がって来ているからこそ出来る事。リオンが身に付けて行かなければならない事があるのです』
「身に付けて行かなければならない事?」
『ええ。単純に言うと当てるのではなく、当たる射撃です』
「当たる射撃……」
それから、相手を射撃で釣り込み最終的に攻撃を確実に当てる射撃方法についての説明や、敵の攻撃を躱すのではなく、敢えて盾で受ける事により生じる優位な射撃位置などを説明された。
言葉では理解できたが、これを実際に行うとなるとそう簡単には行かない。
それでも、これまで作業コロニーでの戦闘を幾度もシミュレーションして、アルテミスが制御していた機体の動きや操縦桿の感覚を体に覚えさせてきた。
確かにアルテミスは敵機を釣り込み『当たる射撃』をしていた。その一連の動きが脳裏に浮かぶ。
──宇宙空間と違い地上では相手の選択肢は少ない。ここでそれが出来なければ、宇宙空間では無理だ。感覚を磨こう。もっと体に覚えさせ、考えるよりも先に体が動く状態になるまで……。
────
「子羊のローストでございます」
いつものウェイターが笑顔で料理を置いて行く。
席から見える煌びやかな夜景は、いつの間にか見慣れた景色になっていた。
模擬戦闘の興業に参加し始めて三ヶ月。
『近接武器のみ』、『銃器使用有り』の対戦では、既に『ハイエンドクラス』に昇格。『集団戦』に関しては、あの時訓練をしたチームに参加する形で実戦経験を積ませて貰っている。
パイロットのリオンの名前も『Crash & Boots』界では大分知られる様になり、ディーグルの装備も順調に購入できている。
機体色も薄いグレーからガンメタリックに塗り替え、それに合わせて武器も同系色にカラーリングを施した。
俺の操縦技術の向上に伴い、削れそうな装甲部を極力取り外し、ディーグルはもっさりとした感じから、スタイリッシュで重厚な雰囲気の機体に仕上がって来た。
勝利数が規定に達していないので、まだ『Sハイエンドクラス』には昇格出来ていないけれど、間もなくそのクラスでの戦いが始まる。
もちろん、この数ヶ月でパイロットステータスも上昇している。
パイロットレベル:D
操作:D
回避:D
視力:E
射撃:D
近接:C
感情:E
精神:E
状態:向上
称号:新兵
スキル:修理C、工作C、テールスライドC、囮射撃D
いつの間にかパイロットレベルはDになり、近接攻撃に至ってはステータスがCだ。
称号もデブリとかではなくなった。スキルも『囮射撃』という敵を釣り込む射撃技術のレベルも徐々に上昇している。
このまま『Sハイエンドクラス』での対戦を続けて行けば、自分の能力をもっと向上させる事ができるはずだ。
俺はもっともっと強くなるんだ……。
「あらあら、僕ちゃん。こんな所でお食事?」
不意に話し掛けられ驚いて振り向くと、そのまま目線が釘付けになってしまった。
目の前に胸元がざっくりと開いた赤いドレスの女性が立っていたのだ。
あの非正規の通貨カードを入手した時に会った、セシルと呼ばれていた赤毛の女性だ。赤い艶やかなドレスを着ていて、とても華やかな雰囲気だ。
「少し座ってお話しても良いかしら」
艶やかな笑みを湛えながら、セシルさんが隣の席に座る。
香水の香りだろうか、とても良い香りが漂って来た。
読んで頂きありがとうございます!
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話毎の良し悪しが分かるので、作者の勉強になります!
これからも『アルテミスの祈り』を可愛がって下さい。
宜しくお願いします。
磨糠 羽丹王