第20話 「模擬戦闘の始まり」
HUDの青い四角の枠が敵機を捉えている。
モニターに映る相手の機体は、歩行型の大型GDWで、各所を厚い装甲板で覆いゴツゴツとして頑丈そうだけれど、何とも重たそうな感じだ。
『リオン。落ち着いて戦えば、何も問題ありません。操縦の全ての権限をリオンに移譲します』
「分かった。任せて」
大丈夫だとは思いながらも、腋や背中に冷たい汗が流れる。
いよいよカウントダウンが始まり、ディーグルの動力音だけが機密性の高いコクピットに響いていた。
カウントダウンが終わり通信機に号砲が鳴り響くと、闘技場の周囲に火花が舞い上がった。落ち着いてフットペダルを軽く踏み込む。
ディーグルがふわりと前進し、相手もこちらを目掛けて走り始めると、HUDに表示されている数字が徐々に小さくなっていく。
相対距離が半分ほどになったタイミングで、フットペダルをやや強めに踏み込んだ。
体に軽いGが掛かり、ディーグルが急加速して敵機との距離を一気に詰める。
慌てて動きを止めた敵機が、直進する軌道に合わせて迎撃の体勢を取り始めた。
タイミングを計る敵機の直前で斜行し、相手が動きに釣られた所で一気に逆方向へとフットペダルを組み換え、機体をドリフト気味にスライドさせる。
やや強めの横Gを感じながら、逆を取られた相手の脇に機体を滑り込ませ、無防備の側面を晒す敵機の脚部にパンチを入れた。
さほど強く叩き込んだ訳ではなかったが、相手の脚部が吹き飛び、重たそうな筐体が横倒しになった。勝敗が決したのだ。
最初の対戦は開始十秒で勝負をつける事ができた。緊張が解け、ヘルメットの中で大きく息を吐き出す。
『リオン。訓練通りの良い動きでした。初勝利おめでとうございます』
「あ、ありがとう。ほっとしたよ……」
それから一週間で二回対戦が有ったけれど、訓練してきた動きを駆使すると、あっさりと相手の裏を取る事が出来てしまい、敵の近接武器での攻撃を掠らせもせずに、相手を戦闘不能の状態へと追い込む事が出来た。
これは俺の操縦レベルが高い訳ではなくて、ディーグルの基本性能が『ビギナークラス』では高過ぎるからなのだ。
『ビギナークラス』に参加している機体は、作業用のSWをベースに作られた機体が多く、ディーグルは部品の寄せ集めとはいえ、筐体の殆どが軍用GWの部品で出来ている。その上、CAIはあのアルテミスの能力の一部が収められている『ディグアルテミス』だ。負ける要素が無い……。
申し訳ないとは思うけれど、新人は『ビギナークラス』で最低五回は対戦をしないと、次の『ミドルクラス』の模擬戦闘にはエントリーできないから、仕方がないのだ。
だから、相手のパイロットに怪我をさせない事と、相手の修理箇所が最小で済む様に注意をしながら対戦を終わらせた。
「ねえ、アルテミス。俺のパイロットステータスに変化はあったかなぁ」
『了解……確認完了。リオンのスコアを出します』
パイロットレベル:F
操作:E
回避:F
視力:F
射撃:F
近接:F
感情:F
精神:F
状態:高揚
称号:星の欠片
スキル:修理D、工作D、テールスライドD
「おおっ、操縦がランクアップしてる! 他の数値もいくつか上がっているね」
『訓練と対戦の成果ですね』
「称号の『星の欠片』ってどういう意味?」
『星の欠片は、ちょっと気にされる程度のデブリと言う意味です』
「何だよ……。じゃ、じゃあ、スキルの『テールスライド』は?」
『テールスライドは、機体の動的慣性を感じながら、正確な機体制御を行える技術レベルだと認識頂ければ分かりやすいかと思います。機体を操縦する技術のひとつです』
「あのホバリングでの横滑りさせる様な移動や回頭の事?」
『ええ、ホバリング機の移動や姿勢の制御は、慣性がかかり続ける宇宙空間での操縦に通じるものですから。今は地表面での平行的な移動だけですが、その感覚が身に付いて来ていると言う事です』
「なるほど」
称号は相変わらず酷いけれど、この半月余りの訓練と三度の対戦で数値が向上しているのが素直に嬉しい。
普段の小言は煩いけれど、本当はもっとアルテミスに認められたいと思っている。
CAIである彼女のレベルに達する事は不可能なのかも知れないけれど、もっとレベルを上げて強くなりたい。
────
それほど多くはないけれど、非正規の通貨カードにファイトマネーと勝利賞金が振り込まれた。
アルテミスからは、そのお金で近接武器を買うように指示されている。
例の回収したGWの近接武器で訓練はしているけれど、軍用の武器をそのまま模擬戦闘で使うのは余計な興味を引く可能性があるので、市販品を買うように言われていたのだ。
荷台の付いた車両で華やかな街を抜け、前に訪れた『パーツ&リペア』とか書いてある派手なネオンが掲げられているエリアに着いた。
店の裏手に積み上げられているジャンクパーツを覗きつつ、何件かパーツ屋を見て回る。
店員も客も怪しい雰囲気を醸し出してはいるけれど、取り扱っている製品はまともな物ばかりだった。
いくら怪しいと言っても、不良品を扱えば痛い目に遭う。大きなお金が動くだけあって、商売をする方も適当な事をしていては生きて行けない世界なのだろう。
作業コロニーに居た頃の、見た目は厳つくて言動は荒々しいけれど、実は仕事熱心で優しかった大人たちを思い出した。
予算の問題もあるけれど、強力過ぎず耐久性が高く防御にも役立つ汎用的な近接武器を選んだ。
棍棒の先が尖った棘に覆われている鉄球が付いた武器。『モーニングスター・メイス』と呼ばれる武器だ。
「兄ちゃん。配達か?」
「いえ、荷台に載るサイズなので、荷台に載せて下さい」
「分かった、車を裏に回しな」
厳つい面の親父が、何となく俺に興味が有りそうな顔をしながら店の裏を指さしていた。
「兄ちゃんはメカニックか」
「まあ、そんな感じです」
「パイロットは目指さないのか」
「ええ」
パイロットという事を知られないよう指示されているので、あくまでメカニックという事で話を通さないといけない。
「そうだよな。兄ちゃんみたいなひょろいのはパイロットは無理だな」
「え、ええ。そうですね」
何だかちょっと馬鹿にされている気がしたけれど、確かにパイロットとしては線が細いのかも知れない。耐Gの事を考えたら、もっと強靭な体躯が必要なのは分かっている。これでも一生懸命筋トレを続けているのだが……。
「兄ちゃんのチームの戦績はどうなんだ」
「デビューから三連勝です」
「おおっ、そりゃ凄いな。パイロットの名前は」
「リオンです。凄いパイロットですよ」
ちょっと話を盛ってしまったが、嘘は付いていない。
「ほー、リオンか。覚えて置くよ。その武器が活躍したら、またうちで何か買ってくれ。それと、うちは修理もできるからな」
「あ、はい。分かりました。手に負えない程のダメージを受けたら連絡します」
「まあ、そうならねえ事が一番だがな。上のランクに行けば凄い奴が山ほどいるからな。整備不良が無いように、しっかり頑張んな」
パーツショップの裏手で武器を荷台に載せて貰い、キャリアカーを停めている郊外のキャンプへと移動した。
ディーグルに乗り換え、今度はディーグルを自走させてイーリスⅡに向けて移動する。
街中は機体を自走させて移動するのは禁止だけれど、街の外の砂漠地帯は問題ない。当然だがキャリアカーより自走の方が圧倒的に速いのだ。
荒涼とした砂漠エリアを、砂煙を巻き上げイーリスⅡへ向けて移動していると、突然HUDに複数の機体反応が現れた。何だろう。
『リオン注意して下さい。機体の位置から敵対行動が予測されます』