第14話 「惑星アウグド」
「動かすのが楽しみだよ。ディーグル」
出来上がったディーグルのコクピットで話し掛けるけれど、もちろん返事は無い。まだCAIカードを挿し込んでいないからだ。
今はシャルーアのサブパネルにCAIカードが刺さっている。
シャルーアのコクピットを使い、毎日戦闘シミュレーションを行っているからだ。
ディーグルは拾い集めた部品で作った機体だけれど、コクピット内はシャルーアに使っているのと同じ機器類が揃えてある。
だから、どちらのコクピットに座っても、それほど違和感はない。ディーグルの方が少し狭いと感じるくらいだ。
シミュレーションした時のデータや会話を元に、アルテミスがディーグル用のCAIカードの情報を上書きしてくれる。
これから、シャルーアに乗らない時は、あの拾ったCAIカードと常に行動を共にする事になるらしい。
そう言えば、拾ったCAIカードの謎をアルテミスに聞いたら、教えて貰えない部分もあるけれど、やはりアルテミスの情報が組み込まれていた。
無意識にデブリを避けたり、コクピット付近に直撃するはずのミサイルを回避し、被害を最小限に抑える為に脚部に被弾させた時の動作は、CAIカードの操縦サポートだったそうだ。
それと、イーリスの格納庫に入った時点で、アルテミスはあのCAIカードの読込が可能らしくて、俺が自分のSWにCAIカードを同期させた時から格納庫に入るまでの通信と戦闘や操縦内容のデータを直ぐに取り込んでいたらしい。
腑に落ちない事も多々あるけれど、その説明で俺の名前を知っていた事とか、他にも疑問に思っていた事について合点がいった。
結局、俺は最初からアルテミスに命を救われていたのだ。
今日もシャルーアのコクピットで戦闘シミュレーションを行っている。
この前の戦闘記録を使い、何度も操縦や射撃の訓練を行っているのだ。
シミュレーションでは、実際の戦闘とは違い体にGが掛からないので、実機でそのままの操縦が出来る訳じゃない。それでも、タイミングや感覚的な物を身に付けていく事ができている……と思う。
お陰で俺のパイロットスコアも若干だが数字が伸びた。
まだまだFランクで『宇宙ゴミ』だけど、少しずつでもスコアが伸びているのが嬉しい。
シミュレーション訓練が終わると、アルテミスからCAIカードをディーグルに同期する様に言われた。
シャルーアのサブパネルに挿していたCAIカードを抜き、ディーグルのコクピットへと乗り込む。
機体を起動させると、力強い動力の起動音と共にモニターにCAIの起動画面が浮き上がった。
《Control by Artificial Intelligence・・・・・・・・・・・・Completion》
直ぐにディーグルとCAIの同期が完了した。
「CAI。機体チェック」
『オールクリアです。リオン』
CAIの返事が前とは違い、美しい竪琴の様な声になっていた。
「えっ、アルテミスなの?」
『はい、シャルーアで情報を上書きした時のものになりますが、会話やある程度のデータ的な部分はこのCAIカードに入れています』
「アルテミスの全データを持ち出せている訳ではないってこと?」
『はい、この機体とシャルーアでは処理能力が違い過ぎますから、全データは不可能なのです。ある程度の部分だと思って下さい』
「了解。でも、CAIカードに収まり切れないって事は、シャルーア自体にアルテミスの能力の大部分が内蔵されているって事かい」
『権限未達事項ですから詳しくは話せませんが、その認識で間違ってはいません』
「ふーん。そう言えばCAIとは違うCAAIって言っていたのは、そういう意味なのかな」
アルテミスの返事は無かったけれど、多分そういう事なのだろう。
でも、あの強力なアルテミスの補助が有るというだけでもかなり心強い。早くディーグルで訓練したい。
────
ディーグルが完成してから二ヶ月が経った。
あれから毎日、疑似重力下でのかなりハードな筋トレを続けさせられている。
理由は教えて貰えないけれど、「直ぐに必要になるから怠らずに」とアルテミスに言われ、それなりに頑張っているのだ。
そして、とある宙域に揚陸艦イーリスが停船すると、シャルーアとディーグルを船外へと運び出す様に指示された。
格納庫の横の偽装ハッチが開くと、目の前に民間の商船の様な船が停泊していた。
「アルテミス。この船はなに」
『これは偽装ウォーカードッグ船イーリスⅡです。必要な資材を積み惑星アウグドに降下して、模擬戦闘の興行に参加するのよ』
「惑星に降りるの? それと模擬戦闘の興行ってなに」
『惑星アウグドは────』
それからアウグド星と興行の話を詳しく説明してもらった。
惑星アウグドは、観光や商業を中心として成り立っているリゾート惑星で、近隣の経済コロニー群が後ろ盾となり、惑星単体での自治権を認められている星らしい。
その最大のリゾート都市では、巨大なカジノが運営されていて、最も人気のある賭け事が地上戦闘用のGDWによる模擬戦闘なのだ。
その模擬戦闘には一攫千金を狙う兵士崩れの者から、広域に展開している軍需産業の開発部門、それに正体は伏せてあるものの、各コロニー群の軍事研究部門の人達が参加しているらしい。
模擬戦闘自体も『近接武器のみ』『銃器の使用有』『集団戦』『無差別集団戦』というカテゴリーがあり、都市の各所で模擬戦の賭け興行が行われているそうだ。
模擬戦闘はコクピットへの攻撃は禁止で、パイロットの死傷を極力防ぐようなルールが決められているらしい。
──まあ、それでも絶対安全な訳ではないらしいけれど……。
死ぬリスクを最小限に抑えながら、戦闘の経験を積むことが出来るカジノ興行の模擬戦にしばらく参加して、俺のパイロットレベルを上げるという事らしい。
ディーグルが重力下における近接戦闘を重視して設計された理由はこれだったのだ。
必要な資材類を積み込み、イーリスⅡが小惑星を離れて行く。
イーリスが留まっている宙域は小惑星が密集している宙域なので、直ぐにどの小惑星がイーリスなのか分からなくなってしまった。
そして、誰もいない艦橋に座りモニターを見ていると、大きな惑星が近づいて来るのが目に入った。惑星アウグドだ。
『まもなく大気圏に入ります。やや揺れますのでご注意ください』
イーリスⅡのCAIの声が艦内に響く。いよいよ本格的な戦闘訓練の開始だ。