第119話 「別れ」
「そちらの要求は」
『占領国の開放と展開している部隊の撤収。条約規定数以上の艦艇及び武器類の破棄。並びにGD生産技術の完全破棄及び和平案への調印と今後の世界秩序維持への協力』
「それだけですか」
『もうひとつ。暗殺とみられる占領国首脳や王族の死に関係した犯人並びに指示者の逮捕。その者達に法的な罰を受けさせる事』
「了解した。我がセントラルコロニー政府は、ここに戦争の終結と提示された条件を全て受入れ履行する事を表明する。貴連合国の寛大な措置に感謝する」
セントラルコロニー群の首都である惑星ティガーデンは、政府や軍の機能が集中する都市の上空に位置する惑星軌道をエルテリア・ヤーパン・ドロシアの連合艦隊に占領され、降伏を受け入れる事となった。
モニターの画面が消えると、凛とした表情で交渉を行っていた首相のリーフは、脱力するかのように肩を落とし目を瞑る。
人類史上最も広大な地域を治める首相となったはずのリーフは、二年足らずでその地位を失う事になったのだ。
彼をその地位に押し上げながら結果的に足を掬う原因となった軍部は、一部の者達が徹底抗戦を唱え軍施設に立て籠っており、政府側に従う軍との間で散発的な銃撃戦が繰り広げられていた。
抗戦を主張している軍部の連中が唱える通り、各国に駐留している部隊や艦隊を呼び戻し、僅かな戦力で占領を行っている連合軍を打ち破れば、再び元の状況へと押し戻す事が出来るかも知れなかった。
確かにリーフの頭にもその事はよぎった。だが、昨日もたらされた情報により、それが不可能であると思い知らされたのだ。
ウルテロンコロニー政府から連合国への参加表明と、惑星軌道上の占領部隊への協力と称し、艦隊派遣の通達が届いたのだ。
田舎軍隊と揶揄し続け、常に自分達に従う二流国家と見做していたウルテロンコロニーは、今や最大の戦力を保有している強国としての位置付けを獲得していた。
連合国艦隊が突然首都宙域に現れたのも、ウルテロン政府の手引きがあったに違いない。
であれば、ウルテロンは我々が抵抗を示した場合、国家の存亡を賭け躊躇なく首都攻撃を行う事は火を見るよりも明らかであった。
「マデリン国防長官。立て籠もる抵抗軍の連中は、どの様に対処するおつもりか」
「はい。間もなく正規軍の総力を挙げ、建物ごと壊滅させる計画で御座います」
「ほう。そうなると首謀者である統合参謀本部議長も道連れになるが、宜しいのか」
「何の事でしょう。国賊を誅するのは政府の務め。国防長官として為すべきことを為すだけでございますが」
「左様か。では、攻撃命令依頼書にサインをしてくれ。直ぐに承認を降ろす」
「はい」
マデリンは差し出された書類に軽く目を通し、普段と変わらぬ様子でサラサラとサインを記入した。
記名した書類をリーフに手渡すと、恭しく頭を垂れ首相の執務室を後にする。
「恐ろしい女だ。まあ、この書類にサインさえ貰えればもう用はない」
リーフが指を鳴らすと、脇に控えていた役人が進み出た。
「現時刻を持ちマデリン国防長官を解任する。今回の暗殺事件の首謀者のひとりとして逮捕・拘束せよ」
「承知しました」
歩み出た役人は警察庁の長官であり。彼の指示を受けた部下が直ぐにマデリンの後を追った。
この後、僅か半日の間に立て籠る抵抗軍の者達は建物と共に葬り去られ。リーフは和平交渉の席に着く準備を整えた。
世界を巻き込み、後に『第一次ギャラクシードール戦役』と命名されるこの戦役は、各国の代表団による和平交渉締結日を持ち終戦を迎える事となる。
────
ミストルテイン製造の軍事コロニー『アリキア』を巡る戦いは、アリキア内のミストルテイン生産拠点での戦闘を除き、ほぼ終息という戦況となっている。
琥珀と漆黒、そして紺碧のGDが宙域に残存するセントラルコロニー軍を圧倒的な力で制圧したのだ。
だが、強力な防衛システムを構築しているアリキアの施設内では、いまだに激しい戦闘が続いていた。ただ一機のGDと無数の防衛機構との戦いが……。
「アルテミスは後方を頼む。他は俺が対応する」
言葉を発した直後に、リオンが悲しそうに目を伏せる。
歩みを進めるエウバリースには、施設の至る所から攻撃が集中していた。
固定砲台からは艦砲射撃級の粒子レーザーが放たれ、周囲からせり出して来るミサイルシステムからは、絶え間なく追尾式ミサイルが襲って来る。
生産施設を望むエリアからはCAI制御のミストルテインが溢れ出し、地下からは無限軌道型のGDWが、上空にはドローンタイプの攻撃機が次々と姿を現していた。
一斉に着弾したミサイルの爆発にエウバリースの姿が飲み込まれ、その間にも砲台からの粒子レーザーが幾筋も伸びて行く。
だが、爆発の中から周囲へ向けて一機の機体から放たれたとは思えない本数の粒子レーザー光が広がり、その一筋一筋が寸分の狂いもなく砲台やミサイルシステム、上空の攻撃機へと到達する。
エウバリースが通り過ぎた後には、防衛機構の攻撃システムは一基も残されていない。
「邪魔だな」
間合いを詰めて来たミストルテインが五機、身じろぐ隙も与えられず一気に切り伏せられた。
もちろん、ただ単調に寄せていた訳ではない。それぞれ違う間合いで攻撃を仕掛けていたのだが、僅かな動作でそれぞれの動きを釣り込み、長剣の一撃で纏めて葬り去ったのだ。
直後に地下から現れた数機のGDWが、エウバリースの背後より近接戦闘の間合いに入る。
エウバリースの背から伸びるウィップソードが、寄せて来るGDWを迎え討ち、一気に四機を葬ったが、攻撃を躱した一機が間合いを詰める事に成功する。
だが、GDWが近接武器を振り上げた途端、いきなり後方へと放たれた粒子レーザーに筐体を貫かれた。
粒子レーザーは更に背後に現れた機体も貫き、二機とも爆散してしまう。
「アルテミス、大丈夫だよ。撃ち漏らしても俺が対処するから……」
リオンが再び悲しそうに目を伏せる。
絶え間なく続く攻撃を掻い潜り、生産工場へと歩み続けるエウバリース。
リオンは無表情のままモニターを見つめ、HUDに示される情報と目視で敵を捉え破壊して行く。ただひたすら、襲いかかる敵意を無心で跳ね返していた。
そして、工場の巨大な扉ごと最後のミストルテインを両断すると、防衛機構は遂に沈黙した。
扉を越え内部の設備を全て破壊し、最奥にある生産システムを司る施設に長剣を振り下ろした所でエウバリースは動きを止めた。
────
「アルテミス……全部終わったよ……終わったよ」
エウバリースに膝を付かせ、ヘルメットを脱ぎ捨てコクピットから抜け出る。
機体をよじ登りCAAIピットへ。
「ピットオープン!」
大きな声で叫ぶと、ピットのロックが外れた。
再出撃を行い敵艦隊を殲滅した頃から、エウバリースの機体制御は徐々にCAIカードによる反応に変わっていた。
アリキア内でのウィップソードの攻撃動作も、全てCAIカードだという事は分かっている。その理由に思考が辿り着く度に、胸が締め付けられていた。
絶望的な想いを噛み殺し、CAAIピットを開けた。
「アルテミス……」
狭いピットで操縦桿を掴んだまま瞼を閉じ、眠る様にシートに座るアルテミス。
「アルテミス……君は……君はそんなになってまで」
アルテミスの脚部には幾本ものワイヤーが巻き付けられ、フットペダルから離れない様に固定してあった。
既に脚部の制御を失っていたアルテミスは、それでも俺の挙動を感じ取る為にフットペダルに脚部を固定していたのだろう。
最後の一瞬まで俺の為に機体制御を司っていたアルテミス。彼女は微笑む様に眠りについていた。
脚部を強く縛り付けていたワイヤーを必死に外しながら、溢れ出る涙が止まらなくなる。
「アルテミス……アルテミス……アルテミス!」
ワイヤーが外れ自由を取り戻した彼女の脚部は、ワイヤーで擦れてボロボロになっていた。
最後の一瞬まで俺を守るために、俺との時間を紡ぐために、全てを賭けてくれたアルテミス。
その想いと胸を突き上げる悲しみに耐えきれなくなり、彼女の膝に縋り付いてしまう。
「ごめんね、アルテミス。俺がこんなだから……俺が君をこんなに待たせてしまったから……」
硬いアルテミスの膝に顔を擦り付けながら、止めどなく涙が溢れ出す。
アルテミスを失った悲しみ。行方が分からない仲間たち。
そして、ティアとエルから聞こえて来た最後の通信が頭から離れない。
『ティア……心拍が戻らないよ。セシリア様が戻って来ないよ……』
俺は結局誰も守れなかった……守りたかった人達を誰も守れなかったんだ……。
──アルテミス。こんな事ってあるかい。俺は誰も守れず……きっと大切な人を沢山失ってしまったよ……。俺が非力だからかな。ねえ、アルテミス……アルテミス……アルテミス……。