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アルテミスの祈り ~ ギャラクシードール戦役 ~  作者: 磨糠 羽丹王
【ギャラクシードール戦役】 アルテミスの祈り
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第118話 「騎士達」

『これより追撃戦に移行します』


「分かった。提督代理に指揮を任せておけば大丈夫だ。俺はもうしばらくここに居る」


『はっ! 良きご報告を心よりお待ちしております!』


「ああ、きっと大丈夫だ……」


 艦橋で敬礼をする副官がモニターから消えると、美しい金髪の青年がきびすを返す。

 ベッドサイドに戻ると、横たわる女性を心配そうに見つめていた。

 彼女は全身の至る所を包帯で覆われ静かに眠っている。


「うっ……」


 その時、女性が眉間に皺を寄せ小さな呻き声を上げた。

 途端に青年の目が見開かれ、覆いかぶさるようにしながら女性の顔を覗き込む。

 彼の見つめる先で、女性のまぶたがうっすらと開かれた。


「アリッサ!」


「……ん……イケメンが居る……幸せかも……」


「アリッサ」


 緊張した面持ちをしていた青年の表情が緩み、添えていた手を強く握り締めた。


「ロディ、ここは……イーリスね……」


「ああ、君のイーリスの部屋だよ」


「……どうやってここに」


「それは……」


「ヴィチュスラー提督が直々に救護されたのですよ」


 部屋の入口で控えていた下士官の男が口を挟む。


「あと少しでも遅ければ酸素不足で危うかったそうです」


 下士官の言葉をヴィチュスラーが手を上げて留めようとした。


「貴女を抱きかかえサルンガから出て来た時の提督の取り乱しようと言ったら……」


「も、もう良いだろう! 勘弁してくれ。君は艦橋に知らせて来てくれ」


「はっ! 承知しました。これ以上お邪魔は致しません!」


「……」


「ですが、これまでの無礼ついでに言わせて下さい!」


 ヴィチュスラーが年配の下士官の方を向く。いつもの厳しい雰囲気はなく、安心した穏やかな表情だ。


「良かったな。本当に……うぐっ」


 年配の下士官が嗚咽を上げながら顔を伏せ、敬礼と共に部屋を出て行った。

 その姿にヴィチュスラーの瞳が潤む。


「ロディ。サルンガは?」


「すまない……回収する時間がなかった。まだ小惑星に残されたままだ」


「そうなの……アポロディアスは?」


「君の救助を優先する様にと、まだサルンガと共に……」


「そう……。ねえ、私が乗れる機体はある?」


 アリッサは満身創痍まんしんそういの状態でありながら、戦う為に身を起こそうとした。

 ヴィチュスラーが慌てて押さえつける。


「アリッサ、もう大丈夫だ。貴女は十分に戦った」


「……そうかな。頑張れたかな……」


「ああ、貴女の働きが無ければ、ドロシア艦隊は敵左翼を突破出来ていない。貴女は一個旅団の艦隊と変わらぬ戦果を上げてくれたのだ」


 ヴィチュスラーの言葉を聞き、アリッサが目をつぶる。


「そっか……頑張れたんだね」


「もちろんだ」


 微笑みを浮かべるアリッサの手をヴィチュスラーが強く握った。


「あ、アリッサ。伝えたい事があるのだが……聞いてくれるか」


 ヴィチュスラーの言葉にアリッサが再びまぶたを開く。


「アリッサ・フォン・オーディン。我ロディ・ヴィチュスラーは貴女に永遠の忠誠を誓う」


「……」


 アリッサからの返事がなく、ヴィチュスラーは不安げな表情を浮かべた。


「駄目だろうか……」


「ロディ……。フォンもオーディンも要らない。私の呼び方は前から教えているわよね」


 ヴィチュスラーは一瞬戸惑った表情をしたが、直ぐに笑みを浮かべた。


「我ロディ・ヴィチュスラーは……か、可愛いアリッサに永遠の忠誠を誓います」


「ねえ、ロディ。それってどういう意味?」


 ヴィチュスラーは握っていた手を離しアリッサの頬を包み込むと、彼女にそっと口づけた……。


 ────


『腕を上げたなディバス君』


『そちらこそ衰え知らずの動き。感服致します』


『世辞は要らん。息が上がって来た。この通りだ』


『その手には乗りませんぞ』


 鋭い斬撃と鉄壁の防御を繰り返す歴戦の騎士の一騎打ちは、未だに勝負が付いていない。

 それどころか、お互いの盾と近接武器以外に傷ひとつ負っていない状況なのだ。

 扱い難いはずの大型の斧を短剣の様に機敏に扱う琥珀こはくの騎士ミラルド卿に対し、円錐えんすい型の漆黒のやりを縦横無尽に繰り出す黒騎士ディバス卿。いつ終わるとも知れない拮抗した戦いが続いていた。


『そう言えば、奴らは何故CAAIの実装を検討しなかったのか教えて頂けるか』


『ふっ。全ての反応試験において、マリエッタの反応よりもCAIカードの方がまさっていたからだそうだ』


『愚かな……』


『マリエッタ様の能力が低かったからなのですか?』


『ミラルド様。一部の武器の使用権限を私に移譲頂けませんか。グーテンベルクには分からせないといけない様ですので』


『確かに単純な反応速度であれば、CAIカードの方が勝っているだろうな。機体と直接繋がっている訳だから』


『だが、戦闘に於ける本当の反応速度とは……』


 ミラルド卿の繰り出す斧が急激に軌道を変え黒騎士の機体に迫る。

 ディバス卿は反射的に漆黒の鎗で受け、直後に蹴りを発動させたが、ほぼ同時にミラルド卿も蹴りを発動していた。

 一瞬両機の脚部が動くが、相手の動きを察知し無駄な攻撃になると判断した両騎士が蹴りを中止し、フットペダルを元の位置に引き戻す。

 だがこの時、騎士の動きよりも早く脚部が停止し元の位置へと戻った。

 両機のCAAIであるマリエッタとグーテンベルクが騎士の動きに先んじたのだ。


『私達CAAIがこの手足を通じて騎士様の僅かな挙動を感じ取り、その動きを皮膚感覚で覚えて反応する事。騎士様の息遣い、緊張、発汗、震え、力み、行動を起こす直前の僅かな癖、一瞬の気持ちの揺らぎ。その全てを理解している私達だからこそ、共に戦い瞬時の判断を下す事が出来るのです』


『流石はマリエッタ様。真にパートナーCAAIの鏡でございます。ですが、それもCAIカードにデータとして蓄積し反応する事も出来るかと思いますが』


『それが出来ていないから、あなた達がここに居るのでしょう?』


『確かに。おっしゃるとおりでございます。マリエッタ様』


『さて、そろそろ終わらせようかディバス君』


『望むところ……』


 ミラルド卿の琥珀(こはく)のGDハルバードが盾を投げ捨て、ディバス卿の漆黒のグングニールも同じく盾を手放す。

 コロニーの回転により疑似重力を与えられている地面に盾が落ち鈍い音を上げた。

 盾での防御なしでの近接戦闘。二機のGDが一気に間合いを詰める。


 鋭い斬撃の応酬。

 手数は少なく見えるが、ひとつの攻撃の前後に凄まじい駆け引きが行われている。

 多くの騎士が去り、筆頭騎士としてオーディンの騎士を支えて来たミラルド卿。

 その次の世代として彼の背を追い、オーディンの騎士の凄まじさを世に伝えて来た黒騎士ディバス卿。

 残念ながら彼らの後に続く騎士がなかなか誕生せず、諜報活動をメインとするティアとエルという双子の騎士が誕生したのみであった。

 多い時は一〇人もの騎士が同時期に活動をしていた時代が有るなか、長期に渡り騎士が二人しか存在しないという時代が続き、彼らにはオーディンの騎士の先行きへの不安が重くのしかかっていたのだ。


 激しいせめぎ合いが続いているが、黒騎士ディバス卿にはこの戦いに決着を付けるつもりはない。

 ミラルド卿が長年に渡り重責を背負い、信義に反する使命を受け、どれ程の葛藤にさいなまれて来たのか、彼が誰よりも理解できるからだ。

 今はただ二人で未来を語り合った時を、共に訓練に明け暮れた日々を思い出していた。

 ミラルド卿も一線を越えて来ないディバスの動きに何かを感じ、徐々に攻撃の強度が落ちていく。


『……ディバス様』


『グーテンベルク。お見えになられたか……』


『はい』


『ディバス君。随分と時間稼ぎをしている様に感じたが、何のつもり……うむ?』


 漆黒のグングニールが素早く後退し、投げ落とした盾を拾う。

 そして王を迎える騎士の如く、盾と槍の柄を地面に付けグングニールを直立させた。

 通路の暗がりの先から新たな気配を感じ、ミラルド卿も盾を拾う。


『ディバス君。これはもしや……』


 琥珀のハルバードのモニターに白く七色に輝く光が映り、直後に一機のGDが現れる姿が映し出された。


『ディ、ディバス君……こ、これは現実なのか……』


 見る者全てを圧倒する存在感を放つ白い機体が徐々に近づいて来ている。

 ミラルド卿は目を見開いたまま、まばたきをする事すら出来なくなっていた。


『エウバリース……天位の騎士……こんな事が』


 刹那、ミラルド卿がフットペダルを踏み抜き、凄まじい勢いでエウバリースとの距離を詰める。

 斧を斜め下に構え、複数の機体に見えるほど素早く揺らぎながら、近接攻撃の間合いへと踊り込んだ……目の前に現れた白の騎士がフェイク(偽物)でないか確かめる為に。

 だが、彼の機体が近接攻撃の間合いに入る直前に急制動がかかる。

 彼が飛び込もうとした空間を、青光する長剣の切っ先が貫いていた。


『むう』


 更に細かな制動を機体に施しながらミラルド卿が間合いに挑む。

 だが、彼が絶対のタイミングで間合を詰めようとする度に、青い切っ先が彼に向けられるのだ。

 しかも、エウバリースはその瞬間まで身じろぎもしない。

 そして、五度目の挑戦を退けられた直後にハルバードが突然(ひざまず)いた。


『ご無礼をお許し下さい』


『構いません。貴方がミラルド卿ですか』


『はい。私が琥珀の騎士ミラルド・フォン・オーディンでございます』


 通信機から聞こえて来る若い青年の声に戸惑いながらも、ミラルド卿は深々と頭を垂れた。ハルバードも同じ動きをする。


『ミラルド卿。この時を持ちオーディンから貴公への指示を解除します』


『はっ! 承りました』


『これより、ディバス卿と共に宙域に残存するミストルテインを全て殲滅せんめつして下さい。俺はGDの製造設備を破壊します』


『はっ! 直ぐに取り掛かります。ですが、この先の製造設備の防衛力は尋常ではございませんが……』


『大丈夫です。俺が消し去りますから』


 リオンはそう言い残すと、エウバリースの歩みを進め、ミストルテインの製造設備が有る区画へと消えて行った。


『ディバス君。何故最初に教えてくれなかったのだ……天位の騎士が誕生した事を』


『お伝えしましたよ、他の騎士の事も。報告事項の確認を後回しにしたのは貴公です』


『悪趣味な奴め。私の性格を知っていて仕向けたな。で、あの方は何とおっしゃるのだ』


『リオンという青年です。アルテミスが全てを賭けて育てた騎士。オーディンに初めて誕生した白の騎士。オーディンを統べる唯一無二にして最強の天位の騎士、リオン・フォン・オーディン殿です』


『儂が全く敵わなかったのは、エウバリースの性能だと思いたいが……違うのだな』


『ええ、あれが()の方の力です』


『そうか。儂の行いは無駄であったか……』


『いえ、そうとも言い切れません。私が知る限りの事実から導き出すと、これも十五オーディンに導かれた未来のひとつかと』


『全てが繋がっていると?』


『ええ、そうとしか……本当の事は分かりませんが』


『では、天位の騎士殿のご命令通り、出来損ないを駆逐しに行こうか。ディバス君』


『はい、ミラルド先輩』


 二機のGDが勢い良くコロニーの出口へ向けて加速して行く。

 未来を憂い屈辱に耐え忍んで来た琥珀の騎士ミラルドと、未来を信じ根気強く事態への対処を行って来た黒騎士ディバス。

 天位の騎士を頭上に仰ぐ両人には既に迷いも憂いもない。受けた使命を全うすべくブーストの炎を煌めかせている。


 その時、二人の騎士には遮断された通信が二機の間に取り交わされていた。


『マリエッタ様……私には感じ取る事が……』


『グーテンベルク。貴方もですか……やはりアルテミス様は……』

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