第116話 「指輪」
『ディバス君。やはり君が来たか』
『ミラルド卿。ご壮健で何よりです』
ミストルテインの生産工場である軍事コロニー『アリキア』。
その一角で、漆黒の機体と琥珀色の機体が向かい合っている。
『更に腕を上げた様だな』
『貴方に比べればまだまだ』
『ふふ。謙遜を』
単騎でアリキアに侵入した漆黒の機体。ディバスが辿ったルートには、斃された新型ミストルテインの残骸が累々と重なっていた。
『貴方にお聞きしたい』
『ふむ』
『なぜ故に、この様な事に加担された』
『オーディンからの指令だ』
『貴方ならば、それがおかしいと気付く事が出来たはずですが』
『あの時話しただろう。このままだと騎士は滅ぶと』
『そのような世迷言を……』
『オーディンからの提案に賭けてみる事にしたのだよ。人類の行く末を確かめる為にな』
『ひとつの勢力にオーディンと変わらぬ技術を提供し世界を統一させるなど、我々騎士が信じて来た人類の可能性を摘む事だとはお考えになられなかったのか』
『それを我々が判断するなど、烏滸がましい事とは思わんかねディバス君』
『私はそうは思いませんな! 現に……』
黒騎士のディバス卿が言葉を発している最中に、琥珀のGDハルバードが斧を構えた。
『ディバス君。話の続きは後でだ……手合わせを願おう』
『相変わらず、人を煙に巻くお方だ』
ディバスの口元が綻び、漆黒のグングニールが機体と同じ色をした円錐形の鎗を構えた。
『マリエッタ殿。ご無沙汰しております。お手柔らかに』
『グーテンベルク。相変わらず折り目正しく真面目ですね』
グングニールのCAAIであるグーテンベルクの真面目そうな挨拶に対し、ハルバードのCAAIであるマリエッタが柔らかな声で応じた。
『てっきり、性能を調べる為に解体されているかと思っておりましたが。ご無事で何よりでございます』
『ふふ。奴らはCAIカードの強化にしか興味はないわ。CAAIの必要性を論じる事も無ければ、造る技術さえも持ち合わせていなさそうよ』
『マリエッタ殿の性格が悪かったのでは?』
『……ミラルド様。CAAIピットを潰して下さいませ』
蝶ネクタイをした執事の様な姿に、真面目な語り口のグーテンベルク。茶色の長髪を琥珀色のカチューシャで纏め、面長で美しく気が強そうだが、柔らかな印象を与える語り口のマリエッタ。
軽い会話を続けながら、二人の間には膨大な量のデータがやり取りされていた。
『ふっ。通信は完了したか』
『はい。お互いに最新の報告情報を取り交わしました。内容は……』
『良い。終わってからだ』
『はい』
マリエッタの返事が聞こえるや否や、ハルバードがブーストの炎を煌めかせながら一気に距離を詰めた。一方のグングニールは盾と槍を構えたままその場を動かない。
ハルバードが振り下ろした斧をグングニールが盾で受け、そのまま漆黒の鎗を突き出した。
ハルバードの盾に向けて伸ばされた槍先をミラルドが軽く盾で受けると、二機はやや距離を置き向かい合う。
お互いに盾を軽く叩き合う挨拶が終わり、いよいよ騎士同士の戦いがはじまろうとしていた。
────
「どいてよ! クソ兄貴を殺した奴を灰にしてやるんだから!」
リーザの駆るショッキングピンクの新型ミストルテインは、既に残骸と化している赤いクナイへ向けて、止めを刺すべく粒子レーザーを放つ構えを見せていたが、寸でのところで邪魔が入った。
赤い機体と自分の機体との間に瞬時に割り込み、兄の敵をこの世から消し去るのを邪魔する機体。白く輝く騎士の機体が立ち塞がったのだ。
「殺すわよ! あんたも原因なんだから殺される義務があるわ!」
言うが早いかリーザは近接武器である斧に持ち替え、目の前に立ち塞がる機体へと躍りかかった。
「えっ」
ところが、機体がブーストを焚いた刹那、青い光が目の端を通過しモニターに警告が映し出される。
斧を持つアームを示す画像が赤く光り、切断されたことを示していた。
次の瞬間コクピットが凄まじい衝撃を受け、シートベルトに抑えられたリーザの体がつんのめる。
「こいつ!」
更なる追撃を察知したリーザは素早くフットペダルを踏み抜き、フルブーストで攻撃から逃れようとした。
「何でよ! 遅い!」
リーザ自らが口にしたように、ピンクのミストルテインは備わっているはずの俊敏性を発揮することができず、エウバリースからの追撃を躱す動きが遅延した。
その原因は、クナイを執拗にいたぶっていた際に、セシリアの反撃で脚部のブースターとスラスターが潰されていたからであった。
「あのクソ女がっ! こんな所で」
再び青い光が襲い掛かり、次々とピンクの機体を捉え、その度に赤い点滅箇所が増えて行く。
それでも、リーザは必死で機体を取り回し、致命傷となるのを防いでいた。
だが、それも束の間の事でしかなく、白く輝く脚部を視界に捉えた直後に、凄まじい衝撃と共にコクピット内がブラックアウトする。
「がはっ!」
ヘルメットを被ったまま、シートの背に強かに頭をぶつけたリーザの視線が泳いだ。
その途端、それまでの険しい表情が消え、ふっと遠い目をした。
「……もう、いいわよね……」
再び強い衝撃を受け、機体が裂ける音と共に、何処かへと漂って行く感覚に包まれる。
目の前で兄カークスの機体が爆散し、その衝撃で意識を失ったあの時と同じ感覚だ。
非常灯の小さな明かりを見つめながら、いつの間にか本来の穏やかな表情を取り戻したリーザ。
誰かに語り掛けるかの様に呟いていた。
「……私……もういいわよね。精一杯頑張ったわよね……」
リーザの瞳から大粒の涙が溢れ出し、バイザーの内側を漂っていく。
泣き虫の彼女は、腕を回し自分を抱きしめながら目を瞑った。
「……カークス兄さん。私を守ってくれてありがとう……私の為に……」
────
何処かへと漂って行く破壊されたピンクの機体を見送ると、白く輝くエウバリースが回頭し小惑星へと機体を寄せる。
幾度呼びかけても返事のない赤い機体。コクピットの扉を引き剥がすや否や、エウバリースのコクピットが開き、スラスターを身に着けたリオンが飛び出して来た。
「アルテミス! 周囲の警戒をお願い」
『承知しました』
返事と共にエウバリースが小惑星に背を向け、全方位に向けて警戒を始める。
リオンはクナイのコクピットに辿り着くと、直ぐにその中に身を潜らせ、力なく手足を漂わせている赤いパイロットスーツに取り付いた。
「セシリアさん……セシリアさん……セシリアさん!」
シートベルトを外し、リオンはセシリアをそっと抱きかかえた。
パイロットスーツが破れている箇所を見付け、急いでパッチを当て空気が漏れるのを防ぐ。無駄な行為でない事を信じて……。
「セシリアさん……ごめんなさい。俺はまた貴方を守れなかった……」
「……」
何も返事は返って来ない。
リオンは力が抜けたままのセシリアの体を優しく抱きしめた。
「俺……貴方に渡したい物が……この戦いが終わったら……渡そうって」
『バイタル確認』
アルテミスからの通信が耳に届き、リオンの胸が高鳴る。生きている!
「う……リオ……」
ヘルメット越しにセシリアの声が聞こえ、リオンが抱き締める力が少しだけ強くなった。
「セシリアさん。死なないで。俺の傍から離れないで……」
「……うん……」
目を瞑ったままのセシリアが小さく頷く。
「ティア! エル! 居るかい」
リオンが強い調子で通信機に語り掛けると、直ぐに返事が返って来た。
『リオン様。近くにおります』
「セシリアさんを救助して至急宙域から離脱」
『はい。承知しました』
「いいかい。俺のとても大事な女性なんだ。どんな事があっても命を取り留めて、救ってくれ」
『はい。命に代えてお守りし、必ずお救い致します』
エウバリースと小惑星との間に、一機のGDが徐々に姿を現す。限りなく黒に近い紫の機体。高度な光学迷彩とステルス性能を持たされた紫紺の騎士専用機アイギス。
双子の騎士ティアとエルが二人で騎乗するため、CAAIではなくCAIカードでの運用をしているGDだ。
一瞬でも目を離すと星々の中に見失ってしまいそうな機体が、リオンとセシリアが待つ小惑星へと取り付き。回収作業用のロボットと共にティアとエルが飛び出して来た。
リオンからセシリアをそっと受け取ると、担架型の装置に固定する。
『リオン様。後はお任せ下さい』
セシリアをいつまでも離せないでいるリオンの手を、ティアがそっと外す。
その時、セシリアの瞼がうっすらと開かれた。
「……リオ……渡したい…………物って……なあに……」
「セシリアさん……セシリアさんのお母さんに渡されたお守りの中身……指輪……」
「……うそ……」
セシリアは笑みを浮かべ再び瞼を閉じた。
『では、行きます!』
ティアとエルが作業用ロボと共にアイギスへと戻って行く。
二人は気が付いていないが、セシリアの閉じた瞼からは涙が溢れ出していた。
「……バカね……リオン……それを……聞いたら……もう、死……じゃない……」
セシリアは誰にも聞こえない呟きを残し、僅かに微笑んだ。
『エル! バイタル低下。急ぐよ!』
『ティア! 心肺停止! 蘇生措置!』
『セシリア様! ダメだよ。リオン様が悲しむよ。戻って来て──』