第114話 「第一の従者エドワード」
「白騎士の奴はパイロットが違うのか。お粗末な動きだったが……」
ディープグリーンの新型ミストルテインのコクピットで、ロイドボイドは首を傾げていた。
リーザの機体から回収した戦闘データを元に、幾度も戦闘シミュレーションを行って来た。だが、あの白い機体はどの騎士よりも手強かったはずなのだ。
ところが、やっと相まみえる事が出来たと思いきや、お粗末な回頭動作で背後を見せ、ほぼ一撃で戦闘能力の大半を奪う事が出来てしまったのである。
並以下のパイロットであれば、相手の実力不足、もしくは自分の実力なのだと過信するところだが、当然そうは思わない。
かろうじて防ぐ事が出来たが、こちらの攻撃が動力部に至る寸前の回避行動から、あの鋭い蹴りを繰り出す動きに繋げるなど、そうそう出来るものではない。
もし追撃を狙い機体を僅かでも加速させていたら、あの蹴りを真面に食らい自分が大破させられた可能性すらあるのだ。
その一事に於いても、相手のパイロットの技量が並みのものではないと物語っていた。
だが、オーディンの白騎士とは思えない動き。故意に攻撃を受け、自分を誘い込んでいたのかと疑ってしまう。
「しかし、この青いGWはなかなかやる。奴の動きで白騎士を取り逃した上に、執拗に食い下がって来るじゃないか」
ロイドボイドの口元が微妙に緩む。彼は強敵と相まみえる事に喜びを感るのだ……。
「クソッ! 単機だと奴の足止めが精一杯だな……」
アジュのコクピットでは、先程からギリギリの戦いを繰り広げているエドワードが、額から汗を吹き出させていた。
もちろんヘルメット内に漂い出た汗は、空気の流れで回収されるのだが、激しい急制動と急回頭の繰り返しで、いくつもの玉になった汗がバイザーの中を飛び回っている。
「お互いに化かし合いの連続だが、奴の方が有利と言ったところか」
ディープグリーンのGDからの攻撃は、躱すのが精一杯の鋭さで迫って来る。逆にエドワードからの攻撃は余裕で受け流されている状況なのだ。
「だがな、俺はあのリオンと訓練を積み重ねて来た。そうそう楽はさせんぞ」
アジュが新型ミストルテインの盾を躱し、見事なタイミングでコクピット目掛けて剣先を突き入れる。
素早く斧の腹で剣を受けたディープグリーンの機体が、反転しつつ斧を振る動作を見せた。
だが、そのアームには斧は握られておらず、逆のアームに握られた斧があらぬ方向からアジュに迫る。
「それはお見通しだよ」
機体の下方向から切り上げてくる斧を、スラスターの噴射で機体を逸らし躱す。
目前を斧が通り過ぎるや否や、今度は相手の胴部目掛けて剣先を突き入れた。
「これを躱すかよ……」
ディープグリーンの機体は剣先が届く寸でのところで、素早く後退し攻撃を躱した。
「やはり俊敏性はGDの方が上か……しかもパイロットは例のGD部隊の隊長様だな」
ウルテロン軍による情報提供で、敵GD部隊の隊長がロイドボイドという名で、彼がミストルテイン部隊屈指のエースパイロットであり、ディープグリーンの機体に騎乗していることも知らされている。
戦闘シミュレーションで幾度も戦った相手だが、機体が新型に変わっている上に技量の程もかなり上達していた。
しかも、GDとGWという機体サイズや出力の差だけではなく、俊敏性に於いてもロイドボイドの駆る新型ミストルテインの方が格段に優れているのだ。
「クッ……厳しいな」
相手はエドワードの攻撃を躱すや否や、鋭い攻撃を立て続けに仕掛けて来る。
リオンとの戦闘シミュレーションのお陰で、殆どの攻撃を躱す事が出来てはいるが、躱すのが無理な攻撃は剣や盾で受けるしかなかった。
「一撃一撃が重たい。各部にダメージが蓄積していく……あとどのくらい持つ」
エドワードは敵機との性能差を正確に読み取り、この敵のエースを少しでも長く足止めするという役目を十分に果たしている。
この機体を自由にさせると、味方艦隊が甚大な損害を受ける事は間違いない。それは、敵軍事コロニー攻略作戦の失敗を意味するのだ。
「リオン、早く戻って来いよ。やはりお前が居ないと……。だが、さっきのエウバリースのお粗末な動きの原因はリオンじゃないな。だとすると、ここに来てアルテミスの限界が……」
誰かと話している訳ではないが、エドワードは不安に苛まれながら呟いていた。
もしアルテミスが機能を停止していたとしたら、リオンの戦線復帰は絶望的になる。ファイネリングのトリシューラに乗り換えるという手もあるが……。
エドワードの脳裏には様々な想いが駆け巡っている。だが、その間にも敵からの鋭い攻撃は続いていた。
『……左アーム部耐久限界』
CAIカードからの報告と同時に、盾を持つ左側アーム部の操縦が利かなくなる。
「まだまだ!」
エドワードは自らに言い聞かせるかの様に叫ぶと、口元に笑みを浮かべた。
「俺はリオン・フォン・オーディンの第一の従者だ! 易々とは……」
左アームの操縦が利かなくなるや否や、防戦一方だったエドワードが一転、攻勢に出る。
動かないアームごと盾を前面に構え、フルブーストでロイドボイド機に迫った。
「左アームパージ(切り離し)!」
エドワードの指示が飛び、アジュの左アームが本体から切り離される。
そのままの勢いで迫る盾を、アジュの体当たりと見做したロイドボイドが斧で切り伏せた。
だがその刹那、死角になる位置から捨て身の攻撃を仕掛けた青い機体が懐に飛び込む。
アジュの放つ決死の一撃がディープグリーンの機体の胴部に食い込むが、咄嗟の動きで機体を捩り、致命傷には至らず往なされてしまう。
間髪入れず、捨て身の攻撃で完全に隙ができたアジュ目掛けて斧が振り下ろされた。
「クソッ! まだだ!」
一瞬の加速で斧による斬撃を脚部で受けたアジュは、両方の脚部を失いながらもすかさず回頭し、振り向きざまに残された右アームで粒子レーザーを放った。
だが、ロイドボイドはその攻撃を盾で受けると同時に加速し、再びアジュ本体へ向けて斧を振るう。
アジュの頭部が弾かれ、高速で何処かへと漂って行き、直後に加速がしっかりと乗った蹴りが、右アームしか残っていない胴部を強かに弾き飛ばした。
蹴られた勢いで、無残な姿と化したアジュが宙域を流れて行く。
『戦闘不能……制御不能。機体の誘爆を防ぐ為に全動力を停止』
「……ここまでか。リオンの第二の従者様は……いや、彼女が第一だと言い張るだろうな。無事なら良いが……」
非常灯が小さく灯るコクピットの中、エドワードが操縦桿から手を離し、そのまま頭を垂れた……。
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「しつこいわねぇ。だから女は嫌いなのよ」
赤いGWとショッキングピンクのGDが、激しく戦闘を繰り広げながら宙域を流れて行く。
周りの状況などお構いなしに攻撃を繰りだすピンクの新型ミストルテインと、防戦一方だが隙を突いて反撃を試みる赤いクナイ。
機体性能から圧倒的に不利なクナイの胴部に、急加速したピンクのミストルテインが鋭い蹴りを入れる。
素早い回避行動で深刻なダメージは受けなかったが、蹴られた部分の装甲が歪み、一部は剥がれて宙域へと消えて行った。
致命傷を負わせる事が出来なかったピンクの機体が立て続けに攻撃を加えて来るが、セシリアはその全てを見事に躱している。
「お生憎様。リオンが戻るまで。私がゆっくり相手をしてあげるから」
セシリアが艶やかな微笑みを浮かべながら、モニターに映るピンクの機体を見つめていた……。