第113話 「劣勢の戦局」
「アポロディアス……生きてる?」
『……』
「あら……死んだ?」
『……壊れてはいない……何とか稼働している。アリッサ……貴女こそどうなんだ』
「どうだろう。体中痛いし、真っ暗で良く分からないわ。でも、どこかに穴が開いているわね。スーツ内の空気が減って行く」
『補修に赴きたいが、全身が挟まってピットから出られない。済まない』
「大丈夫よ。覚悟は出来ているから。あー、リオンをぶっ飛ばしてやりたかったな……」
『ふふ。無理だろうな。もう生身の格闘ですら敵う相手じゃない』
「本当、ムカつくわね。あっと言う間に強くなっちゃって……。あれが天位の騎士の素質ってやつなのかしらね。ちょっと羨ましいかも」
『アリッサ……貴女も凄い騎士だ。活動限界に達しながら、あれだけの攻撃を一身に受け、破壊されずに被弾し続けるとは……君は最高の深紅の騎士として語り継がれるさ』
「うふっ……沢山倒したわね。少しはロディの役に立てたかし……」
『アリッサ? アリッサ……』
────
内部爆発が起きたエリアを仕切る隔壁が次々と降り、他のエリアへの延焼を防いでいる。
降りた隔壁により炎が遮断された通路を、怪我人を抱えた男達が格納庫へ漂って行った。
「提督。そろそろ限界です」
「皆の退艦状況は」
「はっ! 艦橋に残っている者が最後かと思われます。ヴィチュスラー提督もお早く」
「皆の退艦を確認してから私も向かう。貴殿らは即刻退艦せよ」
「提督! 貴方は行かねばならない所が有るのではないのですか!」
「……分かっている。だが私情を優先し皆の命を蔑ろにはできぬ。その様な指揮官は一番に死ぬべきだ。とにかく退艦せよ」
玉状になった血を頭から漂わせているヴィチュスラーが艦橋の出口を指差し、副官やオペレーターへ退艦を促している。
副官は艦内の退艦状況をノイズが激しいモニターで確認し、オペレーターは通信障害で反応のない相手に向け必死で呼びかけを続けていた。
「……聞こえますか……イーリス……聞こえますか……もし聞こえていたら……座標は……」
近くのエリアで起きた爆発で艦橋が振動する。内部爆発は徐々に艦橋へと迫っていた。
それでも、ヴィチュスラーは動こうとしない。
その姿に、出口の脇で控えていた下士官が、ヴィチュスラーへ向けて床を蹴る。彼の執務室に来ていた、いつもの年配の下士官だ。
艦内で床への空気の流れを作り出し、僅かながら人工重力をもたらしていた機能は既に停止している。
下士官は蹴り出したスピードを保ったまま宙を漂い、ヴィチュスラーの指揮席に手を掛け彼の直ぐ脇へと着地した。
「失礼」
「ん?」
下士官の男はヴィチュスラーの襟首と腰の辺りを掴み、今度は出口へと向けて指揮席を蹴った。
その勢いで靴底の磁石で床に付いていた脚が離れ、下士官とヴィチュスラーの体が出口へと漂い始める。
「な、何をする!」
「ああ、若けぇ兄ちゃんが意地張るのが見ていられなくてな! あの綺麗なねぇーちゃんを救うのはおめぇーじゃねぇのか?」
「それは……」
「おめぇーは俺の子供と大して変わらない歳なんだよ。こんな所でくたばって貰う訳には行かねーんだ。早くねぇーちゃんの所に行きやがれ!」
「……」
「良し! 早く格納庫へお連れしろ! 我々も直ぐに後を追う」
下士官の行動を確認した副官が、苦笑いしながら声を掛ける。
彼も下士官の男と同年代であり、同じ気持ちだったのだ。
「了解!」
「頼んだぞ」
心配していたヴィチュスラーの退艦の目途が立ち、年配のオヤジ二人が軽く目礼を交わす。
「ほらっ、行くぞ!」
「……はい」
ヴィチュスラーは、久しぶりに父親に叱られた様な気持ちを味わっていた。そして、焦る気持ちに急かされながら、脱出用のランチが待つ格納庫へと向かっている。
いつの間にか大切な存在になっていた女性が、無事であることを心より祈りながら……。
─────
白く輝くエウバリースから撃ち出された強力な粒子レーザーが、拡散チャフに散らされキラキラと光彩を放ちながらも十分な威力のままミストルテインを貫いた。
正確に動力部を貫かれた機体が火球に変わる。
「次に行きます。正面を叩くので、ふたりは両サイドをお願いします」
『了解よ』
『りょうか……』
段々と酷くなる通信妨害で会話が聞こえ難くなっているけれど、まだ何とか会話が出来ている。
これ以上酷くなると機体を接触させながらの通信しか手段が無くなるかも知れないが、エドワードさんとセシリアさんと訓練を積み重ねて来た連携は、ちょっとした動作で次の行動を予測出来る様になっているから心配はない。
お陰で僅かな時間で既に一〇機以上のミストルテインを撃墜できている。
次の目標となる敵機目掛けてフットペダルを強く踏み込む。
その時、一瞬だけ脚の動きに抵抗を感じたけれど、些細なものだった。
感覚的にほんの僅かに遅れたが、直ぐにフル加速を始めるエウバリース。
躱しにかかる敵機を動きで釣り込み、近接武器の間合いに収める。
防御態勢で構える敵機を目前に急回頭を行い、援護に入ろうとした別の敵機を正面に捉えた。
青く光る長剣を一閃。こちらの動きについてこれない敵機が胴部で切り離される。
間髪入れずエウバリースの陰から躍り出た赤いクナイが、こちらに引き付けられている敵機の懐に飛び込み、素早く短剣をコクピットに突き入れた。
そのクナイを攻撃の間合いに捉えたもう一機のミストルテインが、近接武器である斧を振りかざした刹那、エウバリースの脇から現れた青いアジュが背後を取り、敵機の動力部を剣が貫く。
完璧な連携。この勢いでミストルテインを撃破できるのであれば、GD生産基地と思われる軍事コロニーの攻略戦は上手く行きそうだ……。
軍事コロニーの『アリキア』攻略にはヤーパンの艦隊から五〇〇隻が当てられ、ほぼ同数の敵防衛艦隊と攻防を繰り広げている。
俺達は敵の艦隊の背後にある軍事コロニーへの攻略ルートを模索しながら戦闘を続けていた。
目標はミストルテインの生産拠点と見られる軍事コロニーの占領と生産施設の破壊。
その為には、やはり目前の敵防衛艦隊をある程度潰さなくては、突入口を確保する為の工作部隊がコロニーに辿り着けないのだ。
戦闘開始直後は優勢に戦う事が出来ていたが、敵防衛艦隊側に新たな部隊が合流してから、戦局が一気に悪化した。
これまでとは動きもカラーリングも違う新型GDが戦場に現れたのだ。
紫のカラーリングの新型ミストルテイン。外観は殆ど変わっていないが、減速や回頭性能が格段に良くなっている。
それまでは三機の連携で容易に撃墜出来ていたのに、新型には手を焼いている。
自分達ですらそんな状況なので、艦隊防衛のGW部隊は更に苦戦を強いられているはずだ。早くなんとかしなければ、艦隊が危うい状況に陥ってしまう。
「とにかく、艦隊に取り付きそうな連中から排除して行きましょう」
『了……』
『……』
「ちゃんと聞こえたかな……」
通信状況が更に悪くなっている。
「おっとー」
確認の為、もう一度語り掛けようとした時だった。凄まじい勢いで粒子レーザーの束が襲い掛かって来たのだ。
攻撃を躱し、散開しながら撃って来た相手を確認する。
カラーリングもデザインも他とは違う機体。濃いグリーンとピンクの機体だ。
ピンクの機体があの時戦った奴で、グリーンが戦闘データで幾度も見たパイロットだとしたら……恐らく敵のエースだ。
敵機はさらに素早く動きながら立て続けに攻撃を仕掛けて来た。
ピンクの機体が正確な射撃を加えながら急激に迫って来る。
釣り込む動きをしながら迎え討とうとした途端、急激に方向転換を行いこちらの意図を潰される。
ピンクの機体はクナイを標的にしていた。散開して離れた所を狙ったのだ。
援護に動こうと思った途端、その背後からいきなりグリーンの機体が飛び出し、こちらに向かって来た。敵ながら良い連携だ。
そのままグリーンを迎え撃つ動作を見せながら、実際はクナイの援護をすべく、敵を釣り込んでいく。
──近接の間合いに入ったら、相手の裏を掻き急制動・急回頭を行い、隙を突いてピンクの機体へと一気に……。
「なっ……」
狙った動作を行う為に、瞬時にフットペダルを組み替えようとした時だった、何かがペダルを一瞬ロックしたのだ。
僅かな時間だが致命的な遅れ。状況に対し完全にミスマッチな動き。
遅れて組み替えたフットペダルの影響で、完全にグリーンの近接攻撃の間合いに入ってしまった。しかも、相手に背を向けた状態。これは相手からの攻撃を躱せない……。
片側を粒子レーザーで覆われた斧の刃がエウバリースの背にあるメインブースターを切り裂く。
それ以上深く撃ち込まれない様、咄嗟に機体を前方に逸らしつつ、回頭用のスラスターをフルバーストし機体を回転させる。その勢いを利用して蹴りを繰り出した。
だが、相手はこちらの意図を的確に察知し、斧の柄の尖った部分で蹴りを見事に防いだ。
尖った柄の先がめり込んだ脚部が、姿勢制御用スラスターごとひしゃげてしまう。
このまま連撃されると躱し切れないと思った矢先、敵機の動きが鈍り僅かだか間が空いた。恐らくこちらからの反撃を警戒したのだろう。
『リオン下がれ!』
この状況で、次の一手をどう打つべきか頭をフル回転していた時だった。俺を退避させる為に二機の間にアジュが踊り込んで来たのだ。
それでも、そのまま戦闘を継続しようと動こうとした刹那、意図した方向とは真逆にエウバリースが動き始める。アルテミスの緊急回避が入ったのだ。
『メインブースター破損により移動速度七〇%減。脚部破損により回頭性能二〇%減。戦闘継続は危険と見做し退避します』
「ダメだ! アルテミス! 戻して!」
『申し訳ありません。私の脚部情報伝達系のエラーが原因です。機体修理の為イーリスに帰還します』
「ダメだアルテミス! このままだとアジュとクナイが……」
モニターの中でピンクの機体に追い回されるクナイと、グリーンの機体と近接戦闘を繰り広げるアジュの姿が遠ざかって行く。
『申し訳ありません……私が……私の……』
「アルテミス……」