第111話 「決戦の時」
『武装類補充完了。アルテミスさん確認お願いします』
『了解……確認完了』
コクピットの全球モニターにエウバリースの武装類補充の進捗が表示されている。どの武装もブルーで弾薬も全てフル充填されている事が確認出来る。
「ノーラさん。アジュとクナイの所在は確認できませんか」
『はい。敵のジャマーによる通信系の混乱で、戦況も断片的にしか情報が取れません』
「ヴィチュスラーさんの艦が撃沈されたというのは?」
『それも確認中ですが情報が錯綜していて詳細が掴めません。現在エルテリアの提督代理が艦隊指揮を執られているのは確かです』
「くそっ! アリッサとディバス卿とも連絡が付かないし」
『申し訳ありません』
「ノーラさんが悪い訳じゃありません。俺がもっと……。皆無事でいてくれよ」
『はい……』
モニターに映るノーラさんの表情が曇る。エドワードさんが心配なのだ。
早く再出撃して状況を変えないと……このままだと俺達は。
「イーリス! 破損個所の修理状況は!」
『五二〇秒後に完了予定。ですが、左脚部スラスターE一〇二三からE一〇八〇部までの取り替えをお勧めします。どうしますか』
『リオン……ごめんなさい。私が……』
「アルテミスのせいじゃないさ。イーリス、取り替えに掛かる時間は」
『更に六〇〇秒掛かります』
「一五分以上か……脚部のスラスターの一部ぐらい……」
『イーリス。直ぐに取り替えて下さい』
迷っていると、アルテミスの強い指示が入った。
『了解。作業に入ります』
イーリスの返答と同時に、左脚部にロボアームが取り付き破損個所の取り替えを始める。でも、待ち時間が惜しくて焦れてしまう。
『リオン。気持ちが急くのは分かります。ですが、万全の準備をしなければ足をすくわれる事もあります。今の私が言うのも何ですが……』
────
「ようリオン! 久しぶりだなぁ。かれこれ五年振りぐらいか?」
「ご無沙汰しております。作業コロニーのオッサンにまた会えるなんて!」
「おう! 親方たちの事は気の毒だったな。お前もてっきり死んだもんだと思っていたが……随分と偉い人になっちまったようだな。見違えたぞ!」
「変わっていませんよ。親方に叱り飛ばされていた頃と」
ウルテロンの軍事コロニーに到着した連合艦隊は、これからの作戦行動の準備の為に補給と編成を行っている。
俺はウルテロン政府が協力を了承してくれたお礼も兼ねて、儀礼服でウルテロン軍の参謀本部を訪れていた。
扉を潜って最初に駆け寄って来たのが、あの襲撃時、物品運送の為に作業コロニーに居なかった運送屋のオヤジだった。
協力を求めた交渉時に、ウルテロン政府への情報提供の中で最重要事項とされていたのが、俺の本人確認。
殆どの人が襲撃で殺された作業コロニーの生存者で、俺を知っている者を探し出して確認を行ったそうだ。それが目の前に居る運送屋のオヤジなのだ。
「お陰でこっちは家族揃って軟禁状態さ! まあ、VIP扱いで至れり尽くせり。お前はよっぽど凄い奴なんだな!」
運送屋のオヤジは笑い飛ばしているけれど、今回の協力の件に関して、万が一セントラルコロニー政府へ情報が漏洩した場合、それはウルテロンコロニーの破滅に繋がり兼ねない。
軟禁と言いながら、常時監視が付き命の危機すらある状況だったはずだ。
「リオン・フォン・オーディン殿。お会いできて光栄です。私はウルテロン政府代表の……」
運送屋のオヤジの横に壮年の男性が現れ握手を求めて来た。
氷の惑星ディオティネスからウルテロンへと向かう航海中に、映像データのやり取りで幾度か見たけれど、顔を合わせて会話するのは初めてだ。
その後も政府要人や軍の首脳部の方たちと面談を行い、同時にヴィチュスラーさんや各艦隊の指揮官級の情報交換が行われた。
ウルテロン政府からセントラルコロニーの拠点情報や軍用と思われるコロニーの位置情報を貰い、艦隊の侵攻ルートや占領目標を確認する。
ミストルテインを生産していると思われる軍事コロニーと、ティガーデンにある政府施設とを同時に攻略する為、艦隊戦力を分散する事になるけれど仕方がない。
騎士が中心となり軍事コロニーを攻略。一方の主力艦隊はティガーデンの防衛線を突破し、惑星軌道上から政府関連施設をピンポイントで無力化する計画だ。
ウルテロン政府は拠点の調査と情報提供には協力してくれたが、流石に軍によるセントラルコロニー攻めには参加しないと伝えられている。
もし軍を出して俺達が敗北すれば、ウルテロンは裏切りを行った国家として攻撃される事になる。国と国民を守るためには賢明な判断だと思う。
「リオン殿。儂はある程度の目途が付いた所で自分の狙う拠点へと向かわせて貰おうと思うが、宜しいか」
「ええ、ディバス卿のご判断にお任せします。どうぞご無事で」
「うむ。天位の騎士殿も……」
黒騎士ディバス卿が優雅な所作で会釈をして、グーテンベルクを引き連れて立ち去って行った。
「クソリオン! あたしは自分の艦隊の先陣を切らせて貰うわよ!」
「ああ、アリッサはドロシア艦隊を頼む」
相変わらず口の悪いアリッサだが、可愛らしく手を振りながら、ヴィチュスラー提督と共に小型艦艇へと乗り込んで行った。
「リオン。俺らは何処までもお供するぜ。邪魔にならない様にな」
「リオンちゃん。嫌だと言っても付いて行くわよ。良いわよね!」
「もちろんです。エドワードさん、セシリアさん、宜しくお願いします」
「小僧! 後ろの事は俺達に任せろ。機体がボロボロになるまで暴れて来な。まあ、エウバリースの修理は俺等じゃないけれどな!」
「ヤスツナさん。優秀なメカニックが居るからこそ安心して戦えるんです。皆さん長時間の激務になると思いますが、宜しくお願いします」
「ああ、任せとけ!」
ヤスツナさんに背中を思い切り叩かれ、勢いで体が浮きセシリアさんの方へと流れる。そのまま腕を広げてギュッと抱き止めてくれた。
「では、皆さん出発しましょう。また戦いの後で」
挨拶を交わし、いつものメンバー達はそれぞれの持ち場へと去って行った。
二度と会えないかも知れないという不安と、絶対に自分が何とかしなければという気持ちが込み上げて来る。
いよいよ戦いが始まるのだ……。
────
「ヘンリー議長!」
「何事だ、騒がしい。落ち着け」
「はっ! 申し訳ございません」
執務室に飛び込んで来た議長付の下士官が慌てて敬礼を行う。
「どうした。またどこかの宙域で武力衝突でもあったか」
「はっ! ティガーデン防衛隊より入電。所属不明艦隊が接近中。更に、一部の軍所属コロニーが既に交戦中との事」
「なに? レジスタンス如きが本星と軍事拠点のコロニーを狙うとは……無謀な奴等だ。規模はどの程度だ」
「……団規模です」
「何だ? 良く聞こえなかったぞ」
「はっ! 旅団規模です!」
「何かの冗談か。相手が弱小だからと言って、あまりふざけすぎると味方が怪我をするぞ」
報告を受けているセントラルコロニー軍統合参謀本部議長のヘンリーが呆れた表情を浮かべた。
現時点で二〇〇〇艦以上の編成である旅団規模の艦隊は、自軍以外には存在しないはずだからだ。
唯一可能性があるとすればウルテロンコロニー軍。だが、従属させている同盟国であるウルテロン軍が攻撃して来るはずはない。
であれば、報告者の戯言に違いないのだ。
直ぐに下士官が頭を下げ、戯言を詫びるかと思いきや、直立不動の体勢で胸を張った。
「今一度申し上げます。防衛隊よりの至急電によりますと、敵の艦隊は三個旅団規模との事です!」
「貴様は! いつまでふざけて……」
悪ふざけが過ぎると思い、流石に報告者を叱ろうかと腰を上げた途端、執務室の扉が勢いよく開き、血相を変えたマデリン国防長官が飛び込んで来た。
「ヘンリー! オーディンの連合艦隊が攻めて来たわよ!」
首都攻撃という国家の危機に、国防長官であるマデリンは既に正気を失っていた。
議長の役職を付けることも忘れ、ファーストネームで呼んでしまっている。
ヘンリーはここに来てやっと報告者の伝えて来た敵襲の情報が真実だと悟ったのだった。
「落ち着け! 本国防衛隊の規模は敵を上回っている。しばらく凌いで他宙域から戻した部隊で挟撃すれば良い。たかだか六〇〇〇隻程度の艦隊で狼狽えるな!」
ヘンリーの一喝で下士官とマデリン国防長官の背筋が伸びる。
「こちらのGD部隊はどの程度出せるのだ」
「はっ! 新型ミストルテインの調整の為、GD部隊の司令官ロイドボイド大佐の部隊が駐留しております。新型を含めまして機数は恐らく一〇〇機は下らないかと」
報告を聞きヘンリーの口元が緩む。エースパイロットが率いるGDミストルテインが一〇〇機。圧倒的な戦力だった。
「なかなか戦地に赴かず不快に思って居たが、思わぬところで役立ったな。直ぐに戦線に加えさせろ」
「はっ! 承知しました」
報告者が踵を返し部屋から立ち去ると、ヘンリーは豪華な椅子に座り直しマデリンを手招きした。
彼の心強い言葉を聞き安心したのか、マデリンがしなを作りヘンリーの膝の上へと腰を落とす。
「うふふ。惚れ直したわよ……ヘンリー・アッカーマン議長様」
────
GDミストルテインの生産設備が有る軍事コロニー『アリキア』。
情報漏洩を防ぐ為に極秘の施設であるのだが、周辺宙域の警備が厳重過ぎるが故に、ウルテロン軍に生産拠点の可能性があるコロニーとして特定されてしまい、現在オーディン艦隊が迫っていた。
襲撃者を迎え撃つべく、アリキアの軍港からGD運用艦が護衛艦と共に次々と出航している。
その司令艦の格納庫で、二機のGDが駆動音を上げ始めた。
鎧を纏った古代の戦士の如き外観に大きな変化はないが、トップパイロット達の戦闘情報により改良・再設計が施された新型ミストルテイン。その中でも、この二機のカスタマイズは群を抜いている。
一機がダークグリーンで、もう一機が派手なショッキングピンクの機体。
パイロットはロイドボイド・ルフト大佐と、リーザ・バーンスタイン伍長である。
『リーザ。いよいよだぞ』
『殺す……殺す……あいつを殺す……必ず殺してやる』