第110話 「格納庫の床にて」
「ファイネリング。頑張りましたね。リオン殿を守ってくれてありがとう」
アルテミスに褒められたファイネリングが嬉しそうに微笑んでいる。
CAAIピットで目覚めたアルテミスは、CAIカードやイーリスからの情報を読込むと、皆が集まるエウバリースの足元に降りて来て、そのまま床に座り込んだ。皆がそこで宴会を始めていたからだ。
作戦を進めると共に、皆が待って居たアルテミスの目覚め。
オーディンによる情報漏洩の事はもちろん、状況報告やこれからの計画に付いて話し合わないといけない。
けれど、その場を宴会という砕けた感じにしたのは、大変な時にスリープ状態に入る事を気にしていたアルテミスへの皆からの心遣いなのだ。
「あらあら。ファイネちゃんは、しおらしくしているけれど大変だったのよ、アルテミス」
「大変?」
「ええ。訓練が終わる度にリオンに抱き付くわ、アルテミスじゃなくて自分のパートナーになれとか誘惑するわ……」
「ちょっと、セシリア姉さん。アルテミス様に余り変な事を言わないで下さい。殺されちゃいます」
「うふふ。殺したりしませんよ。残念だけれどファイネリングには無理ですから」
「はい、十分に理解しております。天位の騎士様のパートナーが務まるのはアルテミス様だけです」
「あら、それも聞き捨てならないわね」
「セシリアさん。パイロットとしてのパートナーに限った話ですよ」
アルテミスとセシリアさんが微笑み合っている。特に問題はなさそうだ。
「リオン君。酒の肴には最高の話だが、そもそも君が浮気性なのが問題じゃないのか?」
「えっ、何の話ですか」
「何ですって! リオンちゃん浮気は許さないわよ」
「え、あ、はい。でも、エドワードさんがそんな事言えるのかなぁ」
「おいおい。リオン君、穏やかじゃないな」
「リオンさん、それはどういう事? 私に詳しく教えて」
ノーラさんが参戦して来た所で、ヤスツナさんの爆笑と皆の笑い声で、その話は終了した。
久しぶりに全員揃っての宴会。いや、今はCAAIのファイネリングにヤーマーラナ、紫紺の騎士ティアとエル姉妹が加わっている。
CAAI達はアルテミスの傍で話せる事が嬉しいのか、楽しそうに会話をする姿はとてもアンドロイドとは思えない。
双子のティアとエルも、アルテミスに対して特別な感情があるのか、ふたりとも全く同じ表情をしながら話に聞き入っている。
皆それぞれに可愛らしかったり綺麗だったり……。
「痛っ!」
腿を抓り上げられて慌てて振り向くと、口を尖らせたセシリアさんが睨んでいた。
そう言うつもりで彼女達を見ていた訳ではないのだけれど……。
「それはそうと。ウルテロンコロニー政府は、良く協力を承諾してくれましたね」
「うん。決め手は作業コロニー襲撃の事実と、僕がウルテロン出身だという事が確認されたからだよ」
「作業コロニー襲撃とは……例の?」
「そう。君とシャルーアで初めて戦った時の……あの親方やあんちゃん達コロニーで生活していた人が殺された襲撃が、味方で有るはずのセントラルコロニーによって為されたという証拠を渡したんだ」
「それと、リオン君がウルテロン出身というのが大きかったらしい。ウルテロンで育った少年がオーディンの最高位の騎士となり、世界の為に協力を求めて来た。そもそも扱いがぞんざいだったセントラルコロニーへの反感もあり、思った以上にスムーズに事が進んだらしいぞ」
「それは見事な手際ですね。きっとアウグドに留まった皆さんが、命懸けで頑張って下さったお陰ですね……」
────
セントラルコロニー群の街角にある巨大な屋外モニターに、若く凛としたリーフ首相の笑顔での答弁が流れている。
屈託のない笑顔は、多くの地域で反セントラルコロニー活動が勃発し、激しい軍事衝突が起きている事など微塵も感じさせない。
『不慮の事故で亡くなったと言われていた、ドロシアのルカ王太子とヤーパンのイツラ皇女存命の報を受け、私は大変喜ばしく思っております。できうれば、両国の王となられるお二人と手を携え、共に平和な世界を構築して行きたいと考えております』
首相から映像が切り替わり、眼鏡を掛けた真面目そうなキャスターが画面に映る。
『続きまして。各地でゲリラ活動による軍の被害が出ているという情報につきまして、統合参謀本部のヘンリー議長の会見です』
口角を上げた作り笑顔のキャスターから、胸元に無数の記章が並ぶ軍の礼装に身を包んだ体格の良い男性へと映像が切り替わる。
険しい表情から発せられる言葉は少なく、軍のトップであるヘンリーが殆どの質問をノーコメントで終わらせると、再びキャスターの男が画面に現れた。
『この件につきまして、マデリン国防長官からのコメントはなく、現在……』
同じ放送を艦橋のモニターで見ていた男が口の端を吊り上げた。
「いつまで隠し通すつもりだ。『共に手を取り』だと? 王族や指導者を暗殺しておいて、そんな話に乗って来る馬鹿がいるものか。なぁリーザ。お前は仲良くしようと言われたら騎士共を許せるか」
「殺す。次に現れた時は必ず仕留める。あの……」
「だよな。もうしばらくの辛抱だ。あいつらはやって来るよ。必ずここに」
モニターを憎々し気に睨むリーザの脇から副官が顔を覗かせた。
「ロイドボイド大佐。司令部から盛んにエルテリア・ヤーパン方面への出撃を促されておりますが……」
「適当に理由を付けて誤魔化しておけ。敵が馬鹿じゃなければ狙いはここだ。奴らはティガーデンとGDの生産コロニーに必ず来る。反政府活動のお祭りに釣られて、わざわざメインのパーティ会場から抜ける愚は犯さんよ」
「はっ! 承知しました」
「リーザ。訓練の続きをするぞ」
リーザは無言で席を立ち踵を返すと、新型ミストルテインが待つ格納庫へと足を向けた。瞳に狂気の如き炎を湛えながら。
────
「馬鹿リオン! 来てやったわよ」
相変わらず憎まれ口を叩くアリッサの後ろにはヴィチュスラーさんにルカ王子。更にイツラ姫にディバス卿とCAAIのグーテンベルクが続いて現れた。
ヴィチュスラー提督率いる連合艦隊は、ウルテロン軍から極秘で渡された認証コードと政府紋章を使い、ウルテロンの艦隊として万国航路を堂々とウルテロンコロニー宙域へと向けて航行を続けている。
途中でセントラルコロニー軍の監視艦とすれ違う事があるが、認証コードを掲げるだけで疑われる事なく易々と通過しているのだ。
ウルテロンコロニー宙域までは、あとひと月程度で到着する予定。
今日はアルテミスの目覚めに合わせて、皆がイーリスに集まってくれたのだ。
思い思いに床に座り、近くの者達と話に花を咲かせている。
アウグドから共に戦って来た仲間。騎士として出会った仲間。ディオティネスの地下基地で時を共にした仲間。
気が付けば沢山の人達と出会い、これまで一緒に過ごして来た。
ウルテロンコロニー政府からの情報で、俺達が狙うべき場所は特定されている。
セントラルコロニーの首都である惑星ティガーデンと、GDミストルテインの生産用軍事コロニー『アリキア』だ。
世界中の宙域で行われている反政府活動の目的は、手薄になっているこの隙に首都を突き、同時にGDの生産設備に攻撃を加え、セントラルコロニーとの勝敗を決する事なのだ。
けれど、手薄とは言え敵の戦力は生半可なものではない。首都防衛の艦隊だけでもこちらの数倍の規模になるはずだ。
それに加え、ミストルテインが首都防衛にどの位配備されているのか分かっていない。
実際の所、激しい戦闘となり、皆が命懸けになる事は間違いないのだ。
「取り敢えず全員揃った事だし。乾杯しよう!」
行き渡った飲み物を手に皆で杯を掲げる。
戦いが終わった後に、再び笑顔で語り合える事を祈りながら。