第109話 「反転攻勢の時」
イーリスの談話室でエドワードさんとセシリアさんにオーディンから得た情報を全て話した。
もちろん、ひとりのオーディンがGDの情報提供を仕組んだ事。その目的と計画についてだ。
「なるほど。セントラルコロニーがミストルテインを生産出来たのはそういう裏があったという訳だな」
「はい。十五オーディンのひとりが画策した、GDの情報提供に基づいて為された事です。申し訳ありません」
「いやいや、リオンが謝る様な事じゃないだろう。そもそもこの戦争を仕掛けたのはセントラルコロニーじゃない。圧力外交が原因とはいえ仕掛けたのはドロシア側だ」
「ええ。ですが、多くの人が悲しむ現状を招いたのはオーディンです。セントラルコロニー政府が強気の外交を続けた背景に、この情報提供が影響してないとは思えませんから」
「ひとりのオーディンが仕掛けた事なのだろう? しかも提供先にセントラルコロニーを選んだのは理に適っている」
「そうね。私もそう思うわ」
「ええ。他のオーディンに顛末を伝えた時も皆さん同意見でした。武力で制圧するにしても、人類により世界が平和裏に治められるとしたら、そもそもの統一政府であったセントラルコロニーが適任だろうと」
「だな……だが彼らは間違えた。圧倒的な力で占領した後の統治を急ぐあまり、暴力的で恣意的な占領政策を各コロニー群に押し付けてしまった」
「そうよ。国王や政府要人の暗殺なんて絶対に許せない。ヤーパンとドロシアの国民は絶対に屈服しないわよ」
「その通りだリオン。仮に戦争の無い世界の訪れが遅くなろうとも、セントラルコロニーのやり方を許す訳には行かない」
「……」
「俺達が言っている事は間違っているか?」
「いえ、正しいと思います。ですが……」
「どうしたのリオンちゃん?」
「世界をこんな風にしてしまったのはオーディンです。そのオーディンの騎士が……」
言葉が出ない。
引き起こした問題の責任を取るのは当然だけれど、その為に多くの人々を危険に晒して良いのか……騎士とオーディンの戦力だけで、死力を尽くして戦うべきではないのかと思うのだ。
俺はそれをオーディンに命じる事が出来る。きっとオーディンの戦力だけでセントラルコロニー軍を殲滅する事ができるはずなのだ……。
「リオン……貴方が考えている事は何となく分かるわ。でもね、オーディン達が言っていた様に、人類の事は人類が何とかしないといけないと思うの。AIに全てを委ねずに自分達で辿り着かないと……その勝利は負けじゃないかしら」
「セシリア少尉の言う通りだ。俺達はその為に準備をして来たんだ。多くの悲しみや苦しみに耐えて、あのクソ寒い地下基地に潜伏しながらな」
「……はい。でも、戻って各国の皆さんの意見を聞いてからでも良いですか」
「きっと無駄だと思うぞ。誰も変わらないさ」
「そうよ、リオンちゃん。皆貴方を信じているからここまで付いて来ているのよ。貴方が弱気でどうするの? 誰も今から止めるなんて言う人はいないわよ」
「それとも、オーディンが世界を支配するか?」
「いえ、それは……」
「セシリア少尉が言った通り、自分達で辿り着かないと駄目なんだ。圧倒的な力を持つ誰かに与えて貰うのではなくてな」
「リオン。皆で世界を取り戻すのを手伝って。もしオーディンが責任を取るとしても、その後で良いでしょう?」
「はい……」
二人が言っていた事は正しかった。
オーディンから地下基地へと戻りGDの情報漏洩の件を皆に伝えたけれど、誰にも文句は言われなかった。むしろこの状況の方が世界の為には良かったとさえ言われてしまう程だ。
それでも、イツラ姫とルカ王子に、親が暗殺される原因をオーディンが作ってしまった事を詫びた。けれども「これからの世界と大事な国民の為に、元々国王からは命を捨てる覚悟を伝えられていた」と言われ、逆にその重圧を俺に背負わせる事に謝罪されてしまったのだ。
どういう未来に繋がるのかは分からない、けれど俺がやるべきことは変わらない。
進めて来たこの計画を全力で成功させる。皆を守りながら命を懸けて……。
────
「データ届きました。映します」
ノーラさんの合図と共に敬礼を施している男性が映し出され、各国の代表者達の視線がモニターに注がれる。
『……ドロシア軍中尉グリーンコフです。受領していた計画書を元にドロシア本国及びユーロン国内での準備は整っております』
俺達が占領下のアウグドに赴いた時に、共に情報収集任務についていた特殊部隊のグリーンコフさんだ。
アウグドに留まり、アウグド憲兵隊との協力や旧ドロシア連合領域でのレジスタンス活動を率いてくれている。
以前は生やしていなかった髭をたくわえ、更に精悍な雰囲気が漂っていた。
オーディンのAAI紫雲隊による通信設備の設置が整い、旧ドロシア連合宙域とのやり取りが可能になり『反セントラルコロニー計画』の実行に向けての情報交換が行われているのだ。
『……なお、ウルテロンコロニー政府との接触については、最重要案件で有る為、これよりデータを持参し交渉に当たります。当該宙域への通信網の設置は完了しておりますので、交渉状況については逐次ご報告を致しますが、交渉開始まで二ケ月程時間を下さい』
オーディンが立案した『反セントラルコロニー計画』。
地下基地に温存した艦隊で反転攻勢を行う際に、旧ドロシア連合及びヤーパン・エルテリア全域においてレジスタンスによる一斉蜂起を行うというものだ。
そしてもうひとつ。
セントラルコロニー連合側であるウルテロンコロニー政府の切り崩し。
とある情報を伝え交渉を行い、密かに協力を取り付けるのが目的だ。
この事が成るか成らないかで『反セントラルコロニー計画』の実行時期や期間が大きく変わる。計画自体の成否に関わって来ると言っても過言ではない。
「行動開始は三ケ月後といったところか。いよいよだな」
グリーンコフさんからの連絡映像が終わると、ヴィチュスラーさんがこめかみに指を当てながら呟いた。その声にモニターを注視していた人達が頷く。
ヴィチュスラーさんは思案中の様だったけれど、エルテリアの高官が声を掛けた。
「ところで、ヴィチュスラー大佐は役目を引き受けて頂けるのですか」
「そのことですか……まだまだ若輩者の私では、任が重すぎるかと思いますが」
「いえ。実戦経験と艦隊運用の手腕で貴方に勝るものは、ここにはおりません」
「しかし、ヤーパンとエルテリアの兵士の方々が納得されるか……」
「エルテリアの兵は貴方との艦隊戦で、その実力は痛い程思い知らされております。むしろ勇む者の方が多いかと。それにイツラ姫のお陰でヤーパンの者で異を唱える者は居ないでしょう」
「ふむ……」
「受けて頂けますか」
「では、ひとつだけ条件……というか了承頂きたい事がある」
「なるほど、私達で出来る事でしたら何なりと」
「申し訳ないが、艦隊や兵員に関する事務処理を、他の方に引き受けて貰っても宜しいか。三艦隊分の事務処理など考えたくもない」
ヴィチュスラーさんの意外な願いに一同から笑いが起こる。
噂には聞いていたけれど、以前から昇進の度に増える事務処理に頭を抱えていたそうだ。
結果、エルテリアの現司令官が事務処理の担当を快く引き受けてくれる事になり、ヴィチュスラーさんが重責を担うことになった。
連合艦隊総司令官ヴィチュスラー提督の誕生だ。
────
グリーンコフ中尉からウルテロン政府の返答が届き、いよいよ『反セントラルコロニー計画』が実行に移された。
各国のレジスタンスに極秘裏に渡されたデータが、ジャックされたTV画面に一斉に映し出される。
家庭のTV放送はもちろんのこと、街頭の巨大モニターにも映し出され、道行く人々は足を止めモニターに釘付けになっていた。
画面には一組の若い男女が映し出され、二人の立場とオーディンの騎士が共に有る事を伝えている。
亡くなったと報道されていた二人の元気な姿と、同時に発表された朗報にヤーパンとドロシア国民は熱狂し、圧政に苦しむ他のコロニー群の人々には大きな希望を与える事となった。
イツラ姫とルカ王子の戴冠と二人の婚姻が発表され。同時に反セントラルコロニー活動への協力を世界に訴えたのだ。
各地で巻き起こったセントラルコロニーへの抗議活動により、セントラルコロニー政府はオーディン攻めを中断し、武力を伴った組織的な反政府活動鎮圧の為に、各宙域へと部隊を分散せざるを得なくなった。
完全に手薄になった監視網を掻い潜り、いよいよヴィチュスラー提督率いる連合艦隊が氷の惑星ディオティネスの地下基地より出撃する。
そんな中、俺はエウバリースの筐体をよじ登っていた。目指す場所はもちろん……。
「……聞こえるかいアルテミス」