第107話 「ファイネリングの怯えた瞳」
ディバス卿の漆黒のグングニールと共にミストルテインを二機ずつ火球に変え、敵部隊が慌てて粒子レーザー拡散チャフを散布した宙域へと踊り込む。
近接戦闘となりディバス卿が鎗で敵機を貫く。ほぼ同時に俺も敵機体の動力部へと剣先を突き入れた。
翡翠のトリシューラの近接武器は短剣。ファイネリングは小回りが利く素早い動きが得意で、トリシューラにはかなり細かくスラスターが配置されている。
近接戦闘時の機敏な動き出しはエウバリースよりもコンマ数パーセント早く感じる程だ。
動力部から短剣を引き抜くと、直ぐに次の機体へと加速する。
こちらの接近にタイミングを合わせて振り下ろされた斧を、急減速と横方向へのスラスターの噴射で掻い潜り懐へと飛び込んだ。
こちらの動きに対し急制動と前面フルスラスターで素早く後方へと逃れる敵機。この辺の動きがGWとは違いGDは格段に早い。
すかさず粒子レーザーをほぼゼロ距離から打ち込むと、若干散らされながらも近接戦闘にしか気を払っていなかった敵機の動力部を貫いた。
こちらの攻撃に慌てて撒かれたせいもあり、場所により粒子レーザー拡散チャフの分布濃度が違うのだ。HUD上に予想される散布濃度が数値で現れるので、数値に合わせて攻撃のバリエーションを変化させる。
次は三機で編隊を組み、こちらへのアタックを仕掛けてきている部隊。
先頭の機体でこちらを近接に誘い込み、残りの二機で挟み込むつもりの様だ。
ディバス卿のグングニールの方は、数機に囲まれて防戦を強いられている。ちょうど良いタイミングだ。
「ファイネリング! グーテンベルクにクロス指示」
『了解でーす』
ファイネリングがグングニールのCAAIグーテンベルクへと通信を行っている間に、対峙している三機へ向けて加速する。先頭の機体がこれ見よがしに押し出して来た。こちらも近接戦闘の構えを見せながら距離を詰める。
お互いの戦闘範囲に入る寸前に、先頭の機体前面にスラスターの光が発生し減速したのが分かる。同時に距離を置いていた二機の僚機が急加速してくるのが視界に入った。
そのタイミングでトリガーを引き、先頭の機体へと粒子レーザーを撃ち込む。
高濃度に散布されている粒子レーザー拡散チャフが、撃ち込んだ粒子レーザーを瞬時に霧散させた。
射撃が防がれて、慌てて近接武器に持ち替えた振りをしながら、三機の動きを待つ。
そして、挟み込まれそうになるや否や、急回頭をして敵に背中を見せながら回避行動を取った。
こちらが致命的なミスを犯したと判断したのか、三機は近接武器を構えフル加速で追い縋って来た。狙った通りの展開だ。
その直後、追い詰められた感じの回避行動を続けていたディバス卿のグングニールとすれ違う。
ディバス卿はオーバースピードで俺を追いかけていた三機を、立て続けに鎗の餌食にしてしまい、俺はディバス卿を追っていた敵機を次々と仕留める。
ディバス卿とのクロス連携により短時間でミストルテインを八機撃墜。近くの宙域にいたGDを一掃できた。
だが、戦闘中に気になった事があり、直ぐにディバス卿との通信回線を開く。
「ディバス卿」
『何でしょう』
「パイロット騎乗の機体が多いと思いませんか」
『うむ。儂もそう思っておったところだ。これは先程捉えた映像。確認して欲しい』
ディバス卿から送られて来た画像を確認すると、自分達とはやや離れた宙域でミストルテインと防衛機構とが戦っている姿が映っていた。
注目すべきは、その戦闘の最中に、敵のCAI制御と思われるミストルテインが同士討ちを始めた所だ。
「これは……」
『うむ。恐らくオーディンの防衛機構側からの干渉だろう』
「でも、GDのシステムはそう簡単にハッキングなど出来ないはずでは……」
『そこだ。それが今回のオーディン訪問の目的に繋がっている』
「なるほど……。早く片付けて先に進みましょう」
『うむ』
通信を切り、モニターから見える宙域に集中する。
無理をするつもりは無いが、先を急ぎたい気持ちが勝っていた。
「ファイネリング! 粒子レーザー拡散チャフの予想分布濃度を全球で表示してくれ!」
『はーい』
返事と共に全球モニター上に散布予想濃度が表示され、薄いブルーから濃い赤の立体的なグラデーションで視界に入って来た。
状況を捉え認識できた瞬間、体が動く。トリシューラの粒子レーザー砲を構え、絶え間なく発射した。
『えっ……』
ファイネリングの戸惑う声をよそに、濃度分布とHUDの表示の変化を瞬時に見極めながら、薄いブルーの散布領域に存在する敵機と敵艦へと向けて粒子レーザーを撃ち込み、次々と火球へと変えて行った。
「一気に片づけます」
ディバス卿と共に残った敵を一気に屠る。
短時間で展開していたGDを全て撃墜し、退却を始めた艦隊に追撃を仕掛けた。
いつもならば見逃すけれど、今は全滅させなければいけない。他の宙域に展開しているセントラルコロニー艦隊に、こちらの動きを知らされてしまうからだ。
全ての艦艇を撃沈し、敵が残っていない事を確認後、イーリスが待機している宙域へと向けてディバス卿と共に帰還した。
戦闘シミュレーションが終了すると、いつもは大はしゃぎで話をするファイネリングが今日は静かだ。初めての実戦を終えて戦闘データの解析でもしているのだろうか。
イーリスの防衛位置に待機していたアジュとクナイと共に格納庫へと戻り、トリシューラを整備用ハンガーの近くに着艦させる。
コクピットから降りると、直ぐにセシリアさんが飛んで来た。いつも訓練後にファイネリングが俺に飛びついて来るからだ。
俺の腕を掴まえたままCAAIピットから出て来るのを待ち構えている。
けれども、ファイネリングはいつもとは違い、静かにスルスルと降りて来た。表情が冴えない。
「あら、ファイネちゃんはミスでもしたのかしら? CAAIでも落ち込んだりするのね」
「……」
「あら、本当にどうしたの? やけに大人しいじゃない」
セシリアさんがいつもの仕返しとばかりに煽っているけれど、ファイネリングはニコリともしない。本当にどうしてしまったのだろう。
そのまま近づいてくると、俺の顔を見ながらポツリと呟いた。
「アルテミス様って……」
「うん? アルテミスがどうした」
「……いや、アルテミス様だからじゃない……リオン様とアルテミス様だからなんだ……そうじゃないとあの……」
「ファイネちゃんどうしたの? 何だか変よ」
ファイネリングが呆然としながら、独り言を呟き続けている。
そして、俺と目が合うと、怯えた表情になり瞳が揺れていた。
「ファイネリング? どうした」
「貴方は……私の演算を越えていた……あり得ない……これが天位の騎士……最高位の第一世代アルテミス様のパートナー……」
ファイネリングは、そのまま背を向けてCAAIピットへと戻ってしまった。俺は何か悪い事でもしたのだろうか。
「うふふ。ファイネリングもやっと分かったみたいね……」
「えっ、何を?」
「さあ、何でございましょうね。まあ、良いからご飯食べましょう」
「う、うん」
「ほら、エドワードも待っているわよ」
────
モニターに映るオーディンの衛星が徐々に大きくなっている。
あれから敵艦隊とは遭遇せずにここまで辿り着いた。偶然ではなく、セントラルコロニー軍は、あの宙域までしか侵攻出来ていないのだ。
オーディンの防衛機構が強力で、未だに攻めあぐねている状態。それでも一年前と比べると、かなりの宙域まで侵攻されている。
ただし、オーディンの計画が狙い通りに事が進んだとしたら、オーディン領域をこれ以上侵攻するのは難しくなる。
だがその作戦を発動する前に、はっきりとさせねばならない事があるのだ。
「じゃあ、アルテミス。これで準備は完了だね」
『はい。この方法でしたら、事前に対応されていたとしても大丈夫でしょう』
「うん。俺と君とディバス卿しか、具体的な行動については知らないからね」
『ええ』
「アルテミス」
『はい』
「この事を君の本体は何て言うかな」
『どうでしょう。私には分かりませんが、同じ事をすると思います』
「そうだよね。じゃあ頼むよ」
『はい。承知しました』
「じゃあカードを引き抜くよ」
CAIカードのアルテミスをボックスから引き抜きバックに忍ばせる。
衛星の格納庫に到着したイーリスから下船し、十五オーディンと話すことが出来る、衛星の心臓部へと向かった……。