表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。

お手紙将軍の一喜一憂

作者: 佐竹健

 梅雨が明け、すっかり夏本番の暑さとなった天正10年6月のはじめ。


 瀬戸内海の青い海と入道雲が浮かぶ青空が見える鞆城。ここで足利義昭は、今日も打倒信長を呼びかける手紙を書いていた。宛先はもちろん、反信長を掲げる全国の大名や、細川藤孝や明智光秀を除いた旧幕臣たちだ。


(なぜ、なぜ、信長が倒されぬのだ!!)


 なぜか、わからない。


 一向一揆を力でねじ伏せたり、あの比叡山延暦寺を焼き討ちにしたり。挙げ句の果てには、将軍である自分を現在暮らしている鞆まで追いやってしまった。


 権威をないがしろにするやり方。これに憤った甲斐の武田などの大大名、そして信長に不満を持った旧幕臣たちが蜂起してくれた。だが、病気で倒れたり、人海戦術や物量攻めで滅ぼされたりしてゆく。


 対して織田家は、軍の派遣や調略を使い、破竹の勢いで領土を広げているではないか。この前は、近江の安土に古に聞く阿房宮に劣らぬ巨大な城を築いたとか聞いている。


「許せん! 信長許せん!!」


 道理にそぐわぬ織田家が栄えていることを考えると、腹の底から怒りが湧いてくる。なぜ、これほどのことをされて、神仏は信長に天罰一つ与えない。むしろ二物も三物も与えている。あまりに理不尽だ。


 筆を握る手に、力が入る。白い和紙に黒い墨がどんどんにじむ。強い力で握られているせいか、弓なりにしなった筆は、今にも折れそうだ。


「どうして信長に天罰が当たらないんだぁぁぁ!!」


 そう叫んでしまいそうになってしまったところへ、


「公方さま」


 使者が入ってきた。


「どうした? 今の余はひどく機嫌が悪いのだ。帰れ」


 義昭に怒鳴られた使者は、


「悪いお知らせではなく、良いお知らせでございます」


 と声を震わせながら言った。


「いいお知らせ?」


 何なのだろう? そう思った義昭はつぶやくように言った。


 現在、越中の魚津城で戦っている上杉家が柴田勝家の軍を追い払ったのか? それとも、毛利の軍勢が動き出したのか? 信長への怒りから一転、期待で胸いっぱいになっている。


 先ほどよりも柔らかい顔つきになった使者は、


「信長が、京の本能寺で討たれたそうです」


 と言った。数日前の早朝、信長は家臣の明智光秀に裏切られ、炎の中自害したのだ。


「え?」


 あまりに突然の訃報に戸惑う義昭。怒りをバネにやってきた今までの努力は、一体なんだったのか......。


「公方さま、だ、大丈夫ですか?」


 落ち込む義昭を見た使者は、義昭に声をかける。


「一人にして」


 ぼそぼそとつぶやくような声で、義昭は言った。


「あ、すいません」


 そう言って使者は足早に義昭の部屋を出ていった。心のなかで、うわ、こいつメンドくせーなと思ったからだ。

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ